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6.溢れる気持ち

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突然、少女は私の名前を聞いてきた。
私は少女に名前を教えるべきか考える。
少女が何故ここにいるのかも不明な上、本来ありえない距離を移動してきたと言っている。
でも、目の前の少女に興味があるのも事実だった。
逡巡の末、私は本名は隠し名乗る事にした。

「私の名はギルバート…ギルと呼んでくれ。」

「ギルさん。」

私の名を呼んだ少女が微笑む。

「ギルでいいよ。呼び捨てで。」

「あの…でも…」

戸惑いがちに私を見るフィアに良いからと言う。

「分かりました。ギル…。私もなぜマーキス公爵領内に居るのか分からないんです。でも本当にさっきまでオーウェン侯爵領にいたんです。本当に…。」

「ふっ…。」

「何で笑うんですか?」

少し拗ねたように言うフィア。
さっきの戸惑う姿も必死に説明する姿も拗ねたフィアも可愛いと思った。
不思議だった…こんな気持ちになることが。

「それで?笑ったから何だって言うんだ?フィア、君は自分の立場が分かっていない様だね。直ぐにでも騎士団に突き出してもいいんだけどね。だってそうだろう?無断で人の邸に入り込んだんだから。」

フィアの反応が見たくて意地悪く言ってしまう。
フィアは青い顔になりオドオドと戸惑いの表情を見せる。
次第に綺麗な瞳に涙を溜めているのを見て、色んな顔が見たかったが、こんな顔をさせてはダメだと思った。

「ごめん。意地の悪い言い方をした。フィアは悪い人間でないって思っていたのに…本当にごめん。」

素直に謝罪を口にする。
それを聞いたフィアが言った言葉は私にとって、とても衝撃的だった。

「私は…自分が怪しいのは分かっているからギルの言ったこと当然だと思うけど…。でも、ギルは何だかトゲトゲしてるの。そんなだと、周りの人だけじゃなく自分も傷つけるんだよ。大切にしないと失くしちゃうんだから気をつけた方がいいよ。」

『ジーク。嫌なことがあったからってそんな言い方はダメよ。あんまりトゲトゲしていたらジークも傷つくし、ジークの大切なものも失くしちゃうわよ。』

確かあれは私が4歳か5歳くらいの頃だっただろうか…。
忙しい父に遊んでもらう約束を破られ、思ってもいない言葉を言ってしまった事がある。
父は辛そうな顔をしながら政務に向かった。
そんな私に母が言った言葉だった。

ーそんな風に言われた私は帰って来た父に必死にしがみつきながら、泣いて謝ったんだっけ。父が居なくならない様に必死に…

両親との思い出が不意に蘇る。

「っ…ギルごめんなさい。」

とフィアが謝った事で涙が頬を伝った事を知る。
彼女は何も悪くない。
寧ろ両親との思い出を思い出させてくれた。
泣けなかった私を泣かせてくれたのだから。
私の事をよく知らない、出会ったばかりのフィアだから泣けたのかは分からないが感謝しかなかった。

「フィアは何も悪くないよ。…でも…うん。今日はもう休もうと思う。だから……フィア。明日も会えないかな?フィアともっと話してみたいんだ。」

「…明日もここに来れるか分からないよ?でも、私もギルとお話ししたいから、来れるように頑張ってみるね。」

何を頑張るのだろうと思ってしまい笑みが溢れる。
だが、フィアが頑張ってくれないと明日も会うことは出来ないのだから是非とも頑張ってもらおう。

「うん。待ってる。」

「じゃあまた明日、同じ時間に。」

そう言うと後退ったフィアは消えてしまった。

フィアがいた場所を暫く見つめてから部屋に戻った。
部屋に戻った私は両親を思い出し泣いた。
この日私は泣き疲れて眠りについた。
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