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10.いつまでも共に
しおりを挟む「ローザ、とても綺麗ね」
朝の光が花々を優しく照らしあげ、朝露に濡れた花弁がまるで宝石のようにキラキラと輝く。
一斉に薔薇が咲き誇る広大な花畑を見渡すことができる丘の上で、セシルは、2年前に生まれた我が子に話しかけていた。
「セシル!ローザ!」
「あなた」
「すっかり寒くなったじゃないか。風邪を引くぞ」
「あなたったら過保護ね……誰かさんにこんなに着込ませられて暑いくらいなのよ。少しは風に当たらないと目眩でも起こして倒れてしまいそうだわ」
「ぐっ……」
スタンリーは妻の言い分に返す言葉がなく、その場で黙り込んでしまった。
スタンリーと結婚し、クロスフォード子爵夫人となったセシルは、本格的にスタンリーの事業を手伝うようになった。
クロスフォード子爵夫人となってからのセシルは、その慧眼を活かして、夫とともに、新たな取引先の開拓と、経営体制を整えたことで、さらなる事業の拡大が叶うことになった。
今この目の前に広がる薔薇畑も、セシルの提案によって、新しく出来上がったものだった。
広大な薔薇畑を前にして、スタンリーは、自分が想像していた以上にセシルに商才があったことに今更ながらとても驚いていた。
「セシル、君は本当に強くなったな」
「あら。だって、私は、あなたに見込まれた女だもの」
妻となり、母となったセシルは、さらに美しくそして強くなった。
今のセシルには、今目の前に広がるような大輪の薔薇の華やかさが似合う魅惑的な女性へと変貌した。
——人間は惚れた方が負けである
世間ではそう言うが、まさにその言葉の通りなのだと今なら思う。
社交界の煩わしさから逃れるため、結婚はせず、この薔薇栽培の事業も自分の代で終わりにしようとさえ考えていた自分が、今は妻と子どもまで持っているのだから。
きっと、はじめてスタンリーがセシルの瞳に魅入られてから、スタンリーの負けは決まっていたのだろう。
「ははは。これではもう私の出る幕はどこにもないな」
「……あらら、それは大変。ねぇ?ローザ?お父様に頑張っていただかないといつまでたっても、お母様、あなたに弟の顔を見せてあげられないわ……」
「うー?」
「セ、セ、セシルっ!!!こ、子どもの前でっな、なんてことを言うんだっ!」
スタンリーは慌てて愛娘の耳を塞ごうとしたが、ローザは父親に遊んでもらえると思ったのかさらに喜んで声をあげる。
赤子のローザが、両親の会話の意味を分かるわけがないとスタンリーはちゃんと理解していた。
……が。あんなに自分にひっついて回っていたセシルが、一体いつの間に、自分をからかって楽しむような女性になったのだろうか……と、スタンリーは内心困惑していた。
「あなた」
「ん?どうした?」
その瞬間、視界が暗くなり、唇に甘やかな熱が広がる。
——ああ、以前にもこんなことがあったな。
過去のことを思い出しながら、自分の顔が真っ赤になるのを感じる。
「……スタンリー様」
我が子を抱き、暖かな薔薇色の光に照らされたセシルがスタンリーに向かってにっこりと微笑む。
その微笑みは、はじめて出会った頃の、あのかすみ草のような儚さを思わせる、懐かしい笑みで——
「あの夜、私を見つけてくださってありがとうございました。あなたと出会わなければ私は一生夜の暗闇の中に閉じ込められていました……あなたは私の一筋の光。あなたこそが私を希望に導いてくれた光なのです——」
そうして、水色の瞳は、こちらをまっすぐに見つめる。
その瞳ははじめて会った時から今も変わらず美しく澄み渡り、優しくその無垢な眼差しをスタンリーに向けてくれている。
「……幸せだな」
「ええ。私もとても幸せです」
「もっともっと幸せにならないとな」
「スタンリー様のそばにいられるのなら私はどこまでもお供します……お慕いしています、スタンリー様」
そうして、もう一度、スタンリーとセシルの影が重なり合う。
今度はじっくりと互いの存在を確かめ合うように、そして、変わらぬ愛を互いの熱を通じて交わしあう。
——何もかもがくだらない。
たしかにスタンリーは昔はそう本気で想っていた。
だが、今のスタンリーはこの世の中の全てがくだらないものだけで溢れているとは思わなくなった。
それ以上に、多くの素晴らしいものがこの世界には隠れていると気づこうとする目が必要なのだと、今もスタンリーの隣で微笑んでくれている水色の瞳が教えてくれたのだから。
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