フレンドリーアディクション

千葉みきを

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出会い

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時計の針が7時を指す。
カーテンの隙間から、朝日が差し、雀の鳴く声が何処からともなく聞こえてくる。スマホの明かりをつける。

『新着メッセージがあります』

とスマホが告げる。まだ少し眠い。目を瞑るとまた寝てしまいそうになるので、無理やり体を起こす。部屋のドアを開けた。トーストが焼ける匂いがする。

「おはよう」

リビングには、いつも通りコーヒーを飲みながら、トーストをかじる母の姿がある。

「峻希、今日寝癖すごいわよ」

「うん」

朝から元気そうに笑う母の姿を見て、安心するのと同時に、少し鬱陶しさを覚える。峻希は、トースターに食パンを入れると、湯沸かしポットのスイッチを入れた。台所の窓から差し込む朝日がまだ眠い体には、少し鬱陶しさを覚える。

「高校楽しい?」

「授業は楽しいけど、俺友達いないし」

「授業が楽しいことは良いことじゃないかしら。友達がいないのは、もっと積極的に話しかけてみれば?」

「いや、いいよ。めんどくさい。友達なんかいらない」

「コミュニケーションを取ることも大事なことなのよ。人間は一人じゃ生きていけないんだから」

「わかってるけど、めんどくさいものはめんどくさい」

母親に無用な心配を掛けたくないし、意地を張った。俺は一人でも生きていける、一人で生き抜いて見せる。自分に言い聞かせてみるが、嘘だ。本当は、俺にも親友と呼べるような友達が欲しい。
母と会話をしているうちに、トーストが焼ける。それを皿に移すと、冷蔵庫からバターを取り出し、トーストに塗る。

「少し贅沢な悩みよね。大人になれば、忙しくて友達なんか作りたくても作れないわよ」

「母さんは職業柄仕方ないだろ。医者と患者の関係以外ないんだし。俺は欲しくないから作らないだけ」

母はコーヒーを飲みながら、苦笑いを浮かべている。峻希もコーヒーをマグカップに注ぐ。最初は、少しお湯を入れて蒸らす。少し時間をおいて、お湯を足す。そうすると、コーヒーの香りが一層増す。
そうこうしているうちに、母は席を立ち、身支度を始める。傍らで飼い猫のハルが餌を食べている。揺れている後頭部に愛らしさを覚え、思わず撫でたくなる。俺の孤独感を埋めてくれるのは、きっとハルだけだ。テーブルにトーストとコーヒーを運ぶ。

「いただきます」

誰も返事してくれる人はいないが、自然と口からこぼれてします言葉だ。コーヒーがいつもより苦く感じる。トーストのバターのしょっぱさが苦いコーヒーとよくマッチしている。朝のこの、のんびりとしたひと時にいつも少しホッとするのだった。そうこうしているうちに、母親が仕事に出かける。母は、外科の開業医で、家から徒歩3分ほどの所にあるクリニックで仕事をしている。父は幼いころに母と別れ、女手一つで育ててくれた。開業医の大変さ、医師という職業の大変さは峻希も少し調べたことがあるので知っていた。学校で進路希望調査や、授業で自分の将来について考える機会があるが、母と同じ道を選ぼうとは思わない。第一、あまり他の人間に興味がない。医者という職業は、人の人生そのものに寄り添って、病気を直していく職業だ。人に興味がない自分に医者の適正があるとは思えない。そんなことを考えながら、トーストとコーヒーを完食する。



学校までは、家から20分ほどだ。ここは千葉の田舎だ。町に一つしかない鉄道は、1本逃すと、30分はやってこない。駅のホームで電車を待っていると、横目に人影が映る。よく見ると自分と同じ高校の制服を着ている。たしか、同じクラスのバスケ部の奴だ。

駅のホームに汽車が来る。夏の暑さと汽車の熱で体が溶けそうになる。汽車に乗り込むと冷房が効いていて、少し涼しい。峻希は制服の裾で顔の汗を拭う。この時間の汽車は通学の学生で結構混みあっている。峻希はさっきスマホに通知が来ていたことを思い出し、スマホの画面を開く。相手は中学の時の部活の同級生、健人だった。健人とは、幼稚園の頃からの幼馴染でもある。友達とは思わないが、部活が同じ陸上部だったこともあり、よく話す仲ではあった。彼は、峻希と同じ短距離をやっていたが、とても足が速い奴であった。その為、後輩からよく慕われていたし、同級生の友達も多かった。連絡先を交換しているのも忘れかけていた。そんな健人から急に連絡がきたので、峻希は目を丸くして驚いた。

『久しぶり。元気にしてる?』

『元気。そっちは?』

既読はすぐにつく。彼もちょうど通学の時間なのだろう。

『元気だよ。なあ、一つ聞きたいことがあるんだが、お前のクラスに山崎春樹っていうやついない?』

クラスの奴と殆どかかわりを持たない峻希にとって、この質問は非常に難しいものだった。

『聞いたことない』

また既読はすぐにつく。

『聞いたことないって、お前同じクラスの奴の名前くらいわかるだろ』

『そいつがどうかしたの?』

『有名な芸能人だよ。よくCMとか、ドラマに出てる』

そんな目立つ奴だったら、峻希でも顔くらいは覚えているはずだった。知っている顔を頭の中で思い返してみる。が、やはりわからなかった。

『知らない』

『テレビとかあんまり見ないのか?』

『見ないし、そんな目立つ奴、いたらすぐにわかると思う』

そうか、とアニメのキャラクターのスタンプが送られてくる。
そうこうしているうちに、汽車は学校の最寄り駅に到着する。
同じ学校の制服を着た生徒たちが、ワッと、汽車から吐き出される。
空は雲一つない快晴である。汽車と地面からの熱気で、体が溶けそうになる。学校までは徒歩5分。峻希は、駅のホームに備え付けてある自販機で水を買う。110円自販機に入れて水のボタンを押すと、コロンとペットボトルが吐き出される。同じ学校の生徒たちは、2~3人で皆楽しそうに会話しながら学校に向かう。その光景は峻希には少し滑稽に思えるのだった。すこし気味悪さや気持ち悪さも感じる。友達っていったい何なのだろう。仲が良くて、話が合えば、友達なのか?甚だ疑問である。
学校までの5分間その生徒たちの群れの中をまるで自分は影であるかのように思いながら歩く。



自分の机は、一番後ろの窓際だった。グラウンドには野球部が練習している姿が見える。こんな暑い中の練習は大変だろう。峻希の学校がある辺りは夏場の最高気温が37度まで上がることがあった。
冷房の効いた教室ではあったが、窓際なので暑かった。気の利いた奴がカーテンを閉めてくれる。

「今日暑いよね」

その言葉が、自分に向けられたものであることを認識するまで、時間がかかった。見ると、小顔で男前な、いかにもテレビに出ていそうな風貌の男がカーテンを閉めながら、自分に話しかけてきた。根暗な自分とは対照的な爽やかな奴だ。

峻希は、驚いたので、咄嗟に返す言葉も見つからなく、とりあえず、

「うん、暑いよね」とだけ返した。するとその男は、

「この鞄についてるキーホルダーかわいいね。車好きなの?」ときた。峻希は、趣味がかなり少ないほうであったが、唯一、車が好きで、車のデザインのキーホルダーを鞄に付けていた。

「フェアレディ-Z32だね。俺も車好きなんだ」

峻希は、車のことで話しかけてくれる奴がいると思わず、少しうれしくなった。そして、本当に驚いた。心臓がドキドキする。

「フェアレディ-シリーズの中で、どの車が一番好き?」

「やっぱり32かな、一番デザインが奇抜だと思うし、平べったいボデイーにとがったフロントノーズ、そしてヘッドライトの形状が好き。」

「君、名前は?」

「おっと、そりゃそうだよね。あんまり登校してこないクラスメイトの名前なんか、忘れちゃうよね」

「いやごめん、俺友達とかいないから」

「俺は、山崎春樹」

さっき、健人から聞いた芸能人をしているというやつだ。峻希は目を丸くして驚いた。そんなすごい奴が、自分なの前に平然と立っているのだ。その話し方は、意外にも落ち着いていて、あまり芸能人という感じはしない。

「君は確か、山本峻希くん。ねー、しゅんきって呼んでいい?」

「いいけど、はじめて話す奴なのに下の名前で呼ぶの抵抗ないの?」

「全然抵抗ないよ。俺のことも、はるきって呼んでよ。友達になろう」

彼はさわやかな口調で、そして笑顔でそう言い放つ。峻希は訳が分からなかった。初めて会うやつから、下の名前で呼ばれることになった。そして友達になろうと告白を受けた。しかもそいつは健人が言うには芸能人であるらしい。

「君は、人気者じゃないの?俺なんかと友達になるのでいいの?」

「人気者だったら、たくさん友達いるよ。俺、仕事の関係で学校にあんまり登校できなくて友達いないんだよね」

「何の仕事してるの?」

「芸能関係かな」

春樹は少し暗い、真面目な顔をしてそう言うのだった。表情の裏には何か事情があるのだろうか。それ以上深堀するのはやめた。

「俺も車好きなんだ。だから、仲良くしてくれると嬉しい」

そういうと、春樹はチャットのQRコードをスマホの画面に出して、峻希に見せてきた。

「よかったら、交換しよう」

峻希も言われるがまま、スマホでQRの読み取り画面をスキャンした。Haruki Yamazakkiとプロフィール欄に表示される。アイコンは彼の出たドラマの彼が何かを話しているシーンのようだ。こうして連絡先を人と交換するのも何年ぶりだろうか。彼は、僕に友達になってくれといった。そもそも友達の定義って何なのだろう。峻希にはそれが理解できない。「友達になろう。」その一言で、友達という関係が成立するのだろうか。だとしたら、彼は既に峻希の友達なのだろうか。健人はどうだろうか。健人と出会ったときは、そういう臭い口約束をした覚えはない。だとしたら、奴はきっとやはり友達ではないのだろう。

そうこうしているうちに、担任の作山が、教室に入ってくる。

「はい、席に就け。ホームルーム始めるぞ」

作山は、丸渕の眼鏡をかけ、ひょろっとした体格をしている。嘘か誠か、東大出身と聞いたことがある。数学の教師である。いかにも、純文学的小説に出てきそうな、教師という風貌をした教師だった。
作山がクラスに入ってくると、さっきまで仲良く話していた生徒たちが一斉に席に着く。山崎は、峻希とは違って、前のほうの席だった。話すためには、どちらかが席を立たなくてはならない。さっきまで野球部の連中が練習をしていたグラウンドも静かになり何処か遠くから、セミの鳴く声だけがこだましていた。そのうちにチャイムが鳴る。峻希はスマホを机の下に隠し、さっきの健人とのやり取りのページを開きこう送った。

『山崎春樹ってやつ同じクラスだった』
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