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赤ずきん【END1.夜の森には】
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鷹人の見舞いに行こうと思ったはずが、泣いていた子供を助けているうちにすっかり暗くなってしまった。何時頃なのか。背の高い木々が生い茂っているせいで空が狭い。いっそう暗く感じる。夜鳥の鳴く声に、律華は知らず歩みを速めた――が。
不意に、後ろから肩を掴まれる。
「ひっ」
我ながら情けない声を出してしまったものだと思いつつ。振り返ると、そこにはよく知った顔があった。ほっと胸をなで下ろしながら、彼を呼ぶ。
「九雀先輩……」
帰りが遅いのを心配して、探しにきてくれたのだろうか?
「なんでこんなとこにいるんだよ、後輩ちゃん」
そういうわけでもなかったらしい。
やんわりと責める九雀の声に、律華は体を縮こまらせた。
「その、困っている人の手伝いしていたもので……」
「あのなあ。あれほど言っただろうが」
頭をがりがりと掻きながら、九雀が一歩踏み出してくる。
「夜の森にはたちの悪い狼が出る」
「え?」
知らず、後退ってしまったらしい。背中に触れた木の感触で、律華は後ろへ下がれないことに気付いた。伸びてきた九雀の手が、いつものように律華の頭に触れてくる。トレードマークの赤いずきんが後ろへ落とされるが、視線は彼の顔に釘付けになったままそらせなかった。明褐色の瞳がいつもよりいっそう明るく輝いて見えるのは気のせいだろうか?
薄く開いた唇の隙間から、尖った犬歯が覗いているように見えるのも。
「あの、先輩――」
距離が近い。彼は日頃から距離感の近い人ではあるが、それにしても酷く近い。体の間にもう拳ひとつ分も空白がないことに気付いてしまって、律華は困惑気味に声をもらした。
「それは、どういう……」
「人の忠告は無駄にすんなってこと」
熱いささやきが、喉のあたりを掠めていく。
(ああ、これは――)
たとえ狼に行き会ったとして、どうとでもできると思っていたが。
「お前に狼は殺せない。だろ?」
囁きに、律華は我知らず首を縦に振っていた。
硬直した手では斧を掴むことも、こぶしを作ることもできない。
「九雀先輩」
律華は震える声で彼を呼んだ。彼の服から漂ってくる香りすら、昼のものとは違う。獲物を誘うような甘い体臭に、頭の芯がくらくらする。朦朧とする意識の隙間に、優しい、それでいてどこか憐れむような声が聞こえてきた――
「できればずっと、いい先輩でいてやりたかったのにな」
鷹人の見舞いに行こうと思ったはずが、泣いていた子供を助けているうちにすっかり暗くなってしまった。何時頃なのか。背の高い木々が生い茂っているせいで空が狭い。いっそう暗く感じる。夜鳥の鳴く声に、律華は知らず歩みを速めた――が。
不意に、後ろから肩を掴まれる。
「ひっ」
我ながら情けない声を出してしまったものだと思いつつ。振り返ると、そこにはよく知った顔があった。ほっと胸をなで下ろしながら、彼を呼ぶ。
「九雀先輩……」
帰りが遅いのを心配して、探しにきてくれたのだろうか?
「なんでこんなとこにいるんだよ、後輩ちゃん」
そういうわけでもなかったらしい。
やんわりと責める九雀の声に、律華は体を縮こまらせた。
「その、困っている人の手伝いしていたもので……」
「あのなあ。あれほど言っただろうが」
頭をがりがりと掻きながら、九雀が一歩踏み出してくる。
「夜の森にはたちの悪い狼が出る」
「え?」
知らず、後退ってしまったらしい。背中に触れた木の感触で、律華は後ろへ下がれないことに気付いた。伸びてきた九雀の手が、いつものように律華の頭に触れてくる。トレードマークの赤いずきんが後ろへ落とされるが、視線は彼の顔に釘付けになったままそらせなかった。明褐色の瞳がいつもよりいっそう明るく輝いて見えるのは気のせいだろうか?
薄く開いた唇の隙間から、尖った犬歯が覗いているように見えるのも。
「あの、先輩――」
距離が近い。彼は日頃から距離感の近い人ではあるが、それにしても酷く近い。体の間にもう拳ひとつ分も空白がないことに気付いてしまって、律華は困惑気味に声をもらした。
「それは、どういう……」
「人の忠告は無駄にすんなってこと」
熱いささやきが、喉のあたりを掠めていく。
(ああ、これは――)
たとえ狼に行き会ったとして、どうとでもできると思っていたが。
「お前に狼は殺せない。だろ?」
囁きに、律華は我知らず首を縦に振っていた。
硬直した手では斧を掴むことも、こぶしを作ることもできない。
「九雀先輩」
律華は震える声で彼を呼んだ。彼の服から漂ってくる香りすら、昼のものとは違う。獲物を誘うような甘い体臭に、頭の芯がくらくらする。朦朧とする意識の隙間に、優しい、それでいてどこか憐れむような声が聞こえてきた――
「できればずっと、いい先輩でいてやりたかったのにな」
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