皇子ではなく魔塔主の息子だった俺の逃走計画

春暮某乃

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本編

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「体調大丈夫?もう熱は下がったって聞いたけど、具合悪いところはない?」

「はい、全然元気ですよ」

「本当にごめん」

 こちらの顔色を伺うリヒトは落ち着かない様子を見せていたが、ノヴァが口を開けば真剣な顔でこちらを覗いていた。

「何度も言いますが、リヒト兄様のせいではないです」

「いや、本当にそうだとしても元々体調が悪かったかもしれないのに、無理やりあんなこと…」  

 リヒトは手紙にも書いたように、ノヴァに自分がしてしまったことを深く後悔して、自分を責めているようだ。

 組んだ指を強く握りしめその一点を見つめている。ノヴァは何を言っても謝り続ける兄を見て、どうすれば安心させられるのかと少し面倒くさくなり始めていた。

 どうすれば信じてくれるんだ。


「…もうこの話はやめましょう」

「…」

 謝り続けるリヒトにノヴァは耐えられず、話を無理やり切り上げた。納得のいっていない顔をするリヒトは、ノヴァをみて何かを感じたらしく渋々と言った様子で口を閉じた。

 そういえばなんだかんだ、リヒトがこの離宮に来るのは初めてだろう。
 そのせいか、自分の部屋にリヒトがいることにノヴァは言葉では表せない不思議な感覚がしていた。

 少し気まずくなってしまった雰囲気にノヴァはとりあえず口をひらく。

「…お忙しいのに、お見舞いありがとうございます」

「…」

 リヒトはまだ何かを言いたいようで、口を少し開いては閉じてを繰り返し、何か言葉を探しているようだった。ノヴァは何も言わずにリヒトを見ていた。

 いつもなんでも言ってくるのに、なんで今日は何も言わないのだろう。

 ノヴァはリヒトに対してそんな疑問もあった。



 数秒経った。リヒトは小さくため息をつくと顔を勢いよくあげた。その顔に少しノヴァは固まった。なぜなら、あのリヒトが表情を消してこちらに向き合っていたからだ。

「あのさ、今日は謝りに来たのもあるんだけど、一度ちゃんとノヴァと話したかったんだ」

「…なんでしょうか」

 ノヴァはリヒトのこれから話しそうなことに思い当たる事がなく、何を話すのかと変に身構える。

「あんなことしておいてなんだけど、僕はちゃんとノヴァと距離を縮めたいんだ」

 ん?

 リヒトがそう口にした。ノヴァは、それを聞いてぽかんと口を開けた。





 え?十分距離近くないか?

 そしてその感想。

 思い当たるのは、同じ部屋で寝て、ご飯を食べて、お風呂に入ったり、お茶をしたり、本を読んだり…。他は思い出すのはやめる、けれど。

 距離近い=仲がいい、とは限らないが悪くはない…はず。

 初めは、すこーし面倒な気持ちもはあったことは否定できない。しかし、リヒトとずっと過ごしているうちに一緒にいるのがそこまで苦ではなくなっていったので、ノヴァ的にも距離は縮まっていると思っていた。

 それに、本人を目の前に「そうですよね。仲悪いですよね」なんて思っていたとしても言いにくすぎる。


「あの、兄様とは仲がいいと思いますが、、、?」

「ノヴァが言葉にしてくれるなんて嬉しいよ」

 リヒトは表情を緩めニコッと微笑んだが、どこか力無く寂しそうに見えた。

「けれどね…」

 少しまた間ができると、リヒトは俯いてギュッと唇に力を入れた。そして、リヒトは覚悟を決めた。

「…本当はノヴァがあんまり僕のこと好きじゃないの、気づいてたんだ。
知ってて、わざと声をかけてた。」

「…!」

 リヒトのその言葉はノヴァの耳へ、抵抗もなくスッと入ってくると直後、ヒュッと喉が締まり体を硬直させた。ノヴァは静かに血が下がっていくのを感じた。

 頭は真っ白になり、驚きで見開いた目はリヒトのつむじから離せなくなっていた。

 バレて、たんだ。

「…」

 態度には出さないようにしていたのに、それが隠せていなかった自分の爪の甘さと性格の悪さ、大人気なさという複雑なものが一気に押し寄せた。

 そして、中途半端に相手を傷つけて、気を使わせていたという事実にノヴァは心臓が掴まれたように罪悪感で苦しくなった。

 喉がいつの間にか乾燥して渇いていたノヴァは、無意識に喉を鳴らした。

「ぁ、あの」

 何か言わなければいけない。そう思っていても、うまく言葉にはできなかった。

 何か、

 そう思って渇いた口でノヴァは言葉に詰まりながらも声を出した。

「あの、兄、様」

「けれど、もうこれからは見かけても挨拶だけにするよ。これ以上僕のことで悩ませたくないから。だから気にせずに暮らして」

 しかし、ほぼ被せるようにリヒトが言葉を発しながら椅子から勢いよく立ち上がる。

 その言葉は、静かに周りの音を消した。

 ノヴァの目線は自然とリヒトを追った。リヒトの表情はよく見えなかったけれど、リヒトはもう自分と関わるつもりはないんだとはっきりと線引きされたのがわかった。

「じゃあね、お大事に」

「ぇっ、」 

 そう言ったリヒトはくるりと背中を向けた。そのままリヒトの背中が遠くなる。

 待っ、

 その後ろ姿はもう、あの『優しい兄』でないような気がして声をかけるのを躊躇ってしまった。

 そんなことをしていれば、パタン、と音がしてノヴァの部屋の扉は閉まった。ノヴァはリヒトが出て行った扉を見つめて放心状態だった。






「なんで」

 こんなに苦しいんだ。

 実際距離を置きたかったのは自分で、リヒト兄様はそれに気がついて距離を置いてくれたのに。距離を縮めたいって言ってたのに。

 ノヴァは強く目を瞑り、膝を抱えて布団をかき集めた。布団に顔を埋めるノヴァは今にも泣き出しそうな顔をしていた。

 わからない。どうするのが正解なのか。











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