蛟堂/呪症骨董屋 番外

鈴木麻純

文字の大きさ
上 下
97 / 119
出口のない教室

10.

しおりを挟む


「……俺にはよく分からん。多分、お前にしか分からんのだろうな」
 手の中のものを空に放り投げるような仕草で言って、九雀はふいと顔を背けた。
「それでも、やってもらわなけりゃ困る。意識不明になった子供たちにも親はいる。長引けば肉体に影響が出ないともかぎらんし、特に真田は――起きたときにさ、体がなまっちまってたら可哀想だろ」
 冗談めかして言う彼に、鷹人も少しだけ笑った。
「そうだね。とにかく、まずは特定古物を確保しよう」
 顔を上げ、空に漂う残滓を目で追う。それは蜘蛛の糸のように頼りなく細いが、消える様子はなくはっきりとしている。続く先は八津坂市ではなさそうだ。
「この方角に、母親の実家はあるか?」
「待ってろ」
 九雀が車のダッシュボードから地図を取り出し、広げた。
「ううん……ねえな。真逆だ。身内も近所に住んでるって話だし」
「では、なにか目立つ施設は?」
「目立つ施設っつっても、参王市には商業地域が多いから――」
 言いかけ、地図上をなぞっていた九雀の指先がぴたりと止まった。
「この先というか、この路線ってあれだ。玉突き事故の」
「事故現場に特定古物……供え物だろうか」
「いや、ありえねえだろ。交通量が多いし、なにより死者は出てなかったはずだ」
「だったら別のなにかがあるんだろう」
「なんだか妙な感じだよな。本当に、所有者は智の身内なのか?」
 九雀はぶつぶつ呟いていたが。
 立ち往生していても仕方がないことは分かっていたのだろう。納得していない顔のままアクセルを踏み込んだ。日が傾きかけた空の下、白のセダンが滑り出す。

 現場に事故の名残はなかった。半年近く前の出来事ともなればそれも当然だろうが、道路脇に供え物がされているということも――もちろん、ない。仕事の帰り、あるいはどこかへ向かう人の車や荷物を運ぶトラックが連なる、ありふれた光景だ。そうと聞いていなければ事故があったことさえ想像できなかったに違いない。
 まあ、そういうものだろう。よほどの自然災害でもないかぎり、現代において不幸の爪痕が長く残ることはそう多くない。信号が赤に変わり車の流れが止まるのを待つと、鷹人はポーチの中からスコープを取り出した。
 残滓はどこに繋がっているものか。
 九雀はさすがに前を見ているが、ちらちらとこちらの様子を気にしているようだ。信号が再び青に変わる前にレンズを覗く。と、細い糸のような残滓は中空をゆるゆると漂い、事故の現場を通り過ぎるようにその先へ続いていた。
「まだ、先がある」
「なに?」
「ここが終着点ではない、ということだ」
 答えながら、鷹人は膝の上に置いていた家族写真に視線を落とした。
「この先っつうと……」
 九雀がハッと目を見開く。彼も気付いたようだ。
「夢屋敷だな」
「確かに、花岡智に縁のある場所だ」
「親父さんの口ぶりじゃ、常連っぽかったしな」
「従業員の中に花岡家と親しくしていた人物がいた、という可能性が出てくる」
「そいつが所有者だって可能性も」
 珍しく意見が合った。顔を見合わせると、信号の方もちょうど青に変わった。
「向かってくれ、蔵之介」
 九雀は返事をしなかった。答える手間を惜しんだのだろう。
 いつになく険しい悪友の横顔を覗き見ながら、鷹人も口を噤んだ。こちらも考えたいことがあったのだ。正体不明の違和感が、胸のあたりに引っかかっていた。
 そのまま会話らしい会話もなく、二十分ほどで件の遊園地に到着したのだが――
「リニューアル、工事中……?」
 チケットカウンターにはシャッターが降り、来年五月まで閉鎖する旨が書かれている。作業は夏休みの終わる八月末からはじまったようだ。
「こりゃ、あてが外れたか?」
 途方に暮れた顔で頭を掻く九雀の横で――
「いや……」
 スコープを確認し、鷹人はかぶりを振った。
 残滓は間違いなく遊園地の敷地内に繋がっている。


.
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妊娠したのね・・・子供を身篭った私だけど複雑な気持ちに包まれる理由は愛する夫に女の影が見えるから

白崎アイド
大衆娯楽
急に吐き気に包まれた私。 まさかと思い、薬局で妊娠検査薬を買ってきて、自宅のトイレで検査したところ、妊娠していることがわかった。 でも、どこか心から喜べない私・・・ああ、どうしましょう。

隣の人妻としているいけないこと

ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。 そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。 しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。 彼女の夫がしかけたものと思われ…

最近様子のおかしい夫と女の密会現場をおさえてやった

家紋武範
恋愛
 最近夫の行動が怪しく見える。ひょっとしたら浮気ではないかと、出掛ける後をつけてみると、そこには女がいた──。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

【R18】通学路ですれ違うお姉さんに僕は食べられてしまった

ねんごろ
恋愛
小学4年生の頃。 僕は通学路で毎朝すれ違うお姉さんに… 食べられてしまったんだ……

(完結)私の夫は死にました(全3話)

青空一夏
恋愛
夫が新しく始める事業の資金を借りに出かけた直後に行方不明となり、市井の治安が悪い裏通りで夫が乗っていた馬車が発見される。おびただしい血痕があり、盗賊に襲われたのだろうと判断された。1年後に失踪宣告がなされ死んだものと見なされたが、多数の債権者が押し寄せる。 私は莫大な借金を背負い、給料が高いガラス工房の仕事についた。それでも返し切れず夜中は定食屋で調理補助の仕事まで始める。半年後過労で倒れた私に従兄弟が手を差し伸べてくれた。 ところがある日、夫とそっくりな男を見かけてしまい・・・・・・ R15ざまぁ。因果応報。ゆるふわ設定ご都合主義です。全3話。お話しの長さに偏りがあるかもしれません。

処理中です...