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友情

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その晩、峻希は考えた。春樹のことについて。二人が口にした、程よい距離感について。春樹は、寂しがり屋。そしてかまってちゃん。

二人は、共通して、孤独だった。他に友達がいない。だからこそ生まれてしまった、この共依存の解決策について。やはりしばらく距離を取るしかないのか。そう思ったのだった。

峻希は、携帯で春樹にメッセージを送った。

『俺ら、しばらく距離置こう』

返事はすぐに返ってきた。

『俺も今、ちょうど峻希のこと考えてた。物理的に距離取るしかないのかな』

『俺は、受験もあるし。春樹は仕事もあるし』

既読が付いたまま、会話は終わった。峻希は感じていた。春樹は多分、大切な人を大切にしすぎる性分なんだなと。真っ暗な部屋が今日は妙に心地悪かった。



春樹は、また仕事の為、登校してこない日が続いた。峻希も峻希で相変わらず、部活と予備校通いで結構忙しかった。それは、自然とそして必然的に、彼ら二人が連絡を取らないきっかけにもなった。

ぼんやりと薄明るく照らされる塔風台の駅舎。夜にも関わらず、峻希はコーヒーを買った。駅前のベンチで飲むコーヒーのほろ苦さが今日はなぜか染みた。母が迎えに来るまでの30分ほど、コーヒーを飲みながら、これからのことについてひたすら考えた。そういえば、学校から進路調査票を貰っていたのを思い出した。おそらく、学校に来ていない春樹はこの調査票のことをまだ知らないだろう。久しぶりに連絡を取ってみようと思い、峻希は携帯で進路調査票の写真を取り、それを春樹に送った。

『春樹は、進路どうする?』

いつもどおり、すぐ返事が返ってくる。

『俺は、大学には行かない。このまま、役者や俳優の仕事に本腰を入れようと思ってる。峻希は?』

正直返事に困った。峻希は、はっきり言って、自分が何に向いているのか、何がしたいのか、考えたことがなかった。興味すらなかった。予備校や学校の成績で言えば、峻希はいつもダントツトップであった。どんなに成績が悪い時でも、校内でトップ3に入る成績のよさである。正直、このまま親と同じ道、すなわち医者の道を志すというのが、自然なような気がしていた。

しばらく返事に困っていると、峻希から、一枚の写真が送られてきた。

綺麗な銀杏並木。おそらく千葉のこの辺よりもっと自然豊かな場所で撮られた写真だろう。

『今、ロケで北海道にいるんだ』

字面だけで春樹が、どんな表情でいるかなんとなく想像がつく。

春樹は、続けてまた文章を送ってくる。

『この仕事してると、普段見れない景色とか、人の姿が沢山見られるんだ。だから、俺は、大学に行かないで、この仕事を続けようと思った。峻希も、もっと自分に正直になれば。やってみたいこと本当はあるんじゃないの。』
春樹からそんな風に言われたのが、正直驚きだった。春樹は、今の仕事が嫌いなんだと思っていたからだ。人の本当の気持ちは、理解できないものだった。



それから、数日後のことだった。春樹は、突然登校してきた。おはよう。と声を掛けると、返事を返しながら、眠たそうにあくびをする春樹。

「どうしたの、眠そうじゃん」

「うん、眠い。昨日帰ったの12時前。寝たの2時。今日は、授業中も寝てるかも」

「自販機に飲み物買いに行かない?」

「いいね、行こう」

春樹が、席を立ち上がる。二人は、自販機のある二階まで行くことにした。その最中、春樹が持ちかけてくる。

「ところで峻希、進路希望結局どうするの?」

「まだ書いてないんだ。けど、このまま決まらなければ、白紙で出すか、親と同じ医学部志望で出すかな」

「峻希は、本当にそれでいいの?」

しばらく、会話に間が開く。校舎の人のざわめきが少し鬱陶しい。

春樹は、横顔を廊下の窓に向け立ち止まる。

「俺。峻希とこのまま親友で居られるなら、一緒にチャレンジしたいことがあるんだ」

「チャレンジ?」

その春樹の考えを聞いたとき、峻希は正直驚いた。心のどこかでつじつまが合うような感覚になった。



「あなたの結論は本当にこれで良いんですね?」

「はい」

作山は、丸渕メガネの淵を人差し指で押し上げながら言った。

「正直、あなたの学力なら、あなたの親御さんと同じ進路も選べますよ。それにあなたは理系クラス。理系クラスから、この道に進むのはあんまり得策ではない気がしますが」

「それでいいんです。本当にやりたいことが見つかりました。正直、医者になるより険しい道になることは、僕も想像が付きます。しかし、それでもこの夢を叶えたいんです」

「わかりました。そこまでいうのであれば、私としても、応援します。しかし、それだけで生きていくのは正直相当覚悟がいりますよ」

作山は、丸渕メガネの奥に、真剣な眼差しを持っていた。
しかし、峻希の意志は変わらぬ物だった。



その飲み屋は、いつもにぎわっていた。二人が行った、その日も、賑わいを見せていた。

「峻希、映画化決定おめでとう」

「よく言うよ、スーパースター」

「やっと二人の夢を叶えられるね」

飲み屋の喧騒を忘れるほど、この日のこの会話は美しかった。

峻希は、大学の文学部を卒業後、商社で働く傍ら、小説を書いていた。春樹は、高校卒業後、俳優、モデル、役者として活躍。今は誰もが名前を知る名優となっていた。峻希の書いた小説が新人賞を受賞し、その映画に春樹が主人公として出ることになった。

峻希の描いた小説の主人公になりたい。それが、あの日2人で交わした儚い約束だった。その約束は現実のものとなった。

今から、20年前の出来事である。
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