【R18】クロスフォード子爵のかすみ草

梗子

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3.セシルの過去

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 次の日からセシルの教育が始まった。
 スタンリーの見込んだ通り、セシルはとても賢い娘であった。
 これまで一度も勉強をしたことがなかったそうだが、そうとは思えない早さで新しい知識を次々と吸収していく。

「スタンリー様!」
「ああ、セシルか。どうしたんだい」

 屋敷に来て半年が過ぎようとしたが、セシルはスタンリーのもとに留まっていた。
 セシルはスタンリーのことを信頼ができる相手と判断したらしい。
 今ではスタンリーにすっかり懐いて、何かにつけてスタンリー様、スタンリー様と呼んで離れようとしない。
 その様子はまるで本物の親子のようであった。

「私、今日はこの本が読めるようになったんです」
「ほう、もうこんな難しい本が読めるようになったのかい?セシルは本当に賢いな」
「えへへ。ありがとうございます。スタンリー様」

 スタンリーに褒められて嬉しかったのか頬を赤らめてもじもじと照れるセシル。
 この屋敷に来てから適切な栄養を取れるようになったセシルは少しずつ肉付きや血色も良くなり、年相応の健康な子どもに見えるようになってきた。

 また、素直で優しいセシルは、すぐに屋敷中の人間に愛されるようになり、最初は渋い顔をしていた執事長も今では誰よりもセシルに甘い。

 そして、セシルの無邪気で明るい笑顔は、かすみ草のように可憐ながらも、その場を明るく照らす不思議な魅力があり、その笑顔を見るたびにスタンリーの心は少しずつ解きほぐされていった。

 セシルとともに過ごす日々の中で、スタンリーはセシルのような子どもが実の子どもだったらどれほど幸せだろうかとふと考える時があった。


———————————————————


 その日の夜、急な大雨が降り始め、夜中になると雷まで鳴り始めた。

 けたたましく窓を叩く水滴の音に混じって、スタンリーの部屋の前を小さな足音が何度も往復する音が聞こえた。

「セシルかい?」

 スタンリーが扉に向かって声をかけると、しばらくしてセシルがおずおずと扉を開けて入ってきた。

「眠れないのかい?」
「ごめんなさい……スタンリー様」
「いいんだよ、私もこのうるさい雨と雷で眠れなくて退屈していたところだった」

 その時、空気を切り裂くような轟音が響き渡る。

「きゃああ!!!」

 セシルはその場で頭を抱えて床に這いつくばる。

「セシル」
「いや!雷は嫌い!!」
「セシル、大丈夫だ。私がいる」

 そうしてブルブルと震えるセシルをスタンリーは優しく抱きしめた。
 
「セシル、今日は私と一緒に寝るかい?」
「で、でも……」
「もちろん、セシルさえ良ければだが」
「私はそんなつもりでお部屋に来たんじゃありません!」
「?何をそんなに遠慮しているんだ?セシルはまだ小さいのだから——」

 その時再び雷鳴が鳴り響く。

 今度は近くに落ちたようで、まるで地を切り裂くような激しい爆音が鼓膜を震わせる。

「きゃあああ!!」

 最初は戸惑っていたセシルだったが、大きな雷がこう何度も立て続けに落ちるため、涙目になりながらスタンリーの背中に力一杯しがみつき、スタンリーの胸に顔を埋める。

「こ、今夜はスタンリー様と一緒がいいです……」

 スタンリーはセシルをお姫様抱っこで自身のベッドまで運ぶと、シーツの上に優しくその体を横たわらせた。

 セシルは泣いて動揺したからか、首まで真っ赤になっている。

「セシル、そんなに雷が怖いのかい?」
「……雷が鳴る夜はいつも昔のことを思い出してしまうんです」
「……昔のこと?」

 セシルはスタンリーに背を向けたままこくりとうなづくと、少しずつ自らの過去について語り始めた。

 セシルがまだ物心ついたばかりの頃は、母親もセシルのことを心から可愛がってくれた。
 しかし、セシルが大きくなるごとにどんどん増える生活費を稼ぐために、母親は昼間の仕事だけでなく、夜の仕事を始めたのだが、それを機に母親はまるで別人のように変わってしまった。
 次第に客の男を家に連れ込むようになった母親は、情事に邪魔なセシルを家の外に追い出すようになった。
 セシルと母親が住む家は壁が薄く、話し声さえ外に漏れてしまうような家だった。だからか、母親が男を連れてくるのはきまって、今日のような激しい雷雨の日だった。

「……凍えてしまうほど寒くても、熱が出て意識がなくなりそうになっても、どれだけ助けてと叫んでも、母は一度も私に気付いてはくれませんでした」





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