やらかし婚約者様の引き取り先

宇和マチカ

文字の大きさ
上 下
26 / 26

岩塩鉱山の麓の池には魚が住んでいる(暗いです、ご注意)

しおりを挟む
 山々から吹きすさぶ風は、今日も冷たい。
 麓の池の側を通ると、ポチャポチャンと魚の跳ねる音がした。
 岩塩鉱山から塩が溶け出し凍りつく寸前の冷たい苛烈な環境だろうに、あの魚は生きている。
 海と繋がっていた時から取り残されたにも関わらず、餌に拘らないお陰で古代から生きていると聞いた。

「ジェイミー様、これは酷い土地ですわ……ネェ!」
「……ああ」

 王女だったリエネッダからすると、此処は荒野だろう。
 彼女のクセの強い喋り方も、大分慣れてきた。

 俺の名前はジェイミー・シュートック。
 元々は違う名前だったらしいが、考えても仕方無いし、よく知らない。
 俺の祖父が王家の出ながらも女に狂ってやらかし、父親は厳しい生活で若くして野垂れ死んだと聞く。
 そして、母親は生活苦から乳飲み子である俺を手放した。
 この地を治める領主であるシュートック家へ。

 家にはもうひとり似たような境遇の赤子がいて、俺はソイツと双子という扱いでその家の跡取り娘であるシェリーナ様に育てられた。
 もうひとりのソイツ……ジャネットはワガママで煩く、俺とは全く合わなかった。貧乏で腹を減らしてるのに声を張り上げられたもんだ。

 そして少し後、シェリーナ様は若い男を引き擦り連れて来る。本当に物理的に引き摺っていた。あの時は本当にビックリした。
 ソイツはカルバートと言う名前のナヨっちい男で、王女を僭称した女に逆上せ上がってやらかしたバカらしい。
 シェリーナ様と彼女の父親……後で聞いたが、本当の父親は亡くなられており、養女だと聞いた。
 兎に角身の程知らずにも、彼らによく歯向かっては返り討ちに遭っていたのを覚えている。

 そして、俺の片割れとして育ったジャネットは自分の境遇をよく分かっていないようだ。その後シュートックを継いだシェリーナ様とカルバートの間に生まれたシェリカにもよく当たって振り回していた。

 それでも有る意味残酷にも慈悲深きシェリーナ様は、ジャネットを見棄てず……暫くは実子と同じように育ててくださったようだ。

 俺は……10歳を少し過ぎた夏が盛り、急に王宮に連れ去られ、放り込まれ、カルバートから急に色々とシゴかれた。
 礼儀作法から始まり、文官としての心得、身の守り方、弱味の握り方……そして、領地のギリギリ死ぬか死なないか程度の運用方法を問答無用で叩き込まれた。
 お陰で、シェリカからは無駄にフラフラ居なくなり放浪癖の有る兄貴だと思われていたらしい。
 だが、シェリーナ様の実子である彼女に気後れして、あまりよくコミュニケーションを取れなかった。それは悔やまれる。

「王女リエネッダがやらかしそうだからな。お前が引き取り先に決まったよ」
「引き取り先……。シェリーナ様のように?」
「そう、愛しのシェリーナ!あれ程慈悲深くあれるのかね、ジェイミー? 無理だな。1/1000でも足掻いてみせろ。そうすれば次代とお前は返り咲ける……かもね」

 シュートックが王家と交わした約定……。
 散々聞いた。苛つく程聞いた。

 この岩塩鉱しか特産の無い不毛の地にて、厄介者共を引き受けたシュートックと、自らの血族を放り込んでさえも、厄介払いを引き受けさせて血の保存を図った王家の話。

 歴史書の気恥ずかしい美辞麗句に隠され、どんな茶番が繰り広げられたのかは、実際の所は分からない。
 権力有るものが、派手では憎まれる。
 だから貧しく有れとでも吹き込まれたのだろうか。

「どういう事よ⁉ 何で私が家を出されるの⁉ 跡継ぎなんじゃないの⁉
 どうせなら都会に出してよ! 本当使えないっ!」

 ジャネットの血筋は、嘗ては騎士団長も務めた家柄だと聞いた。
 だが、後で騎士団関係者(元)がやってくるらしい。
 振る舞いに気を付けていれば、領内での結婚が望まれたかもしれない。実際、誰にでも誠実に接するシェリカには申し出が多々有った。

 シュートックの領地は広くなく、存在が許されるのは、限られた数の住人のみ。
 ジャネットの本来の兄は、農家をしている魔術師(元)の家へ婿へ行った。
 もう、かの家の血は繋がれている。

「何なの⁉ 何故、何故!! ワタクシは知らなかったの!」

 出会った時のリエネッダの金切り声も、まあまあ酷かった。
 彼女は、友人が既婚者へ横恋慕してしまった事実を知らずに、手伝ってしまった事が明るみに出てしまったのだ。
 そして、本来の婚約者とは婚約破棄となった。
 新聞には面白おかしく婚約破棄の方がクローズアップされて滅茶苦茶に書かれていたらしい。後で知った。
 その頃張り付きでリエネッダを慰めていたから、よく見ていない。

「当主様、もう直ぐ着きます」

 懐かしくもボロい、シュートックの屋敷が見えてきた。
 父の配下から俺達の配下となったボルグハースと言う男が、御者を務めてくれている。
 彼は男爵位を持つ巨大商会の娘……やらかした娘の末裔らしい。傭兵のフリをして方々を探っているスパイのひとりだ。

「ワタクシのヘソクリでお直し出来ませんかし……ラッ」
「壊れないと直せない仕様なんだ」
「マァ」

 継いで分かった事だが、シュートックはかなりの権力を握っている。貴族中の弱味を握っているのだから当然か。
 一代限りの分家を起こす為の資産も有るのだ。貧乏を装っているだけに過ぎない。

 この家に入ると、何時も感じていたシェリーナ様の瞳を思い出す。
 彼女も俺と同じく両親は居らず、当主夫妻に育てられ、シュートックと成らされた。
 母親がやらかした方だと聞く。
 そして、やらかした夫を引き受け矯正させ、シュートックを貧乏のまま治め、実子シェリカを侯爵夫人の椅子に座らせた。
 そして、公爵家の者として余生を送る人生。
 これが何世代も続く、シュートックの歴史。

 此れからは俺は領地に残り、リエネッダが変装して王宮で働きスパイを送り込む。シェリーナ様のポジションが俺で、カルバートのポジションがリエネッダ。
……王女なのにバレないのかって?其処は、訓練させられる。
 そう、決められてしまった。

「ジェイミー様、さっきの池に大きな魚がいましたわ……ネェ?」
「アレは昔からいる、悪い不要なものを食べてくれる偉い魚だ」
「まあ、お伽噺のよう……ネェッ!」

 リエネッダはこのあばら家を見ても、物怖じしない。
 王女なら文句のひとつも出ると思ったがケタケタと笑っていた。
 思ったより肝が据わっているようだ。少し頼もしい。
 ……何日か前に、ボルグハースが地下の牢屋に繋いでいた女は罵詈雑言を絶やさなかったらしい。
 そいつは、今……。

「あの池の塩水はとても濃くて、浮力が強いと聞くけど、葉っぱひとつ浮かばない。
 何か落ちても、直ぐに沈む。水面に上がって来たことはないのよ」

 何時か幼き日に聞いたシェリーナ様の声が、今はもう誰も居ない地下の方から聞こえてきた気がした。

「ジェイミー?」
「ああ、今行く」

 俺は、シュートックとしてリエネッダと生きていく。王家の意図を、それぞれ貴族の血を守るものとして。

しおりを挟む
感想 3

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(3件)

ヤン
2024.06.03 ヤン
ネタバレ含む
宇和マチカ
2024.06.03 宇和マチカ

ヤンさん、ご感想有難う御座います!
本編との落差をお楽しみ頂けたら嬉しいです。
ジェイミーはこういう人でした。
確かに兄弟で一番育ての母に似てますね。

此方こそ素敵なご感想を有難う御座いました!

解除
ヤン
2024.06.03 ヤン
ネタバレ含む
宇和マチカ
2024.06.03 宇和マチカ

ヤンさん、再びご感想有難う御座います。
リクエストにお応え出来たかドキドキでしたが、楽しんで頂けて嬉しいです。
上の姉ジェリンは……シェリカ的に滅茶苦茶印象が薄いみたいですね。双子(仮)が濃かったので。

兄ジェイミーは、子犬系では無いですね。
シュートックの家の事情は普通に少々暗いので、お出しして良いのか悩みどころでした。ご希望でしたらお出ししてみましょうか…。
シェリカは多分、これからもシュートック家の本来業務を何も知らされないでしょうね。

解除
ヤン
2024.06.01 ヤン
ネタバレ含む
宇和マチカ
2024.06.02 宇和マチカ

ヤンさん、ご感想有難う御座います!
変わった家族ですが、お母様への厚い信頼を有難う御座います😄
血の繋がらない兄ジェイミーとジャネットのその後ですね。
ちょっと関係は変わりますが……ジェリカは兄弟だと思ってた暮らしていきますね。
ご希望に添えるかは分かりませんが、番外編を書いてみます。

解除

あなたにおすすめの小説

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。

松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。 そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。 しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

一番悪いのは誰

jun
恋愛
結婚式翌日から屋敷に帰れなかったファビオ。 ようやく帰れたのは三か月後。 愛する妻のローラにやっと会えると早る気持ちを抑えて家路を急いだ。 出迎えないローラを探そうとすると、執事が言った、 「ローラ様は先日亡くなられました」と。 何故ローラは死んだのは、帰れなかったファビオのせいなのか、それとも・・・

【完結】捨ててください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。 でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。 分かっている。 貴方は私の事を愛していない。 私は貴方の側にいるだけで良かったのに。 貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。 もういいの。 ありがとう貴方。 もう私の事は、、、 捨ててください。 続編投稿しました。 初回完結6月25日 第2回目完結7月18日

幼馴染を溺愛する旦那様の前から、消えてあげることにします

新野乃花(大舟)
恋愛
「旦那様、幼馴染だけを愛されればいいじゃありませんか。私はいらない存在らしいので、静かにいなくなってあげます」

噂の悪女が妻になりました

はくまいキャベツ
恋愛
ミラ・イヴァンチスカ。 国王の右腕と言われている宰相を父に持つ彼女は見目麗しく気品溢れる容姿とは裏腹に、父の権力を良い事に贅沢を好み、自分と同等かそれ以上の人間としか付き合わないプライドの塊の様な女だという。 その名前は国中に知れ渡っており、田舎の貧乏貴族ローガン・ウィリアムズの耳にも届いていた。そんな彼に一通の手紙が届く。その手紙にはあの噂の悪女、ミラ・イヴァンチスカとの婚姻を勧める内容が書かれていた。

【完結】悪役令嬢だったみたいなので婚約から回避してみた

アリエール
恋愛
春風に彩られた王国で、名門貴族ロゼリア家の娘ナタリアは、ある日見た悪夢によって人生が一変する。夢の中、彼女は「悪役令嬢」として婚約を破棄され、王国から追放される未来を目撃する。それを避けるため、彼女は最愛の王太子アレクサンダーから距離を置き、自らを守ろうとするが、彼の深い愛と執着が彼女の運命を変えていく。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。