この世で生きる破壊者たちよ

希乃

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第2話 クラスの人気者

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 転校初日から一週間、クラスの生徒たちは|陰陽寺大雅に興味津々だった。
 どこの中学校だったのか、好きな食べ物は何なのか、モテていたのかなど質問を連発していた。

 ところが、そんな時も長くは続かなかった。

 元々静かでクールな大雅は、誰に何と言われても首を動かすことしかしない。その上うんざりするほど質問攻めにされて、大雅も迷惑だと感じたのだろう。

 クラスメイトの質問に反応することなく、休み時間は常に窓を眺めたり席を外してトイレに行ったり、クラスメイトを避けるような行動をするようになった。

 そのため、ほんの数日後には大雅の周りの人だかりはなく、大雅が一人だけポツンと浮いた状態になってしまった。

 そんな日が何日か続いたある日。

 悠希達はいつものように茜の席に集まって、世間話をしていた。

 すると、不意に龍斗が大雅の方を見て言った。

「そういえばあいつの席、何か静かになったな」

「みんな、もう飽きたんじゃないの? そんなもんでしょ」

 ふわあぁとあくびをしながら、茜が適当に言う。

「そうだね。前はみんなに囲まれてたのに」

 龍斗の言葉に、古橋ふるはし早絵さえが少し心配げに言う。

 長髪を高い位置で後ろに結んだポニーテールが特徴的で、比較的高身長の悠希や龍斗とほとんど同じ背丈である。
 彼女も悠希達のクラスメイトで、低身長の茜とは背丈が明らかに違うものの、非常に親密な関係で特に仲が良かった。

 そんな早絵の言葉に、悠希も茜も龍斗も、大雅の方をじっと見つめる。

 大雅は頬杖をついて、ぼんやりと窓の外を眺めていた。窓から吹き抜ける風が、かすかに彼の髪を揺らしていた。

 だが、窓の外を見つめる大雅のその横顔が、少し寂しそうに悠希には思えた。

「俺、ちょっと話してみる」

 悠希は大雅の方に向かった。自分の席に腰掛け、しばらく大雅を見つめてみる。

 悠希の視線に気づいたのか、大雅がこちらを向いた。

「何」

「いや、別に」

 咄嗟に適当な理由も思い付かず、悠希はそうとしか答えられなかった。

「だったら見ないでくれる」

 ぶっきらぼうに言い放つ大雅に負けず、悠希はこう提案した。

「良いじゃんか。あ、そうだ。何か喋ろうぜ」

「嫌だ」

「え……」

 しかしその提案も即座に却下されてしまい、悠希はその場で硬直する。

「同情に来たんだったら消えて。一人の時間の邪魔」

 冷たく大雅にそう言い放たれ、悠希は仕方なく離れるしかなかった。

「お、おう、わかった。ごめん」

 すごすごと龍斗たちの所へ悠希は戻る。

「おい、何言われたんだ?」

 龍斗に尋ねられて、悠希は息を吐きつつ答えた。

「同情に来たんだったら消えろって。全く、俺がせっかく心配してやったのに」

「不満なのは良いけど、そのせいで態度が上から目線になってんぞー。まぁ仕方ないんじゃねぇの?  あいつ、人と関わるの嫌いそうだし」

 龍斗が大雅に目をやりつつ、適当な調子で言う。

「これでも一応、月影先生に頼まれてるんだからな。そう簡単に無視できないんだよ」

 悠希は頭を抱えたい気持ちになった。


 ※※※※※※※※※※※※※※※※


 実は大雅が転校してきた日の放課後、悠希は月影に呼び出されていたのだ。

「急に呼び出してごめんね」

「いえ、大丈夫です。それでご用件は?」

 月影からの謝罪に首を振り、悠希は用件を尋ねた。

「陰陽寺のことで、早乙女に頼みがあるんだけど」

「何でしょうか」

「せっかく陰陽寺と席が前後になったことだし、早乙女に陰陽寺のお世話係……とまでは言わないけど」

 お世話係。
 その言葉を聞いた瞬間、悠希は思わず口を歪めそうになる。
 悠希の予想はきれいに的中してしまったのだ。

「少しだけで良いから、陰陽寺のことを気にかけてあげてほしいの」

 悠希は強いプレッシャーを感じた。

 ____もし引き受けなかったら先生が悲しむよな。

 そう思いながらも、悠希の心の中には不安があった。

「でも、俺に務まりますか、そんな重要な役割。たとえば、早絵の方がよっぽど合ってると思うんですが……」

 悠希の言葉に、月影は優しく微笑んで首を振った。

「ううん、そんなことないわよ。確かに古橋もとても頼りになるわ。でも異性同士だとお互い気を使わないといけなくなっちゃうでしょ?」

 月影の言う通りだった。悠希が断ったせいで早絵に余計な負担を負わせたくない。

「わかりました。俺、やります」

 悠希の言葉を聞くと、月影の顔がぱあっと輝いた。
 彼女はまるで無邪気な子供のような笑顔を見せると、

「ありがとう、早乙女!  助かるわ」

 月影の笑顔を見て、悠希も嬉しい気持ちになった。

「では、これで失礼します」

「うん。本当にありがとう、早乙女」

 月影は明るい笑顔でお礼を言ってくる。

 その笑顔に少しばかり満足感を抱きながら、悠希はぺこりとお辞儀をして職員室を後にしたのだった。


 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 悠希は、あの日のことを思い出しながらため息をついた。
 引き受けてしまったからには、責任を取らなければいけない。

「まぁ、先生に頼まれてるとしても、絶対悠希くんだけがやらないといけないわけじゃないし。私も何か手伝えることがあったら手伝うよ」

 早絵が、悠希を心配するように言った。

「ありがとな、古橋」

「うん!」

 悠希には、そういう早絵の優しさが素直に嬉しかった。

「もう、早絵は優しすぎるよ。どうせ悠希は暇なんだから、一人でやらせとけばいいんだって」

 茜が悠希をからかうように言ってきた。

「暇じゃないぞ! 俺にだって事情って物があるんだからな!」

「そんなの知らなーい」

「お前なぁ」

 他人事だと言わんばかりの態度を取っている茜。

 確かに暇な時は多いが、悠希は悠希なりに部活や補修など、勉強や家事と両立しながら頑張っているつもりだ。だから、

「いつも寝てばっかりの茜とは違うんだよ」

「は? 何その言い方。殺すよ」

「あ、すいません…」

 茜に睨み付けられ、悠希は慌てて謝った。

 茜を怒らせるととても怖い。
 低い身長と可愛らしい愛嬌。モデル顔負けの美貌を持っているにも関わらず、怒ると態度が豹変する。

 絶対に茜を怒らせてはならないのだ。

「まぁまぁ二人とも落ち着いて。あ、次、移動教室だから行こう」

 早絵が、あからさまにイラついた表情の茜をなだめるように言う。

「あ、そ、そうだな」

 悠希は茜から逃げるように、教科書やノートを片手に足早に教室を出て行った。

「おい!  一人で行くのかよ!」

 悠希を引き止める龍斗の声も無視して。

 気づけば教室に居るのは、早絵と龍斗、茜、そして今も窓から目を離さない大雅だけになっていた。

「早く行かなきゃ遅刻する!」

 茜は走って教室を出て行く。

「あ、おい!  茜、俺と一緒に行こうぜ!」

 そんな彼女を呼び止めて、龍斗が駆け寄ろうとすると、

「嫌! ついてこないで変態!」

「変態って何だよ。良いじゃねぇか!」

「嫌!」

「えぇー?  ……あ、早絵! 先に行っとくぞ  遅れねぇように来いよな!」

「あ、うん!」

 窓の外を見つめ続ける大雅をぼんやり眺めていた早絵は、ハッと我に返ったように頭を上げ、龍斗に向かって返事をした。

「先に行ってて!  すぐ追いつくから!」

 いよいよ、教室は早絵と大雅の二人だけになった。

 なおも窓の外を見つめ続ける大雅に、早絵はそっと声をかけた。

「陰陽寺くん」

 大雅からの返事はない。

「何か、見えるの?」

 早絵は大雅に声をかけた。

「別に何も」

 大雅がポツリと言った。

 自分の質問に返事をしてくれた大雅に嬉しくなった早絵は、また声をかけた。

「次、移動教室なの。陰陽寺くんが教室の場所分からなかったら困るし、みんな先に行っちゃったし。……良かったら私と一緒に行かない?」

 少し沈黙があった。

 大雅は窓の外を見つつも、早絵の誘いをどうしようか考えているように早絵には思えた。

「……良いよ」

 しばらく経って大雅が声を発した。

 早絵は優しく微笑んで、

「行こう」

 大雅はコクリと頷いて、早絵の後をついてきてくれる。

 早絵は大雅と走りながら、胸の内に溢れ出す喜びを噛み締めていた。
 こんな些細なことでも、大雅と一緒に居られること、何かを体験できること。
 それが何だか新鮮で、早絵にはすごく嬉しかった。

 大雅とともに走っていくうちに、移動先の教室が見えた。

「あ、陰陽寺くん、あそこだよ」

「うん」

 早絵は大雅に声をかけ、そして思った。
 これから大雅と共に受ける初めての授業が始まるのだ、と。
 期待に胸を膨らませ、早絵は教室へ向かう足を少し早める。

 しかし、早絵は気付くはずもなかった。

 そんな早絵の後ろ姿を、大雅があの冷たい視線で見つめていたことを。
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