蛟堂/呪症骨董屋 番外

鈴木麻純

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出口のない教室

4.

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 翌朝。

 正確には八時五十分だ。そのとき鷹人はまだベッドの中にいた。九雀たちとの合流は昼前を予定していて、どうせ店は開けられない。友人たちのように朝早くから捜査資料の整理をする必要もないので、ぎりぎりまで惰眠を貪るつもりだった(と言えば、律華にはまた「自堕落だ」などと叱られるのだろう)
 鳴ったのはアラームではない。携帯の着信音だ。
「なんだ、こんな時間に」
 寝ぼけ半分に、ディスプレイを見ず通話に出る。と、
「石川! 真田と連絡が取れない!」
 誰何する必要もない。
「なんだ、蔵之介か」
「おまえ、寝てただろ」
「寝ていたとも。だが、今起きたからガタガタ言わないでくれ。で、なんだって?」
 真田と連絡が取れない。と、聞こえなかったか?
「そもそも、今日は非番ではないだろう」
「ああ。だから真田が出勤してきてねえんだって。いつもは俺より早いのに、今日は始業時間過ぎても出てこない。体調でも崩したかと思って電話をかけても出ない!」
 どうにか音量は抑えているが、声からは動揺が滲んでいた。そこでようやく普通ではなさそうだと目も覚めて、鷹人はベッドから起き上がった。
「では、なにかあったと考えるべきだが……」
 スピーカーに切り替えた携帯をサイドテーブルの上に放り出し、部屋着を脱ぎ捨てる。
「ひとまず落ち着け、蔵之介。慌てたって律華くんが出てくるわけでもなし」
「分かってるから、慌ててんじゃねえか。捜査の進展もほとんどねえのに、真田までいなくなっちまったとかお手上げだろ。捜す場所が――」
 捜査では平然と嘘を並べる男が、後輩のことになるとあっさり我を失う。そこが彼の憎めないところと言えるのかもしれないが。シャツに袖を通しつつ、鷹人は繰り返した。
「落ち着け。律華くんの部屋は、もう訪ねたのか?」
「部屋?」
 そんなことは考えもしなかったという声だ。
「彼女の部屋、署から近いんだろう?」
「あ、ああ」
「まさか忘れていたのか?」
「いや、電話に出ないから部屋にいるって発想がなかった」
「いなくたって手がかりはあるかもしれないだろう。車だって確認できる。律華くんは率先して連絡係をかって出るわりに、君と違って相手の嘘に騙されやすいし。昨日アポを取ると言っていたのは病院と彼女の知り合いだったか……どちらかの関係者がクロで、相談の名目でおびき出されたのかもしれない」
 と、そこまで言い終えたところで着替えは終わった。
 手首に腕時計を巻き、いつものコートを羽織る。
「すぐにそちらへ行く。君は不動産屋か大家に、律華くんの部屋の鍵を借りてきてくれ。アパートで合流したいのだが、住所はすぐに分かるか?」
「ああ」
 スピーカーから、手帳をめくるような音がした。今時アナログだなと思いながら、読み上げられた住所をこちらもメモに書き付ける。聞いてはいたが八津坂署とは目と鼻の先だ。天鷹館からは少し離れるものの、車を二十分も走らせれば着く。
 通話を切り、鷹人はすぐに出発した。



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