8 / 10
8.2人の真実
しおりを挟むスタンリーはずっとセシルの看護で付きっきりだった執事長やメイドを休ませて、自らセシルを看ることにした。
屋敷の皆はスタンリーの心中を察したのか、静かに部屋を下がっていく。
そうしてスタンリーとセシル、2人だけしかいない部屋で、スタンリーはセシルに謝りつづけていた。
「すまない、セシル……本当は私がお前を1番に理解してあげなければならなかったのに、私は何もお前のことを知ろうともしなかった」
顔に血色が戻ったセシルの頬をスタンリーはそっと撫でる。
「でもなんで本当のことを言ってくれなかったんだ?」
この4年間、セシルは一体どんな気持ちでいたのだろうか。
そして、なぜ、そんなにもセシルは自分のことを知られたくなかったのだろうか……
「だって、わたし、ずっと、スタンリー様と一緒にいたかったんですもの……」
セシルの手を握った両手を眉間に当てて逡巡していると、ふと、耳に聞き馴染んだ声が小さく響いた。
「セシル……!!」
あの水色の瞳が再び開いた。
もう見ることはないと誓ったあの瞳が今まっすぐに自分だけを見つめている。
そう思った時、スタンリーは感極まってセシルを力いっぱい抱きしめていた。
「セシル……!セシル……!!ああ、よかった!セシル……!!!」
「いた……く、くるしいです……スタンリー様……」
スタンリーの大きな体に押しつぶされそうになって、セシルは小さな拳でスタンリーの背中を叩き続ける。
「す、すまないっ。つい……」
「ふふっ……でも、今、私とっても嬉しいのです……だってスタンリー様がやっと私の元に帰ってきてくださったんですもの……」
セシルの水色の瞳から一筋の涙がこぼれ落ちる。
「スタンリー様の熱いほどの体温も、痛いほどに強い力も、それらを感じる度に、ああ、スタンリー様がちゃんと私のもとにいてくださるのだと安心するのです」
「約束したからな。お前のもとに戻ると」
「ええ、スタンリー様は約束を守ってくださいました」
そうして、セシルはまっすぐにスタンリーを見据えると力強く言葉を放つ。
「私はどんな時でもスタンリー様を信じていました。だって、スタンリー様はいつも私との約束を守ってくださったから。どんな時でも私を大事にしてくださったから」
そして、少し、自嘲気味にこう呟いた。
「たとえ、スタンリー様が私を子どもだと思っていても……」
「セシル……私は……」
「いいのです。私は……嘘をつきました。体も心もどんどん大人になっていくのに、もし私が大人になったことにスタンリー様が気づいたら、スタンリー様は私を見放すんじゃないかと怖くなったのです」
「セシル!私がお前を見放すはずなどないだろう!!」
「でも!!怖かったのです!!!……スタンリー様は奥方はいらないとおっしゃっていたから。もし、私のこの気持ちを知られたら、もう2度とスタンリー様のお側にいられなくなると思うと……怖くて……怖くて……」
そして、セシルはスタンリーの胸に飛び込んで大声で泣き出した。
「もうひとりぼっちは嫌!私はスタンリー様とずっと一緒にいたいの!!私はスタンリー様を愛しているから!!!」
——自分の想いに気を取られている間にこんなにもセシルを追い詰めてしまっていたとは
スタンリーは自分の不甲斐なさに唇を噛んだ。
セシルはこんなにも自分のことを想ってくれていたというのに、自分はいつも誓いだなんだと形ばかりを気にして、セシルがどう想っているか考えたことすらなかった。
「セシル」
スタンリーは自分の胸の中で泣きじゃくるセシルの泣き声に耳を傾けると、安心させるようにさらに力強く抱きしめて、改めてセシルに向かい合う。
「私もお前を愛している」
「……え」
「私とお前が初めて会った夜のことを覚えているか?」
「はい、もちろん」
「私はあの夜、私の名にかけてこう誓った。君を絶対に傷つけない、と」
「はい……」
「そして、もうひとつ。君のことを一生大切に想い、大事にすると」
そこまで言うとスタンリーがこれまで抱えていた気持ちが溢れかえってしまった。
「私は怖かったんだ、誓いを破ることになることが。命が惜しかったのではない。私の気持ちをぶつけることによって……セシルを傷つけてしまうことになるのではないかと、それが……とても怖かったんだ」
初めて出会った時の可愛らしい小さな少女はもうどこにもいない。
代わりに、今、スタンリーの腕の中にいるのは、世界でただ1人の愛しい女性であった。
「セシル、私は君を心から愛している。君が想っているよりもずっと深く……もう離してやれそうにない。いや、離さない。それほど私は君に心を捕えられている……そんな男でも君は変わらず私を愛すると言ってくれるか……?」
セシルに自分の本当の気持ちを吐露し、不安に襲われていたスタンリーの唇に甘く柔らかな熱が触れる。
「……!!セシルっ……」
スタンリーの唇から自身の唇を離したセシルは、顔を赤らめながらも幸福に満ち溢れた表情で自身の想いを告げた。
「私はスタンリー様を愛しつづけます。どんなスタンリー様でも、私はスタンリー様を一生お慕いします。愛しています」
「……ありがとう、セシル。ああ、愛してる。愛してるよ。セシル、愛してる……」
気がつけば夜が明け、朝日が窓から差し込んでいた。
新しい日の始まりの光は、2人の新しい未来を予感させた。
互いの愛を確かめ合った2人は、暖かな光に包まれながら、いつまでも口づけを交わしつづけたのだった。
0
お気に入りに追加
36
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
夫達の裏切りに復讐心で一杯だった私は、死の間際に本当の願いを見つけ幸せになれました。
Nao*
恋愛
家庭を顧みず、外泊も増えた夫ダリス。
それを寂しく思う私だったが、庭師のサムとその息子のシャルに癒される日々を送って居た。
そして私達は、三人であるバラの苗を庭に植える。
しかしその後…夫と親友のエリザによって、私は酷い裏切りを受ける事に─。
命の危機が迫る中、私の心は二人への復讐心で一杯になるが…駆けつけたシャルとサムを前に、本当の願いを見つけて─?
(1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります)
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
白い結婚は無理でした(涙)
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。
明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。
白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。
小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。
現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。
どうぞよろしくお願いいたします。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
淡泊早漏王子と嫁き遅れ姫
梅乃なごみ
恋愛
小国の姫・リリィは婚約者の王子が超淡泊で早漏であることに悩んでいた。
それは好きでもない自分を義務感から抱いているからだと気付いたリリィは『超強力な精力剤』を王子に飲ませることに。
飲ませることには成功したものの、思っていたより効果がでてしまって……!?
※この作品は『すなもり共通プロット企画』参加作品であり、提供されたプロットで創作した作品です。
★他サイトからの転載てす★
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる