蛟堂/呪症骨董屋 番外

鈴木麻純

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出口のない教室

18.

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 ***

「結局、所有者はなにがしたいんだろうな」
 歩きながら――いくらか後ろ髪を引かれる気持ちはあるのだろう。九雀は考えるそぶりをしつつも、時折ちらちらと鏡の様子をうかがっている。もっとも思念世界と繋がっていた鏡は先程の一枚だけだったようで、そこに律華の姿が映り込むことはなかったが。
「百歩譲って、花岡智の同級生や真田に危害を加えるのは分かる。だが――ああいうの、なんてんだ? 意識体? を集めて思念世界の中に閉じ込めるって謎すぎんだろ」
「謎というほどのことでもないと思うよ」
 言って、鷹人は一度足を止めた。行き止まりだ。
「思念世界の現出は報復屋である三輪辰史氏がもっとも得意とする分野だ」
「あー、そういやそんなやつもいたな」
 少なからず確執があるとはいえ――異能者社会の大物を「そんなやつ」呼ばわりするのは、この悪友くらいのものだ。道を探すことも忘れ、鷹人はすっかり呆れてしまった。
「まだ根に持っているのか」
「そういうわけじゃなくて、単純に忘れてたんだよ」
「君が忘れた? 冗談はよせ」
「冗談っつうか、建前だな」
 悪びれもせず言って、視線だけで先を促してくる。鷹人はひとつ溜息を吐き、続けた。
「――続けるぞ。創作物語や誇張された逸話……これらは人の共感を受けやすいものであるがゆえに、思念にも影響を及ぼす。思念というのは、人の想いだからね。思念は物語を自分のエピソードであると錯覚するのさ。錯覚を起こした思念は物語からヒントを得て暴走する。たとえば婚約者に捨てられた女が、物語の中では大蛇となって男をどこまでも追いかけて殺した――これが思念世界でなら可能だと、思念は気付くわけだ」
「なるほど?」
「創造した世界の中ではなにが起きるか分からない。日常の景色と変わらないように見えたって、次の瞬間には殺人鬼が現れて律華くんたちを襲うかもしれない。現実で復讐するより残酷なやり方もできる」
「脅すような言い方をするんだな」
 まさしく脅すような言い方をしてしまった自覚はあった。
「君に危機感がないようだから」
 言い訳のように付け加えると、九雀は細く息を吐くように言った。
「危機感はあるさ。俺はいつだって、異能ってやつは信用ならないと思ってる」
「蔵之介……」
 それはどういう意味かと鷹人が訊ねるより先に、九雀は壁の一画を指差した。万華鏡のような世界の中で、よく見るとそこだけ景色が歪んでいる。
「通路だ」
 その一言で会話を打ち切り、足早に進んでいく。
 そんな彼の後を、鷹人は慌てて追いかけた。
「蔵之介、待て」
「遅れるなよ。真田の命に関わるかもしれねえんだから」
「それは分かっているが、そうではなく――」
「……警察がマシだとは言わんが、呪症管理協会も異能者社会もちと自分本位すぎる。その点について、俺はお前や真田よりよっぽど身に沁みてる。そういう意味では、お前にこそ危機感を抱いてほしいよ」
 歩みは止めず、また振り返りもせず。
 誰が聞いているわけでもないのに、九雀は陰鬱に声をひそめた。
「チームがうまく回ってきたからこそ、最近痛感させられる。呪症や土岐のような異能者の犯罪を本気で憂えているやつが異能組織にどれだけいるかって話だ。警察だって人手不足の中、なんで異能対策課だのESP捜査だの、異能犬だの試験導入してんだと思う?」
「それは……」
「真田は警察が今のところ異能の秘匿に対して協力的だと言ったが、実情はちと違う。異能犯罪の捜査権および刑罰権に関するアドバンテージを取り戻すつもりだ。昨今増えつつある――というか明らかにされつつある、だな――異能犯罪を問題視する動きが警察の中では高まっている。というのも、解決を異能者任せにするとわけの分からん死体が増えるか、異能者社会における地位的な問題で揉み消されるかがほとんどだからだ。ちなみにお前の言う報復屋だって、そういう意味ではアウトだぞ」
 悪友はそっと嘆息すると、鏡越しに鷹人を見据えた。



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