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出口のない教室
10.
しおりを挟む「……俺にはよく分からん。多分、お前にしか分からんのだろうな」
手の中のものを空に放り投げるような仕草で言って、九雀はふいと顔を背けた。
「それでも、やってもらわなけりゃ困る。意識不明になった子供たちにも親はいる。長引けば肉体に影響が出ないともかぎらんし、特に真田は――起きたときにさ、体がなまっちまってたら可哀想だろ」
冗談めかして言う彼に、鷹人も少しだけ笑った。
「そうだね。とにかく、まずは特定古物を確保しよう」
顔を上げ、空に漂う残滓を目で追う。それは蜘蛛の糸のように頼りなく細いが、消える様子はなくはっきりとしている。続く先は八津坂市ではなさそうだ。
「この方角に、母親の実家はあるか?」
「待ってろ」
九雀が車のダッシュボードから地図を取り出し、広げた。
「ううん……ねえな。真逆だ。身内も近所に住んでるって話だし」
「では、なにか目立つ施設は?」
「目立つ施設っつっても、参王市には商業地域が多いから――」
言いかけ、地図上をなぞっていた九雀の指先がぴたりと止まった。
「この先というか、この路線ってあれだ。玉突き事故の」
「事故現場に特定古物……供え物だろうか」
「いや、ありえねえだろ。交通量が多いし、なにより死者は出てなかったはずだ」
「だったら別のなにかがあるんだろう」
「なんだか妙な感じだよな。本当に、所有者は智の身内なのか?」
九雀はぶつぶつ呟いていたが。
立ち往生していても仕方がないことは分かっていたのだろう。納得していない顔のままアクセルを踏み込んだ。日が傾きかけた空の下、白のセダンが滑り出す。
現場に事故の名残はなかった。半年近く前の出来事ともなればそれも当然だろうが、道路脇に供え物がされているということも――もちろん、ない。仕事の帰り、あるいはどこかへ向かう人の車や荷物を運ぶトラックが連なる、ありふれた光景だ。そうと聞いていなければ事故があったことさえ想像できなかったに違いない。
まあ、そういうものだろう。よほどの自然災害でもないかぎり、現代において不幸の爪痕が長く残ることはそう多くない。信号が赤に変わり車の流れが止まるのを待つと、鷹人はポーチの中からスコープを取り出した。
残滓はどこに繋がっているものか。
九雀はさすがに前を見ているが、ちらちらとこちらの様子を気にしているようだ。信号が再び青に変わる前にレンズを覗く。と、細い糸のような残滓は中空をゆるゆると漂い、事故の現場を通り過ぎるようにその先へ続いていた。
「まだ、先がある」
「なに?」
「ここが終着点ではない、ということだ」
答えながら、鷹人は膝の上に置いていた家族写真に視線を落とした。
「この先っつうと……」
九雀がハッと目を見開く。彼も気付いたようだ。
「夢屋敷だな」
「確かに、花岡智に縁のある場所だ」
「親父さんの口ぶりじゃ、常連っぽかったしな」
「従業員の中に花岡家と親しくしていた人物がいた、という可能性が出てくる」
「そいつが所有者だって可能性も」
珍しく意見が合った。顔を見合わせると、信号の方もちょうど青に変わった。
「向かってくれ、蔵之介」
九雀は返事をしなかった。答える手間を惜しんだのだろう。
いつになく険しい悪友の横顔を覗き見ながら、鷹人も口を噤んだ。こちらも考えたいことがあったのだ。正体不明の違和感が、胸のあたりに引っかかっていた。
そのまま会話らしい会話もなく、二十分ほどで件の遊園地に到着したのだが――
「リニューアル、工事中……?」
チケットカウンターにはシャッターが降り、来年五月まで閉鎖する旨が書かれている。作業は夏休みの終わる八月末からはじまったようだ。
「こりゃ、あてが外れたか?」
途方に暮れた顔で頭を掻く九雀の横で――
「いや……」
スコープを確認し、鷹人はかぶりを振った。
残滓は間違いなく遊園地の敷地内に繋がっている。
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