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悪役は中々去らず
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酷い。
酷い酷い。
憎い。
目の前が真っ赤で、真っ暗。
噛み締めた時に切ったのか、生々しい血の味がする……。
「ドロシーイイイイイ!!」
階段下では、あのケダモノが騎士達に引き立てられていく……。
あの、同じ血を分けたロベルト様へと短剣を投げた、愚か者が……。
ああ、暗い。
何処かしら。
棄てられたモノは、お返ししなくてはいけませんわ。
あのおかしな考えの詰まった脳天に……。
「ドレニス嬢」
「暗くてよく見えないわ……。短剣は何処。
何処なのですか。
ロベルト様、お待ち下さい。必ずしも仇を……」
待っていてくださいませ、ロベルト様。
女の細腕なれど、きっと敵を取ってみせますわ。
貴方とは、ほんの少ししかご一緒出来ませんでしたけれど……。
跡取り教育で苦しい時、あの路地で聴いた歌を。
人生を変えてくれた方に出会えて、本当に幸せでしたわ。
「ドレニス」
「……え」
……え? 空耳?
そうよね、ロベルト様は、胸を貫かれて……貫かれて?
貫かれてはないわね。
あの短剣、本当に刺さっていた?
「いいか、落ち着け……」
いいいい、生きてらしたわ! 叫ぼうとする私の唇をへに、そっと手を添えられて阻止されてしまったわ……。
う、嘘そそそそ!? 落ち着く前に息が止まりそうだわ!
「い、いき……」
「騒ぎが収まるまで、そのまま……」
「は、はひ……」
駄目だわ、今になって緊張が解けて……! 座っているのに、膝が笑うのよ。
しっかりしないといけないのに、涙が……。
ああ、良かったわ。本当に良かった。涙で潤んで前が見えないわ。
「良かった、刺さってませんでしたね……」
「あんな重そうなの、投げたって届かねーよ」
コソコソと話し掛けると、コソコソっと返してくださったわ。ああ、お顔とお腹は血塗れだけれど生きてらっしゃる。命が助かって本当に……! 侯爵が非力なノーコンで良かったわあああ!
「ドロシいいいいいー!!」
「煩い……!」
いや、煩いわね! 人が感動してる中小汚い声でワーワーと!! とっとと早く速やかに! あの犯罪者の輩を連れて行って欲しいわ!
しかし、ロベルト様のお腹に溜まる血は本当に大丈夫なのかしら。蝋燭の灯りでもドロドロして実に滅茶苦茶赤いわ。
「血糊って知ってるか」
「お芝居に使うものですのね……?」
「小さい袋に入れておいて、破くと派手に血に塗れたように染まる。
アンタの服もへばりつくとも染まるぞ。家を汚して悪かった」
「そんな事は良いのです! ご無事なら汚れようとなんだろうと!」
やっと行った。捕まえるのに序列がどうの煩いのよ! 派閥が絡むからって派閥ごとに警備騎士を寄越さなくてもいいのに!
やっとあの侯爵を騎士達が連れて行くと、ロベルト様が上半身を起こされたわ。
「それに、絨毯も壊れた鍵も、マーシャル家に請求致しますのでお気になさらず。
それよりも、お怪我をされているのに無茶ですわ……」
「頑丈なんだ。それよりも、本当にドレニス……嬢」
「な、何でしょう」
よ、呼び捨てで宜しかったのに!
我に返られてしまったわ。
「中々の役者だな。
母親をあそこまで真似られるとか……仲が良いんだな」
「ま、まあ……。何だかんだ一緒に長らくおりますので」
い、嫌だわ。
照れ臭いじゃありませんか。
……文句は多々有りますけれど、確かに私は家族が好きなのでしょう。
お父様とお母様を別荘に閉じ込めてしまったこと、謝らなければ。
でも、その前にロベルト様にお伝え出来るかしら。
彼が倒れた時に生まれた闇と、目を開けた時に感じた光が宿ったこの、胸の内を。
「あの、ロベルト様」
「まー! まーまーまー! ドレニスちゃんったら!」
「……お母様」
お母様が分厚い眼鏡(昔、コゼット嬢のお持ちの物と似てるのを買ったらしいわ)を外しながら、階段を上がってきたわ。染めたくすんだ赤毛と別人みたいなメイクだけれど、喋ると違うわよね。
「ヤヤッカラのトニーちゃんと上手くいってないと思ったら、こんな所で育んでいたのね!」
「ちょ、お母様!」
「いや、あの」
要らない所で入ってくるから、ロベルト様が離れたじゃないのよおおお! 良いところだったのにいい!
「……ドロシー、甲高い声を上げるでない。夜中だぞ」
「分かってますけど、色々嬉しくってー! お義父様もアリガトーございまーす!」
「まあ、な……。昔の事もあるからな」
お祖父様も色々と、マーシャル侯爵に揉み消されないように派閥ごとの警備騎士を手配為さったりされたものね。
「兎に角、今日は休みなさい。全ては明日だ。起きたら全ては変わるだろう。」
鳥の鳴き声が聞こえる。
もうすぐ朝なのね。
酷い酷い。
憎い。
目の前が真っ赤で、真っ暗。
噛み締めた時に切ったのか、生々しい血の味がする……。
「ドロシーイイイイイ!!」
階段下では、あのケダモノが騎士達に引き立てられていく……。
あの、同じ血を分けたロベルト様へと短剣を投げた、愚か者が……。
ああ、暗い。
何処かしら。
棄てられたモノは、お返ししなくてはいけませんわ。
あのおかしな考えの詰まった脳天に……。
「ドレニス嬢」
「暗くてよく見えないわ……。短剣は何処。
何処なのですか。
ロベルト様、お待ち下さい。必ずしも仇を……」
待っていてくださいませ、ロベルト様。
女の細腕なれど、きっと敵を取ってみせますわ。
貴方とは、ほんの少ししかご一緒出来ませんでしたけれど……。
跡取り教育で苦しい時、あの路地で聴いた歌を。
人生を変えてくれた方に出会えて、本当に幸せでしたわ。
「ドレニス」
「……え」
……え? 空耳?
そうよね、ロベルト様は、胸を貫かれて……貫かれて?
貫かれてはないわね。
あの短剣、本当に刺さっていた?
「いいか、落ち着け……」
いいいい、生きてらしたわ! 叫ぼうとする私の唇をへに、そっと手を添えられて阻止されてしまったわ……。
う、嘘そそそそ!? 落ち着く前に息が止まりそうだわ!
「い、いき……」
「騒ぎが収まるまで、そのまま……」
「は、はひ……」
駄目だわ、今になって緊張が解けて……! 座っているのに、膝が笑うのよ。
しっかりしないといけないのに、涙が……。
ああ、良かったわ。本当に良かった。涙で潤んで前が見えないわ。
「良かった、刺さってませんでしたね……」
「あんな重そうなの、投げたって届かねーよ」
コソコソと話し掛けると、コソコソっと返してくださったわ。ああ、お顔とお腹は血塗れだけれど生きてらっしゃる。命が助かって本当に……! 侯爵が非力なノーコンで良かったわあああ!
「ドロシいいいいいー!!」
「煩い……!」
いや、煩いわね! 人が感動してる中小汚い声でワーワーと!! とっとと早く速やかに! あの犯罪者の輩を連れて行って欲しいわ!
しかし、ロベルト様のお腹に溜まる血は本当に大丈夫なのかしら。蝋燭の灯りでもドロドロして実に滅茶苦茶赤いわ。
「血糊って知ってるか」
「お芝居に使うものですのね……?」
「小さい袋に入れておいて、破くと派手に血に塗れたように染まる。
アンタの服もへばりつくとも染まるぞ。家を汚して悪かった」
「そんな事は良いのです! ご無事なら汚れようとなんだろうと!」
やっと行った。捕まえるのに序列がどうの煩いのよ! 派閥が絡むからって派閥ごとに警備騎士を寄越さなくてもいいのに!
やっとあの侯爵を騎士達が連れて行くと、ロベルト様が上半身を起こされたわ。
「それに、絨毯も壊れた鍵も、マーシャル家に請求致しますのでお気になさらず。
それよりも、お怪我をされているのに無茶ですわ……」
「頑丈なんだ。それよりも、本当にドレニス……嬢」
「な、何でしょう」
よ、呼び捨てで宜しかったのに!
我に返られてしまったわ。
「中々の役者だな。
母親をあそこまで真似られるとか……仲が良いんだな」
「ま、まあ……。何だかんだ一緒に長らくおりますので」
い、嫌だわ。
照れ臭いじゃありませんか。
……文句は多々有りますけれど、確かに私は家族が好きなのでしょう。
お父様とお母様を別荘に閉じ込めてしまったこと、謝らなければ。
でも、その前にロベルト様にお伝え出来るかしら。
彼が倒れた時に生まれた闇と、目を開けた時に感じた光が宿ったこの、胸の内を。
「あの、ロベルト様」
「まー! まーまーまー! ドレニスちゃんったら!」
「……お母様」
お母様が分厚い眼鏡(昔、コゼット嬢のお持ちの物と似てるのを買ったらしいわ)を外しながら、階段を上がってきたわ。染めたくすんだ赤毛と別人みたいなメイクだけれど、喋ると違うわよね。
「ヤヤッカラのトニーちゃんと上手くいってないと思ったら、こんな所で育んでいたのね!」
「ちょ、お母様!」
「いや、あの」
要らない所で入ってくるから、ロベルト様が離れたじゃないのよおおお! 良いところだったのにいい!
「……ドロシー、甲高い声を上げるでない。夜中だぞ」
「分かってますけど、色々嬉しくってー! お義父様もアリガトーございまーす!」
「まあ、な……。昔の事もあるからな」
お祖父様も色々と、マーシャル侯爵に揉み消されないように派閥ごとの警備騎士を手配為さったりされたものね。
「兎に角、今日は休みなさい。全ては明日だ。起きたら全ては変わるだろう。」
鳥の鳴き声が聞こえる。
もうすぐ朝なのね。
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登場人物紹介です。ドレニス・ナタ−母親似でお芝居好きな敏腕伯爵令嬢。推し俳優はボロッサム。最近大衆演劇のせいかガラが悪い。ボロッサム(ロベルト)−ドレニスの推し俳優。実年齢より老けている?トミー・ヤヤッカラ−ドレニスの今にも別れたい婚約者。信心深い。ヤヤッカラ伯爵−婚約者の父親。取り留めがない。ドレニスの父親−乗馬を愛するサボり魔。脳筋気味だが人好きされる性格。ドレニスの母親−幼い令嬢のようなフワフワした美女。甞て王都を揺るがす婚約破棄をやってのけた。ドレニスの祖父(父方)−甞てはスパルタだが、今はそうでもない。有能だが、おっちょこちょい。マーシャル侯爵−甞て、ドレニスの母親に婚約破棄されたにも関わらず許してくれた良い人らしい。
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