門番令嬢は舞台裏で治安維持したくない

宇和マチカ

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雨のち晴れて

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「王族の血は、不可解で理不尽でね。根絶やしにならないようになっている」
「そ、そうなんですか……」

 か、過激ねミシー様ったら。私は小狡い末端貴族歴が長いものだから、流石に王家が無くなって欲しいとは思わないけど……。革命的な事は……元小市民な前世日本人としてピンと来ないのよね。

「後、普通に能力が優秀なんだよな」
「そ、そうですかしら……」

 少なくとも、キリエとジドの優秀さに目を剥いた覚え、無いけどな……。隠れた技能とかが有るのかしら。何かこう、平和的で役に立つ才能……。
 地引網引く才能とか、指圧が上手過ぎるとか……。
 だったら……漁師とマッサージ師に転職するしかないわね。

「だから、どんなに腹立つ性格でも根絶やしには出来ない。何処かで繋がらせておかないと」
「大変なんですわね……」

 あれから本当は四阿でお話しくださる筈だったんだけど、突然半端ない雨が降ってきたもんだから……。門番さんの小屋に退避して、キレイな沼薔薇壁紙のお部屋に通して頂いたの。
 そんなに濡れなくって良かったわ。

 夕暮れの四阿にてミシー様のお姿という、ゲームスチルのような光景を楽しみたかったなんて……いえ、ふざけてる場合じゃないわね。
 しかし、雨が降ってなかったら夕暮れをバックに素敵な四阿……が見えるお部屋で、目の前には癖はあるけど美青年。
 ああ、きっといいシチュエーションよねえ。此処だけ切り取ると、とっても乙女ゲームのようだわ。きっとヒロイン気分でしょうね……。

「冷えた?」
「いえ、大丈夫ですわ」

 あら、あの壁紙にはカメも……トゲトゲガメも書かれてるわ。何て軽やかで楽しそうなのかしら。躍動感溢れてるわ。動物壁紙も良いものなのね。

「トゲトゲガメもいて、楽しくて素敵な壁紙ですわね」
「まあね。良いだろ」

 壁紙を自慢する様子が、ちょっとドヤ顔で可愛らしいわね。そういや、ミシー様ってお幾つなのかしら。

「俺は君よりふたつ歳上だけど」
「ぐへっ!? く、口に出てました!?」
「お幾つなのかしらー? って出てた」

 せ、セーフセーフ! 意中……きゃっ、恥ずかしい! 良いなーと思ってる殿方に可愛らしいは禁句なのよね!? 心の距離が縮まってない女にそう言われると、一気にギューン! って気持ちが下降して嫌われるそうなのよ! 前世の乙女ゲーム記憶でも、この前買った恋愛小説『金満令嬢ギャフン』でも予習したわ!
 ギャフン嬢のように押し付けがましくなく、おしとやかを心掛けるのよ! 私は勤労淑女、ルーキアだもの!

 所で新刊出てるのかしら。何故か毎回毎回顔のいい男に騙される悲恋なのよね。最後に婚約者から財産を巻き上げるシーンは、何時でも大成功なのに。ヒメケー・プリンセスチック先生はシビアよ。……どうでもいいけど、このペンネーム……転生者疑惑有るわね。

「自分に言い聞かせる程、勤労お疲れ」
「ブフッ、また……。ええと、すみません」

 ヤバいわ。小説の事口に出てなかったかしら。

「いいよ、疲れてるんだろ。何せ門番業務の後、誘拐されて立ち回って逃げて、夜会だもんな」
「中々ない体験でしたわね……」

 ミシー様の鷹揚さが滲みるわ……。
 確かに、短期間で起こり過ぎでは無いかしら。恋愛イベント並のスケジュールよ。
 いえ、恋愛イベントでも好感度ごとに間を空けるわよね。何なのよ、あの王家絡みの事件は。

「それで、4人目の庶子の感想は? アンナ様から聞いた?」
「え、ええ。まさかあの地味でドジ……いえ、消極的で無神経、いえ……気弱で鈍臭……、いえ……優しい? ジドが」

 駄目だわ、フォローがちっとも湧いてこないわ……。
 昨日は机に積んでおいた羽ペンの箱を載せた机に蹴躓いて箱落とすわ、何故か蹴飛ばして吹っ飛ぶわで……!! トータルで羽ペンを30本も折ってたわ……。何の為の補充なのよ!! お前を羽のように吹っ飛ばしてやろうか! と怒鳴らなかった私って、本当に出来たスーパー優しい事務官よね!
 始末書はキッチリ書かせたけど!

 ああ、羽ペンの在庫がもうラスト3なのに!! 兵士長が筆圧強くてバキバキ折るから! もう自前でガチョウ飼って何とかしろ! って気にしかならないわ! 

「顔怖くする程、ジドは王家の人間らしくない?」
「え、えーと」

 い、いけないいけない。羽ペンの在庫管理と兵士長への怒りに気が散ってしまったわ。でも、正直にお答えしなきゃ。フォローは要らんぞって目をしておいでだわ。まあ、ジドに忖度した所で……アンナ様との今後のお付き合いに影響出るかしら。ええい! どうしたものよ!

「なー、な、無い、ですわね。いえ、王家の方々と個人的なお付き合いは勿論有りませんが……」
「この短期間で、庶子には結構会ってるよ」
「いえまあ、そうなんですけど」

 何かこう……致命的ではないけど、カチンと来るタイプばっかりなのよね。酷い共通点も有ったもんだわ。

「……私の思うような立派な王家の人間らしくない。それならば、ジドも当て嵌りますわね……。少なくとも、王太子殿下と比べるなんてとてもとても、ええとても。一般兵士と比べても……」
「そんなに強烈な男なのか。
 まあ、アンナ様とウチの姉に好かれてるんだから変な男だとは思ってた」
「アンナ様の伴侶として飲食店勤務にも……向かないと思いますわ」

 テーブルの砂糖壺の入れ替えすら、不可能な不器用さだものね。
 ……砂糖袋運びすら怪しいわよね。
 兵士としては中間位らしいし。……い、いい所が本当に見当たらないわ。因みにキリエも役立たず、いえ兵士としては使えない部類に入るわ。
 ……マジで……何でアイツらはモテるのかしら。謎過ぎるわ。

「生きた情報、有難う。遠慮なく食べて」
「お役に立てるかは分かりませんが……ふぉっ! まあ美味しい!」
「そりゃ良かった」

 勧められて口に入れたこのお菓子、滅茶苦茶洗練されたお味だわ。繊細なカップに入ったお茶もフルーツの薫りを纏ったお高そうなお味。
 ……傍目には本当に乙女ゲームのワンシーンよね。
 しかし、話してる内容は物騒&畏れ多いのよねえ。いえ、王家というか国王陛下が中々の屑野郎だったから、敬って良いのか微妙ラインだし……。

 もっとこう、高位貴族で志有る系なら……。溢れる義勇心で打ち震えて、のたうち回ったりするんでしょうけど。
 高位貴族からしたら、底辺男爵令嬢ルーキアだからかしら。複雑だわ。

「俺についての話は聞いた?」
「お話は無かったですわね……」

 お姉様である聖女クローニャ様からジドを奪った話はされたけど。
 そもそも聖女様って何なのかしら。

「余所は知らないけど、我が国では王家の庶子に生まれついた女に与える名誉称号みたいなもんだな」
「へえ、名誉称号……」

 ……殿方には無いのかしら。中々の差別なのね。また口から出てたのかしら。
 って、え?
 な、何て何て、ミシー様は何て!? ミシー様は、何を言われた!?

「へえっ!? ええ!?」
「王家は女が産まれ難く育ち難い……とされている。王妃は何人か産んだけど」
「へっ、ほっはっ!? せ、聖女様って、クローニャ様……ミシー様のお姉様」

 何か、何だか……。
 そんな寂しそうに笑われて……。そんなお顔をさせるなら、お聞きするつもりなんて、なかったのに。
 そんな……そんな事って……。

「最後の庶子……と言うか、生き残った庶子のひとりは、俺の異父姉クローニャ」
「異父姉……。では、ミシー様のお母様は」
「当時、父の婚約者だった伯爵令嬢ロナーナ」

 ああ、だからご自分は庶子ではないと仰られていたのね。
 まさか、ミシー様のお母様が国王陛下の被害者だったとは。
 だから、なのかしら。
 で、でも……ええと。国の重要な役割を担うティナー侯爵家という高位貴族に嫁がれたなら……お命はご無事なのかしら。生きてらしたなら良いんだけど。

「聞きにくい事ですが、庶子を産んだ女性は……お亡くなりになられていたと聞いたけど、ジドのお母様のように生きておられては……」
「いや、俺を産んだ後に亡くなってる。言い方は悪いが、ジドの母上も子爵令嬢としての立場を……。貴族社会的には殺されたようなものだから」
「うっ……ブフッ……」

 そ、そうだったわ。お命助かってラッキー! じゃ済まされないわよね。
 ……私には想像も不可能な、辛酸を舐めて来られたんだわ。偽善的に、生きてりゃいいなんて他人の私が烏滸がましかったのだわ……。
 うう、鼻水が勝手に涙よりも早く出てくる!

「ミシー様は、お母様とお姉様の仇を取られる為に動かれたのですね……。ブヘッ…」
「父上からだけどね。忘れたフリをして、細かい目眩ましを繰り返して……」
「ふぐっ、がへっ、そんな……ゴッホエン!」

 うっ、此処で鼻が詰まる!? こんなシリアスなシーンで何故なの!? 頼むから止まれ私の涙腺と……ええと、体内の水気!

「泣き方が豪快だな……。ほら、ハンカチ」
「い、いえ。手持ちのハンカチが御座いますので」

 今日私、泣きすぎではないかしら。新たなハンカチをお買い上げして良かったわ! でも、化粧はとっくにボロボロ……! ぐはっ、せめて家に真っ直ぐ帰って化粧直しをしてからお屋敷の周りを彷徨くべきだったわ!
 いえ、顔が腫れてるから、また後日……!!

「後日とか寂しい事を言うなよ」
「ぼへっ」

 うっ、鼻が鳴った!! え、今何て……!?

「み、ミシー様?」
「国王のせいで傷付いた家は、幾つもある。だけど、王家征伐なんて出来ない。だって、家族や領民が居るだろ。
 戦乱に苦しむなんて、有ってはならない」
「あ、あの……」

 ミシー様の手が、わ、私の薄汚れたハンカチを掴む手を……。
 手を、撫でられた。

「でもまあ、腹立つよね。だから、舞台裏で始末を付けた」

 …こ、怖……。
 逆光で……銀髪は煌めくわ、緑の瞳は妖しく光るわでミシー様の迫力が満点よ。
 心臓の高鳴りが止まなくなってきたわ。

「まあ、ルーキアもタダで済むとは思わない事だね。君も貴族らしく政略結婚して貰うから」
「せ、政略結婚……!? ボフッ!? な、何を」

 ズイ、と紙を押し付けられてしまった!! またこりゃいい紙ね!
 ええー、政略結婚かあ……。ミシー様の配下になれって事かなぁ。
 ……うっ、ちょっと寂しくて自動的に鼻水がまた出てきた……。

「おい、何で泣くんだよ。そんなに嫌なのか」
「うう……」

 やだ、涙で高そうな紙が滲んで……。
 ……んん?

「こここ、このお名前は……」

 高そうな紙と、眼の前の方を目線だけで行き来して……私達は、雲間から覗く夕暮れのように真っ赤になってしまったの。
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