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目隠しされた花は毒を育てている(暗いです、ご注意)
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私は、アンジー。
零落貴族の伯爵令嬢アンジーで居たかった、価値のない女。
ひとは私を『恵まれた王妃』と呼ぶけれど。
何ひとつ、夢見たことは嘘でまやかしだったの。
婚約者の彼は元々、単なる第四王子。勿論、お世継ぎではなかったの。
私は嘗ては権勢を誇るも、今は斜陽気味の伯爵家の末娘。王妃になれる高貴な血筋ではなかったわ。
比較的気楽といえば聞こえがいいけれど、放置気味だった彼との出会いは、晩秋のわが家の庭。
兄達と弟が仲良くしていたご縁で、私をお見知りおいただけ。
世間知らずの15歳の私は、金の明るい髪に麗しい緑の瞳を持つ華やかな彼の微笑みにすっかり参ってしまったの。
木枯らし冷たい風の中でも、其処だけが盛夏の太陽の様だった。
その微笑みに照らされて、私まで美しく咲き誇れそうな。穏やかに柔らかな幸せが続いていく。
そんな錯覚をしてしまった事も有ったわ。
我が家は貧乏伯爵家だから、夜会に招かれる余裕もなかった。それでも、兄弟達は彼のツテで楽しんでいたらしいわ。
……恐ろしく悍ましい羽目を、外しているとは後に知ったこと。
それも、兄弟達だけでなく……彼も。いえ、彼が、率先していたのね。親兄弟の目を盗んで、下位貴族の娘達に……恐ろしい事をしていたなんて。
何も知らず、黄色いチューリップの咲き乱れる庭で微笑んでいた私。
何食わぬ顔で私に愛を囁く彼。
仲が良いなと囃し立てる兄弟達に囲まれて。
何も知らされず、何も調べず。偽りの幸せに包まれていた私は愚かなのだわ。
彼の汚れを隠したその手を取り……私が目を覆いたくなる現実を知ったのは、結婚式から三日後。
夜会で彼に狼藉を働かれた花々が居る、それも大勢にと。
見える範囲は処分したが、身分が低かったり国外の花だったりで、既に長じてしまった子供も居る、なんて。
聞けば聞く程もう、人の所業とは思えなくて真っ暗な闇に落とされた気がしたわ。どうして誰も助言をくれなかったのか。厄介な第四王子を片付けてしまいたいから、色々思惑は有ったのでしょう。
汚らわしい。嫌だ、早くお別れしたいと泣き叫んでも、許されなくて。
彼は泣き喚く私を哀れんだ振りをして組み敷き、子を産ませた。
本当に、私はあの子達を産んだのかしら。
二人目と、三人目、四人目は女の子だった筈。
ふたりの息子達と、三人の娘。
愛しているのに、顔が思い出せないの。
余所から拐われた哀れな子供に、上書きされて……。
それから……彼の兄君が事故で亡くなられ、彼が王の地位に就いたと聞いた時。
闇に底など無いのだと知った。
王宮は、愚かな男の妃に優しくなどない。
何の高貴な教育も受けていない、名ばかりの伯爵家の娘。無理矢理養女にやられたけれど……何も無かった。学ぶことすらさせられなかった。
だから、ずっと眠っていた気がするの。
彼や、兄弟達が煩いから。私の話を聞かないのに、煩く煩く騒いでいるから。
逃げたから、罰が当たったのね。
私の子供達は……軒並み他人の子供に替わっていた。
ヘラヘラと嗤う彼らに、涙すら出なかったわ。
どうしてかしら。どうしてなのかしら。
どうして子供達を失っても、笑えるのかしら。
「ちょっと、狩りに連れて行っただけだったんだよ」
「立ち入り禁止なんて知らなくてさ……」
「大丈夫、バレやしないさ」
「ソックリなんだ。ほら……」
震えて怯える子供を抱いた覚えは有るわ。姿形は似ていたかしら?
でも、分かるの。
ソックリだと言う子供達。髪の匂いが違う。触れた肌が違う。失った私の子供達では、絶対ない。
でも、私が違うと言えば、拒めばこの子供達は死ぬの?
私の子供達ですら、大切にされなかったのに? 何処からやってきて、何処へ棄てられてしまうの?
「もう狼狽えなくていいよ、愛するアンジー。子供ならまた作れる」
私の子供達を殺した男は、王になってはいけない化け物だった。
ああ、強くなれなかった。刺し違えても、止めるべきだった。
「悲しまないで、アンジー。あの頃のように微笑んで」
差し出された黄色いチューリップを拒むことすらも出来ない私には、何もない。
臥せりがちだった体は弱々しく、社交もしてこなかったこの身には分かり会える友すら居ない。
「愛しているよ、アンジー」
「……ええ、貴方。この子達を、育てるわ」
貴方へのとっておきの毒となるように。
私にも、兄弟達にも効いてくれるような。
貴方の血を、私達の血を。すっかり綺麗に溶かしてしまうような、素晴らしい毒に。
あの子達が生きていたら、どんな顔に育っていたのかしら。
きっと、あの子達のような顔にはならない。死んだ子は……もう二度と育ってくれない。
私が目を離したせいで。夢に逃げていたせいで。血を分けた悪魔達に、殺された。
私の子供達、謝るわ。罰を受けるわ。
でも、裁きを受ける日まで私は、頑張るわ。
「母上……」
「ナッタート」
私の愛しいこどもたち。
ひとり間違えてしまったけれど。血の繋がらない可愛い子供達。
王太子ナッタートは、本当にいい子に育った。血の繋がらない私を慕ってくれて……心通う親子になってくれた。
「本当に宜しいのですか。……彼の方達は、幽閉でも」
「いいえ、溶かしてしまうわ。摘まれて踏み躙られた花々と種達の為にも」
「分かりました」
「全て悪いのは、私。私の選択よ」
気弱な次男のヨナは、私を王妃にする箔付けの為に縁付いた公爵家に逃した。
私の意向に従えないと、アンナは策を弄して出ていった。
モリーニュは侯爵家の子息を好きになって暴走してしまった。
ジュリーは国外に逃がす為に留学の準備をさせている。
気紛れで突然連れてこられた可哀想なカゼリーは、泣いているのかしら。
「アンジー、具合が悪いと聞いたぞ……。何だナッタート。夫婦の語らいから出て行……」
ああ、来てくれたのね我が子の仇。
貴方に踏み躙られた花々は、どんな散り方をしたのかしら。
踏み潰された種は、どんな悲鳴を上げたのかしら。
貴方も、もっと、苦しまないとね。
零落貴族の伯爵令嬢アンジーで居たかった、価値のない女。
ひとは私を『恵まれた王妃』と呼ぶけれど。
何ひとつ、夢見たことは嘘でまやかしだったの。
婚約者の彼は元々、単なる第四王子。勿論、お世継ぎではなかったの。
私は嘗ては権勢を誇るも、今は斜陽気味の伯爵家の末娘。王妃になれる高貴な血筋ではなかったわ。
比較的気楽といえば聞こえがいいけれど、放置気味だった彼との出会いは、晩秋のわが家の庭。
兄達と弟が仲良くしていたご縁で、私をお見知りおいただけ。
世間知らずの15歳の私は、金の明るい髪に麗しい緑の瞳を持つ華やかな彼の微笑みにすっかり参ってしまったの。
木枯らし冷たい風の中でも、其処だけが盛夏の太陽の様だった。
その微笑みに照らされて、私まで美しく咲き誇れそうな。穏やかに柔らかな幸せが続いていく。
そんな錯覚をしてしまった事も有ったわ。
我が家は貧乏伯爵家だから、夜会に招かれる余裕もなかった。それでも、兄弟達は彼のツテで楽しんでいたらしいわ。
……恐ろしく悍ましい羽目を、外しているとは後に知ったこと。
それも、兄弟達だけでなく……彼も。いえ、彼が、率先していたのね。親兄弟の目を盗んで、下位貴族の娘達に……恐ろしい事をしていたなんて。
何も知らず、黄色いチューリップの咲き乱れる庭で微笑んでいた私。
何食わぬ顔で私に愛を囁く彼。
仲が良いなと囃し立てる兄弟達に囲まれて。
何も知らされず、何も調べず。偽りの幸せに包まれていた私は愚かなのだわ。
彼の汚れを隠したその手を取り……私が目を覆いたくなる現実を知ったのは、結婚式から三日後。
夜会で彼に狼藉を働かれた花々が居る、それも大勢にと。
見える範囲は処分したが、身分が低かったり国外の花だったりで、既に長じてしまった子供も居る、なんて。
聞けば聞く程もう、人の所業とは思えなくて真っ暗な闇に落とされた気がしたわ。どうして誰も助言をくれなかったのか。厄介な第四王子を片付けてしまいたいから、色々思惑は有ったのでしょう。
汚らわしい。嫌だ、早くお別れしたいと泣き叫んでも、許されなくて。
彼は泣き喚く私を哀れんだ振りをして組み敷き、子を産ませた。
本当に、私はあの子達を産んだのかしら。
二人目と、三人目、四人目は女の子だった筈。
ふたりの息子達と、三人の娘。
愛しているのに、顔が思い出せないの。
余所から拐われた哀れな子供に、上書きされて……。
それから……彼の兄君が事故で亡くなられ、彼が王の地位に就いたと聞いた時。
闇に底など無いのだと知った。
王宮は、愚かな男の妃に優しくなどない。
何の高貴な教育も受けていない、名ばかりの伯爵家の娘。無理矢理養女にやられたけれど……何も無かった。学ぶことすらさせられなかった。
だから、ずっと眠っていた気がするの。
彼や、兄弟達が煩いから。私の話を聞かないのに、煩く煩く騒いでいるから。
逃げたから、罰が当たったのね。
私の子供達は……軒並み他人の子供に替わっていた。
ヘラヘラと嗤う彼らに、涙すら出なかったわ。
どうしてかしら。どうしてなのかしら。
どうして子供達を失っても、笑えるのかしら。
「ちょっと、狩りに連れて行っただけだったんだよ」
「立ち入り禁止なんて知らなくてさ……」
「大丈夫、バレやしないさ」
「ソックリなんだ。ほら……」
震えて怯える子供を抱いた覚えは有るわ。姿形は似ていたかしら?
でも、分かるの。
ソックリだと言う子供達。髪の匂いが違う。触れた肌が違う。失った私の子供達では、絶対ない。
でも、私が違うと言えば、拒めばこの子供達は死ぬの?
私の子供達ですら、大切にされなかったのに? 何処からやってきて、何処へ棄てられてしまうの?
「もう狼狽えなくていいよ、愛するアンジー。子供ならまた作れる」
私の子供達を殺した男は、王になってはいけない化け物だった。
ああ、強くなれなかった。刺し違えても、止めるべきだった。
「悲しまないで、アンジー。あの頃のように微笑んで」
差し出された黄色いチューリップを拒むことすらも出来ない私には、何もない。
臥せりがちだった体は弱々しく、社交もしてこなかったこの身には分かり会える友すら居ない。
「愛しているよ、アンジー」
「……ええ、貴方。この子達を、育てるわ」
貴方へのとっておきの毒となるように。
私にも、兄弟達にも効いてくれるような。
貴方の血を、私達の血を。すっかり綺麗に溶かしてしまうような、素晴らしい毒に。
あの子達が生きていたら、どんな顔に育っていたのかしら。
きっと、あの子達のような顔にはならない。死んだ子は……もう二度と育ってくれない。
私が目を離したせいで。夢に逃げていたせいで。血を分けた悪魔達に、殺された。
私の子供達、謝るわ。罰を受けるわ。
でも、裁きを受ける日まで私は、頑張るわ。
「母上……」
「ナッタート」
私の愛しいこどもたち。
ひとり間違えてしまったけれど。血の繋がらない可愛い子供達。
王太子ナッタートは、本当にいい子に育った。血の繋がらない私を慕ってくれて……心通う親子になってくれた。
「本当に宜しいのですか。……彼の方達は、幽閉でも」
「いいえ、溶かしてしまうわ。摘まれて踏み躙られた花々と種達の為にも」
「分かりました」
「全て悪いのは、私。私の選択よ」
気弱な次男のヨナは、私を王妃にする箔付けの為に縁付いた公爵家に逃した。
私の意向に従えないと、アンナは策を弄して出ていった。
モリーニュは侯爵家の子息を好きになって暴走してしまった。
ジュリーは国外に逃がす為に留学の準備をさせている。
気紛れで突然連れてこられた可哀想なカゼリーは、泣いているのかしら。
「アンジー、具合が悪いと聞いたぞ……。何だナッタート。夫婦の語らいから出て行……」
ああ、来てくれたのね我が子の仇。
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