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後篇 優希誘拐篇

第八話 良くも悪くも、時代は動き始めたと言うべきか……。

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「いらっしゃいませ」
「チーズケーキと紅茶を、紅茶を先に。トッピングにイチゴ、大至急で」
「……本日は品切れです」
「くっ! 冴子さん、そこをなんとか!」
「菖蒲さんは貴女がそう動くと事前に予想して動いていました。それに、私も事前に動いていました。でも、貴女は後手に回り過ぎです」
「……分かってます、分かってますけど」
「付いて来て下さい」

 風香は冴子の後を付いて行き、いつもの部屋に入る。席に着くなり、2枚の写真が並べられる。
 どちらも同じ人物で、一枚は証明写真。もう一枚は、その少女の遺体だった。

「二代目飯島興業若頭代行、五月組組長の娘である五月美由紀さんが今朝遺体で見付かりました。死因は毒殺。飯島興業会長の娘で、優希さんを攫った松居沙世の手によって殺されたみたいです」
「嘘でしょう? 五月美由紀って、女子高生ながら大の大人とやりまくってるって言う、あの?」
「生きているのは松居沙世のお気に入りの、金剛組組長の娘、金剛彩音。金剛組は今回五月組取り潰しに伴って若頭補佐に昇格したみたいです」
「訳が分からないわ……」
「訳が分からないといえば、最近近江沙希と言う関西系の少女が松居沙世の側に付いたみたいで」
「それの何が、訳が分からないんですか?」
「この私の情報網をもってしても、彼女のパーソナルデータ以上のデータが出て来ないんです。それに、近江沙希、彼女は金剛組の娘である金剛彩音よりも嫌な感じがします」
「そうですか……」

 風香はそれだけの情報を得ると、おみやげにケーキを貰ってその場所を後にした。
 自分のせいで誘拐されてしまった優希、風香は自分一人で乗り込んでもダメだし、最早彼女の失態だからと彼女の首一つでどうにかなる問題も超えていた。

「な~んや、辛気臭~い顔してんなぁ?」

 風香が視線を上げると、そこにニコニコと笑みを浮かべた女子高生が立っていた。
 けれども、近隣の高校の制服何処を考えても当て嵌まる高校が無い。

「あの、すみません、今、誰とも話したく無いんですけど……」
「えぇやん、上京して心細いねん。ちょっとそこの公園で話しよか? ウチ、近江沙希、宜しく頼みますわ」

 自分の事を知ってるのか、それとも知らないで声を掛けたのか。
 風香はさり気に雷香にメールで連絡をすると、警戒しながらも沙希の後を追う。
 このまま彼女を捕らえれば人質として優希を取り返せるかも知れない。

「アカン、殺気がバレバレやで。捕まえようと言う気迫が、後ろ見んでもよぉ分かる」

 気付かれた……! 風香は内心心拍数の跳ね上がりを抑えつつ、相手がどう動くかを見極める。
 けれども沙希は特に何かをしようともせずに、普通にブランコに座り漕ぎ始める。

「言ったやん、ちょっとそこで話しようって」
「貴女は……裏社会の人間なんですか?」
「そうや」

 核心を突くような質問に、沙希はなんでも無い事の様に答える。

「けど、それは菖蒲組の若頭に聞いてるんちゃうの?」
「藤女組の事、なぜ知ってるんですか……?」
「あぁ、そんな名前やったな。藤女組若頭補佐、藤本風香ちゃん?」
「だから、何で貴女がその名前を知ってるんですが! 貴女は何なんですか?」
「えぇの? 優希ちゃん、何処に居ったか――」

 沙希は気付けば風香に地面に組み伏せられて銃口を頭に付き付けられていた。

「えぇの、ウチが死んだら優希ちゃんも――」
「貴女が死んだ後の話を貴女が心配する必要はありません。私にも情報網はありますので」
「藤女組若頭、新川冴子やな? けど、それやったら尚の事ウチを殺さない方がえぇで? 菖蒲ちゃんにまたどやされるで、風香ちゃん? 大体――」

 その言葉と共に右脇腹に鋭い痛みが走り、風香はそのまま吹き飛ばされる。
 立ち上がろうとした所を踏み付けられ、立ち上がることが出来ない。
 そんな頭に、更に銃口を付き付けられれば、最早風香に何か出来る術は無かった。

「雷香……!」
「邪魔をしないで下さい、風香さん。それに、沙希さんもこんな事で風香さんを消させないで下さい。勿体無いじゃないですか」
「雷香、何を言って……うっ!」

 風香は自分に何かが打ち込まれたのを理解するよりも早くに意識を失った。
 何が起きているのか分からない、けれどもそれを考える余裕は彼女には無かった。



「どうなってるの? 雷香さんは裏切ったの?」
「分かんないですけど、風香さん連れて行かれちゃいました……」
「……分かった。夏海はそのまま監視を続けてて」
「絢乃先輩は?」
「菖蒲さんに判断を仰ぐわ」

 風香から連絡を受けていた子がもう一人、そしてその人物が引き連れていた子も一人、遠く離れていた雑居ビルの屋上で彼女達を見下ろしていた。
 藤女組本部長直参周防一派組長周防絢乃。同じく周防一派若頭補佐天野夏海。
 彼女達はこの状況に慎重に事を構えないといけないと判断した。

 良くも悪くも、時代は動き始めたと言うべきか……。
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