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振り返らば幕が上がる
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貴族のタウンハウスの外観は、王都の景観保護の為に大体同じ造り。
屋内の間取りは違っても、玄関、使用人出入り口はそう変わらない。
だから、防犯に気を遣わなければならないのだ。
「こんなチャチな鍵で……。ドロシーを守れるのか? 全く、非常識な。早く安全な所へ連れ出さなければ」
大型の工具で鍵を壊した侵入者は、抜け抜けとそう吐き捨てた。不要になった金属片を踏み潰し、彼は静かな邸内へと突き進む。
彼の頭の中には、若かりし頃の輝かしい妄想で溢れていた。
彼の傍らには、大人しく躾けたドロシーが常に寄り添っていて、彼を讃えてくれる。
後ろには、ソックリなその娘。小娘だから、ドロシーよりは楽に躾けられるだろう。年増になったドロシーには、荷が重かろうから娘との間に子を設けてもいい。厳重に可愛がってやろうと、彼は嗤った。
カタン、と窓が鳴る。
「誰だ!」
他人の家に無理矢理侵入した男……マーシャル侯爵は、叫んだ。
廊下の奥に、誰かがいる。メイドだろうか。
一捻りしてやればいいか、と腕に覚えの有る彼は無遠慮に歩を進める。
「……!?」
鮮やかな赤い髪ほマーシャル侯爵家に多い髪の色……。
そして、その顔には、時代遅れの分厚いレンズが付いた眼鏡が瞳を消している……。
「嫌いだわ」
「お前は……」
時代にそぐわない、みっともないドレス。慎ましやかとは縁遠い、生意気な化粧で装った恥さらしな姿。
「金の目がみっともないと、家族に強要された眼鏡がとても嫌い」
胸に飾られた個性的なブローチは、マーシャル侯爵家の家紋。
幼い頃に垣間見た、その輪郭……。
「……おば、うえ……?」
「……みっともなくも下劣なものは、何も出来ない口先。女を殴るその品格」
「嘘だ、お前は……」
歌うように、その女は告げる。
まるで、家内の事を見てきたかのように。
「私が消えて、侯爵家は火の車? 取引していた店から見放された? 私の代わりに、母親と妻を憂さ晴らしに使っている?」
「し、知った風な口を利くな。女の癖に商会と取引など身の程知らずめ!」
「お父様は私を棄てて、残ったお前と争ったかしら。無能同士、殺し合い……」
「止めろ……。知らない癖に……! お前は、果ての砂漠に棄てられた筈だろう!」
ニイ、と真っ赤な唇を歪ませて女は嘲笑う。
「御生憎様。愚鈍なお兄様の可愛い出来損ないちゃん」
そう言い残すと、すうっと消えた。
まるで、何も居なかったかのように廊下は静まり返っている……。
「嘘だ。叔母上が生きている筈がない。アレは自業自得なんだ。父上の、邪魔をするから」
その時、衣擦れの音が聞こえた。
叔母だろうか。
マーシャル侯爵は、音の鳴る方へとフラフラと近寄っていった。
其処には……。
「ドロシー!」
階段上には、申し訳程度の燭台が置いてあり、其処に居たのは胡桃色の柔らかな巻き毛を大きな朱色のリボンで纏め、フワフワした淡い桃色のデイドレスを纏った若い娘。
在りし日の、美しいままの想い人が2階の階段傍から、此方を迷惑そうに眺めていた。
「ドロシー、迎えに来たぞ!」
「此処、あたしのオウチなんですけどー。不法侵入ですかー? 夜中に犯罪ですよー」
眠いのか、苛ついた声が、吹き抜けに反響する。
「照れていないでいいから、来い! 今度こそ、あの小僧を出し抜いてやる! お前が私の運命の女だ!」
「嬉しくもなんともないんですけどー」
階段を上がろうとするも、何故か足が動かない。
まるで絨毯に何かで足を貼り付けたかのようにこびりついている。
「嫌だ嫁ぎたくない、って言いましたよねー? 犯罪に走るんですかー?
流石、血縁者でも気軽に始末するような家ですね」
「ドロシー? 何か誤解があるようだ」
何時もと少し違う。
だが、ドロシーそのものの
「何が望みだ? 愛するドロシー」
「あたし、愛してませんよ。
欲しいものは勿論、貴方ではない愛する方からの、愛ですよー」
ニコリと微笑む『ドロシー』は、何時ものように可愛らしいのだった。
18年間避けられてきた事実は、侯爵の頭からスッポリと抜け去るような、可憐で魅力的な微笑み。
彼は気付かない。
何時だって主役だと自負してきた、後ろに横に。抑えつけられている誰かが居ることを。
光の中を歩いてきたとの思い込みで、闇に潜むものが見えていない事を。
屋内の間取りは違っても、玄関、使用人出入り口はそう変わらない。
だから、防犯に気を遣わなければならないのだ。
「こんなチャチな鍵で……。ドロシーを守れるのか? 全く、非常識な。早く安全な所へ連れ出さなければ」
大型の工具で鍵を壊した侵入者は、抜け抜けとそう吐き捨てた。不要になった金属片を踏み潰し、彼は静かな邸内へと突き進む。
彼の頭の中には、若かりし頃の輝かしい妄想で溢れていた。
彼の傍らには、大人しく躾けたドロシーが常に寄り添っていて、彼を讃えてくれる。
後ろには、ソックリなその娘。小娘だから、ドロシーよりは楽に躾けられるだろう。年増になったドロシーには、荷が重かろうから娘との間に子を設けてもいい。厳重に可愛がってやろうと、彼は嗤った。
カタン、と窓が鳴る。
「誰だ!」
他人の家に無理矢理侵入した男……マーシャル侯爵は、叫んだ。
廊下の奥に、誰かがいる。メイドだろうか。
一捻りしてやればいいか、と腕に覚えの有る彼は無遠慮に歩を進める。
「……!?」
鮮やかな赤い髪ほマーシャル侯爵家に多い髪の色……。
そして、その顔には、時代遅れの分厚いレンズが付いた眼鏡が瞳を消している……。
「嫌いだわ」
「お前は……」
時代にそぐわない、みっともないドレス。慎ましやかとは縁遠い、生意気な化粧で装った恥さらしな姿。
「金の目がみっともないと、家族に強要された眼鏡がとても嫌い」
胸に飾られた個性的なブローチは、マーシャル侯爵家の家紋。
幼い頃に垣間見た、その輪郭……。
「……おば、うえ……?」
「……みっともなくも下劣なものは、何も出来ない口先。女を殴るその品格」
「嘘だ、お前は……」
歌うように、その女は告げる。
まるで、家内の事を見てきたかのように。
「私が消えて、侯爵家は火の車? 取引していた店から見放された? 私の代わりに、母親と妻を憂さ晴らしに使っている?」
「し、知った風な口を利くな。女の癖に商会と取引など身の程知らずめ!」
「お父様は私を棄てて、残ったお前と争ったかしら。無能同士、殺し合い……」
「止めろ……。知らない癖に……! お前は、果ての砂漠に棄てられた筈だろう!」
ニイ、と真っ赤な唇を歪ませて女は嘲笑う。
「御生憎様。愚鈍なお兄様の可愛い出来損ないちゃん」
そう言い残すと、すうっと消えた。
まるで、何も居なかったかのように廊下は静まり返っている……。
「嘘だ。叔母上が生きている筈がない。アレは自業自得なんだ。父上の、邪魔をするから」
その時、衣擦れの音が聞こえた。
叔母だろうか。
マーシャル侯爵は、音の鳴る方へとフラフラと近寄っていった。
其処には……。
「ドロシー!」
階段上には、申し訳程度の燭台が置いてあり、其処に居たのは胡桃色の柔らかな巻き毛を大きな朱色のリボンで纏め、フワフワした淡い桃色のデイドレスを纏った若い娘。
在りし日の、美しいままの想い人が2階の階段傍から、此方を迷惑そうに眺めていた。
「ドロシー、迎えに来たぞ!」
「此処、あたしのオウチなんですけどー。不法侵入ですかー? 夜中に犯罪ですよー」
眠いのか、苛ついた声が、吹き抜けに反響する。
「照れていないでいいから、来い! 今度こそ、あの小僧を出し抜いてやる! お前が私の運命の女だ!」
「嬉しくもなんともないんですけどー」
階段を上がろうとするも、何故か足が動かない。
まるで絨毯に何かで足を貼り付けたかのようにこびりついている。
「嫌だ嫁ぎたくない、って言いましたよねー? 犯罪に走るんですかー?
流石、血縁者でも気軽に始末するような家ですね」
「ドロシー? 何か誤解があるようだ」
何時もと少し違う。
だが、ドロシーそのものの
「何が望みだ? 愛するドロシー」
「あたし、愛してませんよ。
欲しいものは勿論、貴方ではない愛する方からの、愛ですよー」
ニコリと微笑む『ドロシー』は、何時ものように可愛らしいのだった。
18年間避けられてきた事実は、侯爵の頭からスッポリと抜け去るような、可憐で魅力的な微笑み。
彼は気付かない。
何時だって主役だと自負してきた、後ろに横に。抑えつけられている誰かが居ることを。
光の中を歩いてきたとの思い込みで、闇に潜むものが見えていない事を。
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登場人物紹介です。ドレニス・ナタ−母親似でお芝居好きな敏腕伯爵令嬢。推し俳優はボロッサム。最近大衆演劇のせいかガラが悪い。ボロッサム(ロベルト)−ドレニスの推し俳優。実年齢より老けている?トミー・ヤヤッカラ−ドレニスの今にも別れたい婚約者。信心深い。ヤヤッカラ伯爵−婚約者の父親。取り留めがない。ドレニスの父親−乗馬を愛するサボり魔。脳筋気味だが人好きされる性格。ドレニスの母親−幼い令嬢のようなフワフワした美女。甞て王都を揺るがす婚約破棄をやってのけた。ドレニスの祖父(父方)−甞てはスパルタだが、今はそうでもない。有能だが、おっちょこちょい。マーシャル侯爵−甞て、ドレニスの母親に婚約破棄されたにも関わらず許してくれた良い人らしい。
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