この世で生きる破壊者たちよ

希乃

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第6話 今、一番しんどい人

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「突然ですが、皆に大事なことを伝えないといけません」

 朝礼の合図のチャイムが鳴るのもよそに、月影は『大事なこと』を悠希たち生徒に伝え始めた。

「道端で古橋が背中から血を流して倒れているのが見つかり、朝方緊急搬送されました」

 ____き、緊急搬送!?

 悠希は、告げられた衝撃的な事実に驚きと困惑を隠せない。

 隣の席の茜も目を見開いていた。

 月影は慌てて騒がしくなった教室内をを制すように掌を前に出して、

「古橋の意識は戻っていませんが、幸い命に別状はないという連絡は受けています。朝からこんなことを伝えてしまって申し訳ないですが、とりあえず皆さんは授業に集中してください」

「さ、早絵……!」

 茜が声を詰まらせて、顔を手で覆い号泣する。

 悠希自身も信じられない気持ちでいっぱいだった。
 昨日、早絵が陰陽寺大雅の家に行くのを、悠希たちが止めていれば。
 こんなことは、早絵が傷つけられるようなことは起こらなかっただろう。

 早絵は大雅の家へ向かう道中で、何者かに背後から刺された可能性が高い。
 そんなことをするのは、夜道を歩いていた通り魔あたりだろうか。

 悠希は、早絵を刺した犯人に関してこう予想した。


 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 放課後。
 目を真っ赤にして泣きはらした表情の茜が、悠希と龍斗に提案してきた。

「早絵の、お見舞い行かない? もしかしたらまだ意識は戻ってないかもだけど、顔だけでも……っ!」

 茜は今朝の報せを思い出したのか、再び涙を浮かべて喉を詰まらせた。

「……そうだな! その方が早絵も喜ぶだろ!」

 やけに明るく、龍斗は元気よく賛同する。悠希も頷いて、

「まず、先生に許可もらってくる。もし面会禁止とかになってたら困るし。お前らここで待ってろ」

 そう言って、悠希は教室を出て職員室へ向かった。


 ※※※※※※※※※※※※※※※※


 悠希の背中を見送りながら、茜は情けないため息をついた。

「はぁ……。もう泣かないって決めてたのにな……」

 数滴零れた涙を手で拭いながら苦笑する。

 今一番辛い思いをしているのは早絵だ。だから茜がここで泣くのは間違っている。
 しかしいざ、早絵のことを口にするとどうしても悲しさがこみ上げてきて、涙が出てきてしまうのだ。

「別に、無理しなくても良いんじゃねぇの?」

 龍斗が、悠希の机に勝手に座って言った。

「何で? だって早絵が……」

 止まらない涙のせいで視界が霞んでいるのも構わず、茜は龍斗に尋ねる。
 すると、龍斗は『うーん』と考え込むように唸ってから、

「無理してたらしんどくねぇか?」

「今しんどいのは早絵だよ……」

「うん……、そうだよな」

 龍斗はそう言って天を仰いだ。

 一方、茜は自責の念に駆られていた。

 龍斗だって今一番辛く苦しい思いをしているのは誰か、ちゃんと分かっているはずだ。
 それでも、茜の肩の荷を下ろすために敢えて尋ねてくれたに違いない。

 それなのに、茜はそんな龍斗の思いやりなど知らずに心ない言葉を投げかけてしまった。

 辛い。こんな自分が辛くてたまらない。

 今もこうして辛さを感じていることが、茜は許せなかった。
 同時に、龍斗の思いを踏みにじってしまった自分のことも。
 しかし、それは声に出すことはせずに、

「ホント、早絵の友達失格だ、私。早絵が一番しんどいのに……。早絵が一番苦しい思いしてるのに……」

 また涙が溢れそうになって、茜は素早く顔を上げた。

 龍斗はそんなチラリと茜を見やって、ポツリと呟いた。

「無理すんなよ」

「え?」

 茜が龍斗の方を見た時、彼は至って真剣な表情をしていた。

「俺は、我慢して無理やり作った偽物の笑顔作るより、思いっきり泣いた後の、本物の笑顔を早絵に見せた方が良いと思うけどな」

「龍斗……」

「ま、俺バカだからよく分かんねぇけど」

 ツンツンと跳ねた髪を掻いて、龍斗は軽く笑う。

 茜は、涙を手で拭いながら龍斗に言った。

「ありがとう」

「お、おう」

 龍斗は少し頰を赤らめて、照れ臭そうにしている。

 すると、そこに悠希が足早に戻ってきた。
 息を切らしながら、悠希は茜と龍斗に言う。

「許可もらってきた! 先生も一緒に行くって」

「おう! じゃあ行くか」

「うん!!」

 龍斗の言葉に頷く茜。

 そして、制カバンを担いで教室を飛び出していく悠希と龍斗を追いかけて、茜も早絵が眠る病院へと向かった。


 ※※※※※※※※※※※※※※※


 月影の車から降りて、悠希、龍斗、茜は病院の廊下を一目散に駆け抜ける。

「早絵!!」

 茜が半ば乱暴にドアを開けると、そこには白い大きなベッドが一つ置いてあった。

 心臓モニターの音が規則正しく鳴っていて、早絵がその大きなベッドに横たわっていた。
 いつもはポニーテールにしている髪も、今はまっすぐ下ろされている。

 早絵の口にはめられた酸素マスクに息が吹きかけられ、曇ったり乾いたりを繰り返している。
 腕につけられた点滴も規則正しくポタポタと容器に滴り落ちている。
 そして、背中からお腹には何重にも包帯が巻かれていた。

「きっと、すごく怖かったわよね」

 不意に月影が言った。
 茜が振り向くと、月影は目に涙を溜めて早絵を見つめていた。
 時折、溢れ出て頰に伝った涙をハンカチで拭きながら、

「教師なのに、この子の担任なのに、異変に気づけなかった。あの時、先生が届けに行くからってすぐに帰らせていれば……」

 気づけば、悠希も龍斗も泣いている月影を見ていた。

 月影はハッと我に返ると、

「ごめんなさい」

 と言って病室を出て行った。

「やっぱり先生も相当参ってるな……」

 龍斗が月影の出て行った出口を見つめながら言うと、悠希が言葉を返す。

「ああ。自分の担任してる生徒がこんな目にあったんだ。戸惑って当然だ」

「そうだな」

 悠希と龍斗が話している前で、茜はベッドに横たわる早絵を見ていた。

 いつも柔らかく細められる瞳は、しっかりと閉じられて瞬きさえしない。
 いつも優しそうに上がる口角は、しっかりと引き結ばれて上がりも下がりもしない。

「早絵ってさ」

 自分でも無意識のうちに、茜は声を漏らしていた。

「ん? どうした?」

 悠希が気づいて声をかける。

「早絵ってさ、道端で倒れてたんだよね。……陰陽寺の家に行く前か後かは分かんないけど」

「ああ」

 悠希が肯定するのを聞いて、茜はさらに言葉を紡いだ。

「早絵のこと刺した犯人、陰陽寺って線はないかな」

「嘘だろ!?  あいつが……早絵を? で、でもよ、んなことするか? 陰陽寺が」

 龍斗が驚きの声をあげてから、戸惑ったように言う。

「やっぱ、ないよね。ごめん……」

 まだ転校してきたばかりの大雅を、何の証拠もない段階から疑ってしまった。
 茜はまた自分を責めた。
 唇が震え、握りしめた拳の力が増す。

「許せない……。許せないよ……私……。早絵をこんなに傷付けた奴が」

 今度は、悠希や龍斗の返答はなかった。
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