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7.動揺
しおりを挟む馬車で2日かかる距離を自ら手綱を握って馬を走らせ、1日で戻ったスタンリーは、無我夢中で屋敷に飛び込んでいった。
「セシル!セシル!!目を覚ませ!!!」
青い顔をして一向に目を覚さないセシルの手を握り、声を枯らしながらスタンリーはセシルに呼びかける。
「医者は!どうした!!何をしている!」
「落ち着いてください、旦那様……」
「うるさい!なんで落ち着いていられるんだ!!どうして俺が留守にしている間セシルが倒れるまで放っておいたんだ!!」
執事長がスタンリーに声を掛けたが、スタンリーは怒りで我を忘れていた。
「旦那様、セシル様を診てくださるお医者様です」
執事長に案内されて奥の部屋から医者が現れた。
医者はいかにも呑気そうな顔をしており、その様子がさらにスタンリーの怒りに触れた。
「貴様!それでも医者か!何をそんなに呑気な顔をして」
「……呑気なのはあなたでしょう。クロスフォード子爵」
「はあ?」
——私が呑気だと?
スタンリーは一瞬呆気に取られた。
「セシル様の熱は疲労と気苦労からくるものです。旦那様が留守にすることに不安を感じていらっしゃったんでしょう」
そう言われてスタンリーは自分の言動をはっと振り返った。
そして、確かに自分はここ数ヶ月、無理にセシルと距離を置こうとしていて、そのせいでかなりセシルに負担をかけさせていたのではないかと気づいた。
「それは……そうだな……」
スタンリーが少し冷静になったのを見計らって医者は続ける。
「それにセシル様は月のものが始まっている」
「月の……もの?」
「月経のことです」
「ああ、セシルもそんな年頃になったのか……」
「……ところでクロスフォード子爵。セシル様が今おいくつかご存知ですか?」
「……?それは……」
改めてそう聞かれてスタンリーは答えることができなかった。
スタンリーの中ではセシルはずっと初めて引き取った時の子どもの印象のままだったからだ。
答えに詰まるスタンリーの姿に見かねて、執事長がそっとスタンリーに耳打ちする。
「旦那様……セシル様は今年で18歳になられます」
「じゅ……はち……??」
つもり、セシルを初めて屋敷に連れてきた時、セシルは14歳だったというわけだ。
「だが、セシルはとても小さいぞ?今はだいぶ大きくなったが……4年前は本当にただの子どもで」
「それはセシル様がもともと小柄だったことに加えて、生まれてから栄養状態が悪い環境で育ったからでしょう。体の発達に見合った栄養が取れないと人間の体は成長ができませんから」
衝撃の事実にスタンリーがその場でぼうと突っ立っていると、医者は、はあとため息をつく。
「それに子どもはいつまでも子どもではないのですよ。クロスフォード子爵。子どもはいつか大人になる……セシル様は立派な大人になられたのです……あなたが知らないうちにね。本当にセシル様のことを想うのならちゃんとセシル様に向き合って差し上げてください。それが1番の薬です」
そういうと、医者は、解熱剤を飲ませたからもうすでに熱は引いていること、そして疲労からくるものだから寝かせておけばすぐに治ると伝えると、帰っていってしまった。
医者の話を聞いて冷静になったスタンリーは、周りにいた執事長やメイドにこのことを知っていたのかと聞くと、この屋敷にいる者はみんな知っていると答えた。
「旦那様に心配をかけたくないからとセシル様に何度も口止めをされて」
「私たちだけでもセシル様を支えられればなんとかセシル様の希望を叶えられると……」
みな口々にそう答えるのを聞いて、スタンリーはハリス卿の屋敷にいた時よりもさらに自分が情けなく感じた。
これまで、誓いだ、約束だのと抜かしていた自分だったが、そんなものはただの形に過ぎなかったのではないか。
「何が命に代えても……だ」
こうして倒れてしまうくらい、何年間もたった1人でセシルに苦悩を抱えさせてしまった。
セシルの閉じられた瞳を見つめながら、社交界に染まりきった自分ではなく、1人の愛する女性を大事にできなかった自分をスタンリーは心から呪った。
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