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第5話 そのまま帰ろうと思った私は、初めて話したクラスメイトに掴まる

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目覚ましがなる。いつも静香ちゃんは私を起こすことなく起き上がって、朝食とお弁当を作ってくれている。
「おはよう、静香ちゃん」
「おはよ~。ほら、早く準備しないと遅刻するよ」
「うん! あぁ~……まだ眠い」
「仕方ないなぁ。はい、顔洗ってきて」
「は~い」
私は顔を洗い、歯磨きをして、制服を着て、髪を整えて、リビングへと向かう。
テーブルの上には、トーストと目玉焼きとサラダが並んでおり、既に静香ちゃんは椅子に座っている。
テレビでは朝のニュースが流れていた。
私は急いで席につくと、手を合わせて挨拶をした。
そして、静香ちゃんと仲良く会話しながら朝ごはんを食べる。
食べ終わると、食器を流し台に置いて、鞄を持って玄関に向かう。
靴を履いて外に出ようとすると、背後から静香ちゃんの声が聞こえてくる。
振り返ると、彼女は笑顔でこう告げる。
「行ってらっしゃい、夢美ちゃん」
「行ってきます、静香ちゃん。いってらっしゃい、静香ちゃん」
「は~い、いってきま~す」
静香ちゃんは私にいってらっしゃいと言う。
私は元気よく返事を返し、今度は私が静香ちゃんにいってらっしゃいを静香ちゃんに言う。
これが私達の日常だ。
手を繋いで一緒に登校すると、下駄箱の前では静香ちゃんの友達である渚さんが声をかけてきた。
「ん、おはよう。……と、えっと」
「おはよ~渚~。夢美ちゃんだよー」
「おはよう、森野さん。美嶋、です……」
「あぁ、美嶋夢美、ごめん、人の名前覚えるの苦手で……」
「私の名前は憶えてるかな~?」
ニヤリと笑う静香ちゃんに対して、「流石に覚えてる」と呟く森野さん。
彼女達は幼馴染らしく、中学までは家が近いこともあって、一緒に登下校していたらしい。
今はクラスが違うため、別々に通学しているみたいだけど。
ちなみに私達は2年B組で、森野さんはA組。
私達は一緒に2年のフロアまで行く。
「……なに?」
「あ、ごめんなさい、その……」
「ごめん、朝だと眠くて、機嫌悪そうに見えるかもだけど、別にそう言うわけじゃないから。これ普通」
「あ、うん、ごめんなさい……」
森野さんはクールな子で、特に何かを話すことは無いけれども機嫌が悪いわけでも無さそうだった。
教室に入ると、クラスメイトが声を掛けてくれる。
静香ちゃんのおかげか、私も結構話しかけられるようになった。
静香ちゃんが私と付き合っていることは秘密にしているから、玄関のところで手を離している。
「きゃはっ☆ 静香、おはよー! 夢美ちゃんも、おはよー!!」
その中でクラスのムードメーカーである雛菊怜奈さんが私達を見て声を掛けて来る。
凄いテンションが高いギャルである雛菊さんのことは、私は苦手だった。
「おはよー、れなちー」
静香ちゃんは雛菊さんに対して特に何も思うことは無いのか、普通に挨拶をしている。
「あ、あの、おはようございます」
「おっはよーう!! ねぇ聞いてよ静香ぁ~」
「どうしたの? また告白されたとか?」
「そうなんだよぉ~。もぉ~、この前断ったばっかりなのにぃ」
「あぁ、そう言えばそうだったね」
「何の話ですか?」
「えぇ~、夢美ちゃんも気になる~? あはっ☆」
「はい……」
「ふむ、それじゃあ、今日の放課後にでも聞かせてあげるよぉ☆」
「あ、ありがとうございます……」
私はとりあえず礼を言う。
そして、1限目の授業が始まる。授業中は真面目に受けているものの、休み時間になるとすぐに静香ちゃんのところに駆け寄って喋り始める。
それはいつも通りの事なので気にしないけど、今日は少し様子が違った。
昼休憩の時間になり、静香ちゃんと一緒に昼食を食べようと机を寄せ合う。
すると、静香ちゃんのスマホが振動し、画面を見るとメールのようで、静香ちゃんはその文面を読むなり、急に立ち上がって私に向かってこう言った。
彼女の顔からは笑みが消えており、ただならぬ雰囲気を感じ取った。
そして、彼女は私の腕を掴むと、そのまま引っ張って強引に連れ出す。
私は訳が分からず困惑しつつも、静香ちゃんに従って後についていく。
静香ちゃんは人気のない場所を見つけると、そこに私を連れて行き、そして、真剣な表情でこう言った。
「夢美ちゃん、落ち着いて聞いて欲しいんだけど」
「ど、どうかしたの……?」
「実は、お母さんが倒れちゃったみたいなの」
「え!?」
「だから、今日は早退させて貰って、急いで家に帰らないといけなくなったんだ」
「そ、そんな……!」
「ごめんね、それで今晩なんだけど、今日帰れるか分からないから、ご飯も一人で食べて欲しいんだ」
「それは、勿論だよ……。私の我儘で、静香ちゃんに迷惑かけれないもん……」
「ありがと。あ、お弁当箱は――」
「静香ちゃんが来るまで私も一人暮らしだったんだから、大丈夫だよ。それより、急いで帰ってあげて」
「うん、ありがと。夢美ちゃん、大好き、愛してる」
「私もだよ……静香ちゃん」

放課後、静香ちゃんが居ない状態で帰ろうとした時に、後ろから雛菊さんが声を掛けて来る。
「およおよ? 夢美ちゃんは、静香ちゃんが居ないと、怜奈との約束をすっぽかしちゃうのかな~?」
「あ、いえ、そういうわけでは……」
「なら一緒に行こっか☆」
「はい……」
私は雛菊さんに言われて、そう言えば今朝雛菊さんが告白された話に興味がある反応をしてしまったのを思い出す。
実際興味が無い訳では無かったけど、雛菊さんは静香ちゃんが居るから話したのであって、静香ちゃんが居なければ私のことなんて気にしていないと思っていた。
それを素直に雛菊さんに話すと、頬を膨らませる。
「夢美ちゃん、そんなこと思ってたなんて心外~。怜奈は、友達の友達を蔑ろにするほど、人間腐ってないぞっ☆」
「あ、ごめんなさい……」
「そんな深刻そうな顔しないでよ~。ほ~んの冗談だって。あはっ☆」
「あ、はい……」
「まぁ、良いや。それよりも、早く行こう」
「え?」
「ん?」
「えっと、何処へでしょうか」
「あはっ☆ 決まってんじゃ~ん。怜奈ちゃんも、夢美ちゃんと親睦を深めたいのだよ~」
「あ、はい……」
「よし決まり! それじゃあ、レッツゴー!!」
私は雛菊さんに言われるままに付いて行く。
向かった先は学校から少し離れたところにあるカラオケ店。
誘われるがままに来てしまったけど、普段話をしないクラスメイトといきなりカラオケなんて、陰キャで今までぼっちだった私にはハードルが高すぎる……。
まだ静香ちゃんとだって来たことが無いのに……。
「さぁさぁ、歌おうぜぇ~!」
「あ、はい……」
雛菊さんが曲を送信する。
それからマイクと機械を渡して来て、ステージに立つ。
「さぁ、夢美ちゃんも入れなよ☆」
「あ、はい、分かりました。……あ、あれ、どうやって入れるんですか? これ……」
「もぉ、怜奈曲始まっちゃう~。歌い終わったら見てあげるから、怜奈のこと、盛り上げて☆」
「あ、はい、頑張ります」
そうして雛菊さんの歌を聴いているが、ノリノリで踊りながら歌う姿はまるでアイドルだ。
私は気付けば手拍子とかも忘れて聞き惚れてしまっていた。
「あはっ☆ ありがと~! 夢美ちゃんが、そんなにキラキラした目で見てくれたから、張り切っちゃった☆」
「凄い、上手でした。なんか、アイドルみたいで、憧れちゃいます……」
「あはっ☆ じゃあ、夢美ちゃんも一緒に歌ってみる~? はい、どうぞ~☆」
「え? あ、えっと……」
私は突然のことで狼狽える。
すると、そんな私を見て、雛菊さんはニッコリ笑う。
「あははっ☆ ごめんごめん、怜奈、ちょっと調子に乗りすぎちゃった。でも、楽しかった?」
「あ、はい、とても……」
「良かった。それじゃあ、次は夢美ちゃんの番ね。夢美ちゃんは~、何歌うのかな?」
「わ、私、あんまり上手くないので……。それに、こういうところに来たのも初めてなので、緊張しますし……」
「大丈夫大丈夫。練習だと思えばいいんだよ」
「そ、そうですね」
「うんうん。それで、何をリクエストするのかな?」
「えーと、その……じゃあこれで」
私が曲名を入力すると、雛菊さんが笑みを浮かべる。
「お、この曲知ってるんだね~。怜奈もこの曲と迷ったんだけど、夢美ちゃんに譲ったげる☆」
「す、すみません……」
私はそうしてマイクを両手で握って立ち上がる。
そして、イントロが流れ始めて、歌い始める。
結果は散々で、音程は外れまくりで、歌詞も噛みまくって、声も裏返ったりしていて、もう酷い有様で……。
「あはは☆ 思ってたより酷いね、あはははは☆」
「うぅ……」
「けど、なるほどなるほど。地声はちょっと低目で高い曲は苦手っぽいから、この曲とかどうかな? で、テンポを遅めに設定して、ここの部分は――」
一頻り笑った後雛菊さんは私に合いそうな楽曲を幾つか選んでくれて、私は雛菊さんに言われるままに歌ってみる。
すると、最初よりも上達したような気がする。
「後は、もう少し自信を持ったらOK! 声綺麗なんだから☆」
「あ、ありがとうございます……。あの、雛菊さん……」
「怜奈で良いよ~☆ 怜奈、名字で呼ばれるのあんまり好きくないしー。あ、れなちーって呼ぶ?」
「いえ、怜奈さんで……」
「あはっ☆ ふられちゃった☆ それで、何かな?」
「何か本当は私に話があったんじゃないんですか?」
「……なんでそう思ったのかな?」
雛菊さんの目が細まる。
多分だけど、私のことを試しているのだと思う。
だから、私は正直に答えた。
「不審と言っていいのか分からないですが、今まで話しかけて来なかった怜奈さんが急に話しかけた事に違和感を覚えました。それも、静香ちゃんが居ないにも関わらず。突然カラオケに誘ったこともそうですし」
「……へぇ~。夢美ちゃんって、意外と鋭いね。普通ならそこまで考えないかと思うけど」
「あ、いえ、あくまで予想で……」
「あはっ☆ そんなに焦らなくても良いよ。確かに夢美ちゃんの言う通りで、実は夢美ちゃんに用事があって声を掛けたんだよね」
「どんな御用件でしょうか?」
「『静香ちゃん』。何かあったことは直ぐに分かった。前まで『眠野さん』って呼んでた夢美ちゃんが急に下の名前で呼んで一緒に登校してくるんだもん。隠す気があるのか、無いのか……」
「………ッ!!」
油断していた。私は、自分の失態に唇を噛む。
「まぁ、別に夢美ちゃんと静香ちゃんの間に何があっても構わないけどさぁ……。もし静香ちゃんが困るようなことがあったら、許さないよ。特に、静香ちゃんが傷つくようなことがあれば……」
「……」
「あはっ☆ 脅かしすぎたかな? そんなことしないのは分かってるよ。ただ、友達として、心配だっただけ。だから、これはお願い。これからも、静香ちゃんと仲良くして欲しいな」
「……分かりました」
「良かった☆ じゃあ、カラオケも終わったことだし、今日は帰ろっか」
「あ、はい」
帰り道、怜奈さんの背を追いながら、彼女の言葉を思い出す。
もしも私が怜奈さんの立場だったら、同じ言葉を言えただろうか。
きっと、無理だ。
だって、私は、弱いから。
だから、私は怜奈さんには勝てないだろうと思った。

「あはっ☆ 夢美ちゃん、お疲れ様~☆」
「お、お疲れさま、でした」
「いや~、楽しかったねぇ~☆」
「はい、とても……」
「また行こうね☆」
「あ、はい……」
「あはっ☆ 夢美ちゃん、もしかして緊張してたりする~? あははっ☆」
「……」
「夢美ちゃんも結構面白いところあるじゃん☆ あはっ☆ 夢美ちゃんって、普段からもっと笑えば良いのに~。あははっ☆」
「はい……」
「なんか夢美ちゃんの笑顔見てると、こっちまで楽しくなって来るね☆」
「あ、ありがとうございます……」
雛菊さんと別れて家に帰ると、玄関の前で静香ちゃんが待っていた。
私の姿を見つけると、こちらに向かって駆け寄って来た。
「おかえりなさい、夢美ちゃん!」
「た、ただいま……。どうしたの? こんなところで……」
「夢美ちゃんのこと待ってたの。はい、これあげる」
静香ちゃんが渡してきたのは、ケーキの箱だった。
私は首を傾げながらもそれを受け取って中身を確認する。
中にはショートケーキが入っていた。
「えっと、どうしてこれを私に……?」
「その、前に夢美ちゃんが食べたいって言ってたから」
「も、もしかして、わざわざ買ってきてくれたの?」
「うん」
「そ、その、ありがとう……」
私はお礼を言うと、静香ちゃんは嬉しそうに笑う。
「喜んで貰えて良かった。今日帰り遅かったけど、何か有ったの?」
「怜奈さんとカラオケに行ってて……」
「珍しい組み合わせだね。むぅ、私ともまだ行った事無いのに~」
「うん……。でも、一緒に行く前に怜奈さんに見て貰えて良かったかな。静香ちゃんには格好悪い所を見せずに済みそうだから」
「格好悪くても全然いいのに。どんな話をしたの、中で聞かせてよ」
そう言って私達は家に入るのだった。
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