喫煙所にて

千葉みきを

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喫煙所にて

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昼夜逆転生活が続いていた。本当は朝方の生活リズムに整えたいのだが、日中に目的がないとそれも難しい。寝るために睡眠薬を飲むのだが、飲んでもなかなか効かないことが多い。そうすると次は酒の力に頼るしかないのだが、家には、もう酒もほとんど残っていない。ウイスキーのボトルが空き、それでもなかなか酔わない。徒歩5分ほどのところにセブンイレブンがある。うつ病にかかってから、外に出るのが億劫になっていた。しかし、その日はなんとなっく近くのセブンに酒を買いに行く気分になった。真夜中の2時半ころである。家を出ると辺りはしんと静まり返っている。日中働きに出ている人たちは、とっくに布団に入って寝ている頃だろう。当然、もうとっくに終電もない時間帯だ。少し歩いて大通りに出ると、何台かの車が行き来しているが、タクシーばかりである。コンビニに着くと、顔なじみの店員がレジの前に立っていた。入って右手にある飲み物の陳列棚から、缶ハイボールを手に取り、レジに向かった。それから、アイコスの98番を店員に告げた。ガタイの良いその店員はややめんどくさそうに、アイコスを持ってきて、会計を済ませる。外は、相変わらずしんと静まり返っている。時折、タクシーや新聞配達のバイクが往来するだけであった。そのセブンイレブンは、今どきは珍しく、灰皿が設置されているコンビニであった。お行儀が悪いのは、わかっていたが、先程家で飲んだウイスキーのせいで少し酔いが回ってきていた。そのせいもあり、セブンイレブンの灰皿前で、しゃがみ込みながら、さっき買ったハイボールの栓を開けると、一気にそれを飲んだ。ハイボールの缶をふと見ると、アルコール度数は9パーセントと書かれている。おいしくはないが、程々に酔うには丁度良い度数であった。ついでにさっき買ったアイコスの98番をアイコス本体に挿し、またハイボールを口にする。ちょうどその時だった。自転車で一人の男がコンビニに入ってきた。緑色のその自転車は、所謂スポーツタイプの自転車であった。男は、コンビニに入ると、5分程して、店から出てきた。ハイボールを一気飲みしたせいで、かなり早く酔いが回ってきた。自転車でコンビニに来た男は、同じく愛煙家なのだろう。薄いシャツに短パン姿の男は、灰皿のある場所から、数メートル離れた場所で、さっきコンビニで買ったであろう煙草に火を付けるとまるでため息を着くかのように煙を吐き出した。年齢は50代前半くらいだろうか。普段なら、そんな気にする光景でもない。愛煙家の暗黙のルールとでもいうべきか、お互いに灰皿を譲るようにして煙草を吸う。いつも通りの光景にも関わらず、こんな時間にコンビニを訪れるのだから、何か理由があるのだろうか。その男の存在が気に成る事も自然な成り行きだったかもしれない。だが、その男に声を掛けてみようと思ったのは、今飲んでいるハイボールの酔いが回ってきて、その勢いもあっただろう。

「だいぶ涼しくなりましたね」

男は、自分に話しかけられているとは思わなかったようで、後ろを振り返る。しかし、後ろには誰もいないのを認めると、また煙草をふかしながら、話かけてきた。

「そうですね。やっと涼しくなってきましたね。この頃は暑く成ったり涼しかったり、落ち着きませんね」

初対面の相手にもかかわらず、男は臆する事無く、冷静に返答をする。

「今は、お仕事の帰りですか」

「今日は朝から仕事で、明日から休みです。タバコが切れたから買いに来たんですよ」

「へえ、お仕事は何をされてるんですか」

「しいたけ農家なんですよ」

「しいたけ、ですか!すごい面白そうな仕事ですね」

男は、道路の方を向きながら、そう告げる。秋の冷たい風が、ふわりと吹き、街路樹の落ち葉が舞い上がる。

「しいたけの栽培って、室内なんですか」

「そう。この近くの市川大野の方にあるんですよ」

「なんでしいたけ農家に入ったんですか」

そう聞くと、男は下を向き少しの沈黙の後、またタバコをふかし、こう告げる。

「いろいろ縁がありましてね。実は私、持病がありまして」

「持病ですか。どんな病気なんですか」

「うつ病なんです。こうみえて、私10年以上ひきこもり生活を送っていたんです。それである時、急に仕事をしてみようかなという気になりまして」

自分と全く同じ病気だった。しかし、その初老の男は、同じうつがあるとは思えないくら活き活きとした言葉遣いだった。

「実は、僕もうつ病なんです。まさか、同じ病気の人と、こんなところで会うとは思いませんでした」

「今どき珍しくないよね」

男は、特に驚くそぶりも見せず、煙草の灰を、灰皿に落す。一方で、自分と同じ病と戦っている人がいるというだけで、少し気持ちが穏やかになる。

「どこか病院に通われているんですか」

「すぐそこの、市川病院のすぐ近く、ひまわりクリニックという病院があってそこに通ってます。お兄さんもどこか病院通ってるんですか」

「僕は市川駅のすぐそばのtメンタルクリニックという病院に通ってます」

俺は、ハイボール片手に、先程買ったアイコスをもう一本吸った。

「兄ちゃん、まだ若いよね。今何歳?」

「今年で25歳になります」

「若いね。俺今年で62歳。37歳差か。まだまだ若くていいね」

正直、その男の年齢を聞いたとき、びっくりした。歳相応に見えないくらいその男は若く見えた。

「正直、うつ病しんどいですよね」

「しんどいけど、病気と長い付き合いになれば、段々慣れてくるよ。病気との向き合い方もわかってくるし」

男は、落ち着いた口ぶりでそう答える。優しさと、その男の過去の後悔が入り混じってるような口ぶりであった。男は続ける。

「けどね、自分の居場所があるってのはやっぱり良いことだね。兄ちゃんまだ若いから、どうとでもなるよ」

「ありがとうございます」

少しの沈黙の後、男はこちらを向き、こう告げる。

「俺はあと5,6年しか生きられないから」

「いえいえ、そんなことないですよ」

咄嗟に出た言葉であったが、その言葉を男が聞いたとき、きっとこう思っただろう。会ってたった10分や15分の人間に何がわかるんだと。

別れ際に男が自己紹介をした。俺も、それに続けて自己紹介をする。そして、仲の良い友達と別れる時のようにさらりと別れを告げ、コンビニを後にした。







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