【R18】クロスフォード子爵のかすみ草

梗子

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8.2人の真実

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 スタンリーはずっとセシルの看護で付きっきりだった執事長やメイドを休ませて、自らセシルを看ることにした。
 
 屋敷の皆はスタンリーの心中を察したのか、静かに部屋を下がっていく。

 そうしてスタンリーとセシル、2人だけしかいない部屋で、スタンリーはセシルに謝りつづけていた。

「すまない、セシル……本当は私がお前を1番に理解してあげなければならなかったのに、私は何もお前のことを知ろうともしなかった」

 顔に血色が戻ったセシルの頬をスタンリーはそっと撫でる。

「でもなんで本当のことを言ってくれなかったんだ?」

 この4年間、セシルは一体どんな気持ちでいたのだろうか。
 そして、なぜ、そんなにもセシルは自分のことを知られたくなかったのだろうか……

「だって、わたし、ずっと、スタンリー様と一緒にいたかったんですもの……」

 セシルの手を握った両手を眉間に当てて逡巡していると、ふと、耳に聞き馴染んだ声が小さく響いた。

「セシル……!!」

 あの水色の瞳が再び開いた。

 もう見ることはないと誓ったあの瞳が今まっすぐに自分だけを見つめている。

 そう思った時、スタンリーは感極まってセシルを力いっぱい抱きしめていた。

「セシル……!セシル……!!ああ、よかった!セシル……!!!」
「いた……く、くるしいです……スタンリー様……」

 スタンリーの大きな体に押しつぶされそうになって、セシルは小さな拳でスタンリーの背中を叩き続ける。

「す、すまないっ。つい……」
「ふふっ……でも、今、私とっても嬉しいのです……だってスタンリー様がやっと私の元に帰ってきてくださったんですもの……」

 セシルの水色の瞳から一筋の涙がこぼれ落ちる。

「スタンリー様の熱いほどの体温も、痛いほどに強い力も、それらを感じる度に、ああ、スタンリー様がちゃんと私のもとにいてくださるのだと安心するのです」
「約束したからな。お前のもとに戻ると」
「ええ、スタンリー様は約束を守ってくださいました」

 そうして、セシルはまっすぐにスタンリーを見据えると力強く言葉を放つ。

「私はどんな時でもスタンリー様を信じていました。だって、スタンリー様はいつも私との約束を守ってくださったから。どんな時でも私を大事にしてくださったから」

 そして、少し、自嘲気味にこう呟いた。

「たとえ、スタンリー様が私を子どもだと思っていても……」
「セシル……私は……」
「いいのです。私は……嘘をつきました。体も心もどんどん大人になっていくのに、もし私が大人になったことにスタンリー様が気づいたら、スタンリー様は私を見放すんじゃないかと怖くなったのです」
「セシル!私がお前を見放すはずなどないだろう!!」
「でも!!怖かったのです!!!……スタンリー様は奥方はいらないとおっしゃっていたから。もし、私のこの気持ちを知られたら、もう2度とスタンリー様のお側にいられなくなると思うと……怖くて……怖くて……」

 そして、セシルはスタンリーの胸に飛び込んで大声で泣き出した。

「もうひとりぼっちは嫌!私はスタンリー様とずっと一緒にいたいの!!私はスタンリー様を愛しているから!!!」

 ——自分の想いに気を取られている間にこんなにもセシルを追い詰めてしまっていたとは

 スタンリーは自分の不甲斐なさに唇を噛んだ。

 セシルはこんなにも自分のことを想ってくれていたというのに、自分はいつも誓いだなんだと形ばかりを気にして、セシルがどう想っているか考えたことすらなかった。

「セシル」

 スタンリーは自分の胸の中で泣きじゃくるセシルの泣き声に耳を傾けると、安心させるようにさらに力強く抱きしめて、改めてセシルに向かい合う。

「私もお前を愛している」
「……え」
「私とお前が初めて会った夜のことを覚えているか?」
「はい、もちろん」
「私はあの夜、私の名にかけてこう誓った。君を絶対に傷つけない、と」
「はい……」
「そして、もうひとつ。君のことを一生大切に想い、大事にすると」

 そこまで言うとスタンリーがこれまで抱えていた気持ちが溢れかえってしまった。

「私は怖かったんだ、誓いを破ることになることが。命が惜しかったのではない。私の気持ちをぶつけることによって……セシルを傷つけてしまうことになるのではないかと、それが……とても怖かったんだ」

 初めて出会った時の可愛らしい小さな少女はもうどこにもいない。
 代わりに、今、スタンリーの腕の中にいるのは、世界でただ1人の愛しい女性であった。

「セシル、私は君を心から愛している。君が想っているよりもずっと深く……もう離してやれそうにない。いや、離さない。それほど私は君に心を捕えられている……そんな男でも君は変わらず私を愛すると言ってくれるか……?」

 セシルに自分の本当の気持ちを吐露し、不安に襲われていたスタンリーの唇に甘く柔らかな熱が触れる。

「……!!セシルっ……」

 スタンリーの唇から自身の唇を離したセシルは、顔を赤らめながらも幸福に満ち溢れた表情で自身の想いを告げた。

「私はスタンリー様を愛しつづけます。どんなスタンリー様でも、私はスタンリー様を一生お慕いします。愛しています」
「……ありがとう、セシル。ああ、愛してる。愛してるよ。セシル、愛してる……」

 気がつけば夜が明け、朝日が窓から差し込んでいた。
 新しい日の始まりの光は、2人の新しい未来を予感させた。

 互いの愛を確かめ合った2人は、暖かな光に包まれながら、いつまでも口づけを交わしつづけたのだった。


 







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