3 / 10
3.セシルの過去
しおりを挟む
次の日からセシルの教育が始まった。
スタンリーの見込んだ通り、セシルはとても賢い娘であった。
これまで一度も勉強をしたことがなかったそうだが、そうとは思えない早さで新しい知識を次々と吸収していく。
「スタンリー様!」
「ああ、セシルか。どうしたんだい」
屋敷に来て半年が過ぎようとしたが、セシルはスタンリーのもとに留まっていた。
セシルはスタンリーのことを信頼ができる相手と判断したらしい。
今ではスタンリーにすっかり懐いて、何かにつけてスタンリー様、スタンリー様と呼んで離れようとしない。
その様子はまるで本物の親子のようであった。
「私、今日はこの本が読めるようになったんです」
「ほう、もうこんな難しい本が読めるようになったのかい?セシルは本当に賢いな」
「えへへ。ありがとうございます。スタンリー様」
スタンリーに褒められて嬉しかったのか頬を赤らめてもじもじと照れるセシル。
この屋敷に来てから適切な栄養を取れるようになったセシルは少しずつ肉付きや血色も良くなり、年相応の健康な子どもに見えるようになってきた。
また、素直で優しいセシルは、すぐに屋敷中の人間に愛されるようになり、最初は渋い顔をしていた執事長も今では誰よりもセシルに甘い。
そして、セシルの無邪気で明るい笑顔は、かすみ草のように可憐ながらも、その場を明るく照らす不思議な魅力があり、その笑顔を見るたびにスタンリーの心は少しずつ解きほぐされていった。
セシルとともに過ごす日々の中で、スタンリーはセシルのような子どもが実の子どもだったらどれほど幸せだろうかとふと考える時があった。
———————————————————
その日の夜、急な大雨が降り始め、夜中になると雷まで鳴り始めた。
けたたましく窓を叩く水滴の音に混じって、スタンリーの部屋の前を小さな足音が何度も往復する音が聞こえた。
「セシルかい?」
スタンリーが扉に向かって声をかけると、しばらくしてセシルがおずおずと扉を開けて入ってきた。
「眠れないのかい?」
「ごめんなさい……スタンリー様」
「いいんだよ、私もこのうるさい雨と雷で眠れなくて退屈していたところだった」
その時、空気を切り裂くような轟音が響き渡る。
「きゃああ!!!」
セシルはその場で頭を抱えて床に這いつくばる。
「セシル」
「いや!雷は嫌い!!」
「セシル、大丈夫だ。私がいる」
そうしてブルブルと震えるセシルをスタンリーは優しく抱きしめた。
「セシル、今日は私と一緒に寝るかい?」
「で、でも……」
「もちろん、セシルさえ良ければだが」
「私はそんなつもりでお部屋に来たんじゃありません!」
「?何をそんなに遠慮しているんだ?セシルはまだ小さいのだから——」
その時再び雷鳴が鳴り響く。
今度は近くに落ちたようで、まるで地を切り裂くような激しい爆音が鼓膜を震わせる。
「きゃあああ!!」
最初は戸惑っていたセシルだったが、大きな雷がこう何度も立て続けに落ちるため、涙目になりながらスタンリーの背中に力一杯しがみつき、スタンリーの胸に顔を埋める。
「こ、今夜はスタンリー様と一緒がいいです……」
スタンリーはセシルをお姫様抱っこで自身のベッドまで運ぶと、シーツの上に優しくその体を横たわらせた。
セシルは泣いて動揺したからか、首まで真っ赤になっている。
「セシル、そんなに雷が怖いのかい?」
「……雷が鳴る夜はいつも昔のことを思い出してしまうんです」
「……昔のこと?」
セシルはスタンリーに背を向けたままこくりとうなづくと、少しずつ自らの過去について語り始めた。
セシルがまだ物心ついたばかりの頃は、母親もセシルのことを心から可愛がってくれた。
しかし、セシルが大きくなるごとにどんどん増える生活費を稼ぐために、母親は昼間の仕事だけでなく、夜の仕事を始めたのだが、それを機に母親はまるで別人のように変わってしまった。
次第に客の男を家に連れ込むようになった母親は、情事に邪魔なセシルを家の外に追い出すようになった。
セシルと母親が住む家は壁が薄く、話し声さえ外に漏れてしまうような家だった。だからか、母親が男を連れてくるのはきまって、今日のような激しい雷雨の日だった。
「……凍えてしまうほど寒くても、熱が出て意識がなくなりそうになっても、どれだけ助けてと叫んでも、母は一度も私に気付いてはくれませんでした」
スタンリーの見込んだ通り、セシルはとても賢い娘であった。
これまで一度も勉強をしたことがなかったそうだが、そうとは思えない早さで新しい知識を次々と吸収していく。
「スタンリー様!」
「ああ、セシルか。どうしたんだい」
屋敷に来て半年が過ぎようとしたが、セシルはスタンリーのもとに留まっていた。
セシルはスタンリーのことを信頼ができる相手と判断したらしい。
今ではスタンリーにすっかり懐いて、何かにつけてスタンリー様、スタンリー様と呼んで離れようとしない。
その様子はまるで本物の親子のようであった。
「私、今日はこの本が読めるようになったんです」
「ほう、もうこんな難しい本が読めるようになったのかい?セシルは本当に賢いな」
「えへへ。ありがとうございます。スタンリー様」
スタンリーに褒められて嬉しかったのか頬を赤らめてもじもじと照れるセシル。
この屋敷に来てから適切な栄養を取れるようになったセシルは少しずつ肉付きや血色も良くなり、年相応の健康な子どもに見えるようになってきた。
また、素直で優しいセシルは、すぐに屋敷中の人間に愛されるようになり、最初は渋い顔をしていた執事長も今では誰よりもセシルに甘い。
そして、セシルの無邪気で明るい笑顔は、かすみ草のように可憐ながらも、その場を明るく照らす不思議な魅力があり、その笑顔を見るたびにスタンリーの心は少しずつ解きほぐされていった。
セシルとともに過ごす日々の中で、スタンリーはセシルのような子どもが実の子どもだったらどれほど幸せだろうかとふと考える時があった。
———————————————————
その日の夜、急な大雨が降り始め、夜中になると雷まで鳴り始めた。
けたたましく窓を叩く水滴の音に混じって、スタンリーの部屋の前を小さな足音が何度も往復する音が聞こえた。
「セシルかい?」
スタンリーが扉に向かって声をかけると、しばらくしてセシルがおずおずと扉を開けて入ってきた。
「眠れないのかい?」
「ごめんなさい……スタンリー様」
「いいんだよ、私もこのうるさい雨と雷で眠れなくて退屈していたところだった」
その時、空気を切り裂くような轟音が響き渡る。
「きゃああ!!!」
セシルはその場で頭を抱えて床に這いつくばる。
「セシル」
「いや!雷は嫌い!!」
「セシル、大丈夫だ。私がいる」
そうしてブルブルと震えるセシルをスタンリーは優しく抱きしめた。
「セシル、今日は私と一緒に寝るかい?」
「で、でも……」
「もちろん、セシルさえ良ければだが」
「私はそんなつもりでお部屋に来たんじゃありません!」
「?何をそんなに遠慮しているんだ?セシルはまだ小さいのだから——」
その時再び雷鳴が鳴り響く。
今度は近くに落ちたようで、まるで地を切り裂くような激しい爆音が鼓膜を震わせる。
「きゃあああ!!」
最初は戸惑っていたセシルだったが、大きな雷がこう何度も立て続けに落ちるため、涙目になりながらスタンリーの背中に力一杯しがみつき、スタンリーの胸に顔を埋める。
「こ、今夜はスタンリー様と一緒がいいです……」
スタンリーはセシルをお姫様抱っこで自身のベッドまで運ぶと、シーツの上に優しくその体を横たわらせた。
セシルは泣いて動揺したからか、首まで真っ赤になっている。
「セシル、そんなに雷が怖いのかい?」
「……雷が鳴る夜はいつも昔のことを思い出してしまうんです」
「……昔のこと?」
セシルはスタンリーに背を向けたままこくりとうなづくと、少しずつ自らの過去について語り始めた。
セシルがまだ物心ついたばかりの頃は、母親もセシルのことを心から可愛がってくれた。
しかし、セシルが大きくなるごとにどんどん増える生活費を稼ぐために、母親は昼間の仕事だけでなく、夜の仕事を始めたのだが、それを機に母親はまるで別人のように変わってしまった。
次第に客の男を家に連れ込むようになった母親は、情事に邪魔なセシルを家の外に追い出すようになった。
セシルと母親が住む家は壁が薄く、話し声さえ外に漏れてしまうような家だった。だからか、母親が男を連れてくるのはきまって、今日のような激しい雷雨の日だった。
「……凍えてしまうほど寒くても、熱が出て意識がなくなりそうになっても、どれだけ助けてと叫んでも、母は一度も私に気付いてはくれませんでした」
0
お気に入りに追加
36
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
夫達の裏切りに復讐心で一杯だった私は、死の間際に本当の願いを見つけ幸せになれました。
Nao*
恋愛
家庭を顧みず、外泊も増えた夫ダリス。
それを寂しく思う私だったが、庭師のサムとその息子のシャルに癒される日々を送って居た。
そして私達は、三人であるバラの苗を庭に植える。
しかしその後…夫と親友のエリザによって、私は酷い裏切りを受ける事に─。
命の危機が迫る中、私の心は二人への復讐心で一杯になるが…駆けつけたシャルとサムを前に、本当の願いを見つけて─?
(1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります)
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
白い結婚は無理でした(涙)
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。
明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。
白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。
小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。
現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。
どうぞよろしくお願いいたします。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
淡泊早漏王子と嫁き遅れ姫
梅乃なごみ
恋愛
小国の姫・リリィは婚約者の王子が超淡泊で早漏であることに悩んでいた。
それは好きでもない自分を義務感から抱いているからだと気付いたリリィは『超強力な精力剤』を王子に飲ませることに。
飲ませることには成功したものの、思っていたより効果がでてしまって……!?
※この作品は『すなもり共通プロット企画』参加作品であり、提供されたプロットで創作した作品です。
★他サイトからの転載てす★
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる