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4.雷雨の誓い
しおりを挟むはじめて聞いたセシルの壮絶な過去にスタンリーは絶句してしまった。
「話してくれてありがとう、セシル。でも、辛いことを思い出させてしまったね……申し訳ない」
セシルの辛い過去を引き出させてしまったことで、意図せずともセシルを傷つけてしまったことに、スタンリーは激しく後悔した。
セシルはくるりとスタンリーに向き合うと、スタンリーに向かって優しく微笑んだ。
「そんな顔はなさらないで。スタンリー様。確かに昔はとても辛かったけど……今は、雨が降っていても、雷が鳴っていても、スタンリー様は私が助けを呼べばこうやっていつも手を差し伸べてくださるんだもの」
「セシル……」
「私は今とても幸せです」
儚いながらも朗らかに微笑むセシルを見て、スタンリーは心の底からセシルという少女を愛しいと思った。
そうして、スタンリーは日頃思っていた考えをぽつりと口にする。
「君のような娘がいたら幸せなんだろうな」
「……え?」
一瞬セシルは驚いたような顔をしたが、今度は少し複雑そうな表情を浮かべる。
そのセシルの様子に気づいたスタンリーはさすがにまずかったと思い、すぐに謝罪した。
「すまない。いくら君と私は親子のようだとはいえ、さすがに距離感が……」
「いいえ、違うんです。私は、その……」
少しの間言い淀んでいたものの、セシルは早口でスタンリーに問いを投げかけた。
「ス、スタンリー様はご結婚はなさらないのですか?」
「結婚?」
「はい。スタンリー様は沢山のご婦人方に慕われていらっしゃると聞いたので……」
「……それは誰から聞いた?」
「あ、その……執事長様です……」
スタンリーはセシルに余計なことを吹き込んだ執事長を明日軽く小突いてやろうと心の中で決意した。
「……生憎ね。私はこのまま独身でいいと思っている」
「……理由をお聞きしても?」
「社交界はお家の繋がりがどうのと利害関係が面倒でね。結婚をすれば今のように自由な商売ができなくなる」
「でも、もし、スタンリー様が心の底から想うご婦人が現れたら?」
「うーん、想像がつかない。それよりも、セシルは私の実の娘のように大切な子だから、セシルさえいてくれればそれでいい……そんな風に今は思っている」
スタンリーがそう答えると、セシルは「そうですか」とぽつりと呟くと、寝室の天井を見つめた。
そして、天井を見つめたまま、セシルはまるでひとりごとのようにスタンリーに問いかける。
「……もし。もしですが。それでもやっぱりスタンリー様が心から焦がれるお相手が現れたら。その時、私は……今のようにスタンリー様のお側にいれなくてもいいです……それでも私はスタンリー様のことをお慕い申し上げ続けてもいいですか?」
「セシル。その言葉は本当に心から想う相手のためにとっておきなさい」
「!!私は本当に心の底からスタンリー様のことをお慕いしていますもの!」
まだ子どものセシルには、自分を凄惨な境遇から救い上げてくれたスタンリーに対する想いの区別ができていないのだろう。
セシルが抱くスタンリーへの想いは、きっと、子が親に抱くような、家族の情なのだ。
「そうか、ありがとう。セシル」
「本当に分かっていますか?」
「もちろん。……セシル、もし、仮に君の言葉が本当になったとしても、私が君を大切に想うこの心は変わらない。君のことは何があっても大事だし、その気持ちは変わらない。約束するよ」
「わかりました……約束ですよ」
そう言って、セシルは小指をスタンリーの顔の前に突き出す。
「ちゃんと約束してくれないと嫌です」
「ああ。クロスフォードの名にかけて、あの夜と同じように誓おう」
そういって、端くれだった大きな手を差し出して、セシルと同じように小指を立てた。
大木の幹と小枝ほどの太さの違いがある小指同士を絡めて、スタンリーとセシルは2つ目の約束をこの雷雨の日に立てたのだった。
——その次の日の朝、早速執事長を小突いてやろうと息巻いていたスタンリーだったが、逆に執事長は主人であるスタンリーに昨晩のことを問い詰めて、男女が同じベッドで寝るなど言語道断だと逆に叱り飛ばしたのだった。
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