蛟堂/呪症骨董屋 番外

鈴木麻純

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出口のない教室

3.

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不思議な顔でこちらを見る女教師二人に、微笑する。
「僕はレディーファーストを心がけている。性別を語るのはあなた方に対して失礼かと思うが、大勢の生徒を抱えながら人間関係を把握する細やかさに敬服した。その上、子供たちを見守る瞳は強い輝きをたたえて美しい。いっそう女性扱いしたくなると言うものだ」
 彼女たちを部屋から出すために、それらしい言い訳を絞り出すのは骨が折れた。自分でも滑稽なことを言っている自覚はあったが、幸いにも女教師二人は流されてくれたようだ。あるいは恥ずかしい台詞はBGM程度のもので、微笑がてきめんに効果的だったのか。
 女心は分からない。
「そうおっしゃるなら」
「せっかくのお心遣いなので」
 それぞれ気恥ずかしそうに言って、さっと出ていく。彼女たちを先に行かせ、鷹人は優雅な手つきでドアを閉める振りをしながらスコープで部屋の中を覗いた。もっとも、そう都合よく視えるものもないだろうと思ったのだが。意外にも残滓が薄く漂っている。
 驚いてあたりを眺め回し分かったのは、それが廊下にまで広がっていることだ。まるで深い森の奥から滲み出た霧のように。
「これは……?」
 鷹人は訝った。残滓の分布範囲が異常だ。
(建物が特定古物化している……いや、それにしては残滓が薄い。だとすれば、ウイルスのように呪症が空気中に広まっているのか? まさか。警察の出任せじゃあるまいし)
 いくつかの可能性を考えては打ち消し、最後に不気味さだけが残った。
 クラス担任の教師たちは仕事があるからと職員室へ戻っていき、辻だけに見送られる形で校舎を後にした。車に乗り込んで、学校を離れてからようやく――
「なにが視えた?」
 九雀が訊ねてきた。
「霧のような残滓が視えた。実際に視て回ったわけではないから断言はできないが、あの様子では学校中に広がっていても不思議はない。だが、おそらく特定古物は他にある」
「なるほど、それがお前の推測か」
 やっぱり連れてきてよかったな。
 頷いて、九雀はスケッチブックに視線を落とした。
「あとは、これがなにを示しているか……だな」
「相関図か」
「ああ。被害者の生徒たちは微妙に交流があるようで、すべてが繋がってるわけでもない……ってのが、なんとなく気持ち悪いな。ピースを間違えたパズルみたいだ」
「先輩が感じている違和感を埋める部分が、所有者にあたるのかもしれませんね」
 これは、律華だ。
 運転しているため前を向いたまま、少し考えるように視線を上げた。
「もちろん、いじめによる怨恨や友人間トラブルの線が消えたわけではありませんが……先生方がすべてを把握しているわけではないと言っても、八歳程度の子供が大人にそうと悟られないほど陰湿にやるというのも少々想像しにくい気がします」
 彼女は子供というものを純粋無垢と信じているらしい。
 鷹人は大仰に頭を振った。
「いや、僕は君の言い分に異を唱える。今時の子供は妙に賢しいところがあるぞ。先日実家へ帰った際に従妹が五歳の娘を連れて来たんだ。ハグとキスを迫るから海外のホームドラマにでもかぶれたのかと思いきや、ファーストキスの責任を取って結婚してくれと床を転げ回って大騒ぎ。要するに、既成事実を作れば男が言うことを聞くと知っていたわけさ。額に軽くキスをしたくらいで、その後の人生を背負わされてしまうなんてたまったもんじゃない。恐ろしい」
「……なんか、まさしくお前の一族って感じだな」
 九雀は呆れ顔でうめいている。
「どういう意味だ」
「賢しいっつうより、ごねるのが得意で面倒くさい」
「失礼なやつだな……僕はまだマシな方だ」
「まともじゃないやつは大抵、そういう言い方をするんだ」
 どこまでも失礼なことを言って、話題を戻すように顔の前で手を振った。
「ああもう、変人一族の話はどうでもいい。せめて所有者を絞りこみたい」
「はい。先生方が他に数人、各被害者と同じコミュニティーに所属していたと思われる生徒の名前を書き込んでくださいました。被害者を含めた彼らの保護者に聞き込みをして、名簿からトラブルになったことのある生徒、もしくはなんらかの接点を持ったことがある生徒を抜き出してはどうでしょう」
「そうだな。まあ、当初の予定通りってやつか」
 他にいい案もなく、そのまま名簿の住所を辿って被害者の自宅を訪ねた。八津坂小学校の教師たちに比べると保護者たちはまだ混乱の最中にいるようだったが――ある日突然、我が子が意識不明に陥ったのだから当然の反応ではある――意外だったのは、彼らの話が教師から聞いたものとそう食い違ってはいなかったことだ。
 トラブルについて訊ねると、保護者たちはいずれも同じように困惑してみせた。うちの子に限ってという反応ではなく、心当たりがまったくないといった様子だったので、期待したような成果はほとんど上がらなかった。ただ、まったく手がかりがなかったかといえばそういうわけでもない。幼稚園、習い事、クラブ活動、兄弟の関係――等々。更に細かく人間関係を洗い出した結果、被害者と接点のある生徒に何名かが追加された。
「正直、だからなんだって話ではあるが……名前の挙がった生徒が次の被害者になるのか、それとも所有者なのかも分からん」
「それに動機も、まだ不明だ。今のところ、見当も付かない」
 聞き込みを終えた頃には、夜もすっかり更けていた。
「今日のところは署に戻るか。明日からの方針をまた考えねえとなあ……」
「僕としては意識不明の生徒たちが入院している病院へ行きたい」
 九雀と話しながら、後部座席のシートにぐったりともたれかかったところで。鷹人はふと、運転席の律華が先程からまったく会話に入ってこないことに気付いた。彼女はエンジンをかけようとするでもなく、ルームランプの下で名簿をじっと眺めている。
 九雀も、後輩の様子に気付いたらしい。
「どうした、後輩ちゃん」
「いえ……」
 いつも打てば響くような返事をする彼女が、らしくもなく歯切れの悪い言い方をした。
「少し関わりのあった子が八津坂小学校に通っていたことを思い出しまして、七歳か八歳だったはずなんですが、今日の聞き込みでは名前を聞かなかったなと……」
「悪いこっちゃないだろ。名前を聞かなかったってことは、被害者になる可能性も低いってことだ。気になるなら、明日の聞き込みで寄ってもいいが」
 九雀の気軽な提案に、律華は何故か少し考えるようなそぶりを見せ――
「ありがとうございます。明日、先方に電話で確認してみます」
 生真面目に答えた。
 先程の言い方からして、然程親しい間柄でもないのだろう。もしかしたら家族の知り合いかもしれない。そのあたりの話題になると途端に口数が少なくなるのも、まあいつものことだ。気まずいだけで本人も一応割り切ってはいるようなので、気にかけてかえって雰囲気を悪くすることもないだろうと――その場では流したのだが。


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