貴方とはお好みが合致しないようなので

宇和マチカ

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夜の帳が下りる前に

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「でも、ママ未だにストーカーされちゃってるし……。
 もしかしたら、王都に来たのバレて、侯爵がおうちに押しかけてきちゃうかも」
「なっ……」

 い、未だに!?
 お母様がお父様と結婚されて、私が生まれて、18年経っているのに!? 自分も結婚したのに!?
 執拗過ぎるわ……。悍ましくてゾッとする……。
 其処まで執着する魅力がお母様に……? 確かに思っていたより聡明だけれど……聡明なのは駄目なのよね?
 顔がタイプって言ったって、流石に老けているし……。
 当時の都合の良い妄想に取り憑かれているのかしら。

「この頃お手紙が更に過激なの」
「け、警備騎士に……! 奥方様……!」
「やだ、赤クマちゃんったら! 
 おばさんねえ、勿論初日に被害を届けたのよ! バカだけど、若かったしか弱いし怖いもん。
 でも、アイツ高位貴族の圧力で、ストーカー被害揉み消しされちゃったの」
「お、お母様ってちゃんとされてましたのね」
「ドレニスちゃん、酷ーい」

 ロベルト様が憤慨してくださっている……。
 ……取り返しの付かない性根が腐ったタイプ、という方なのね……。お祖父様もワナワナと震えてらっしゃるわ……。

「娘ごと躾直してやるとか言われて、本当にプンプンなの!」
「えっ、私も!?」
「あんの小童……!」
「極悪な犯罪者じゃないですか……!」

 どうなってるの、侯爵の倫理観……。
 幼い頃に見かけた時の似非紳士面に憧れてしまった過去を、丸ごと消したいわ!

「だが、ドロシーの発言だけでは……。ヤツからの手紙は残してあるか?」
「本邸のあたしのお部屋にありまーす! お人形のお服に隠してあるの! 流石に、泥棒はお人形のお服を漁らないでしょ?」
「そ、そんな理由が……。確かにあのお母様の手作り服はボロ……触り辛いですものね!」

 通りで、何時まで経っても上達しない、糸屑と毛玉だらけの手作り服ばかり着せて、既成服を着せない筈だわ! せめて買った物を着せなさいよボロっちいわ! と常々思って言ってもいたけれど! そんな理由が!

「酷ーい! メルへちゃん人形のお服作るの、ママの趣味なんだもん! でも、好きに作りたいから人に習うのやなんだもの!」

 ……感動を返して欲しいわね。

「取りに行かせるにしても、3日は掛かるな……。ロベルト、そなたはコゼット嬢が、マーシャルにされた事を聞いていないのか」
「あ、有ります……」
「それも、書き出させる。口述筆記者を呼べ」
「はい、大旦那様!」

 じいが、すすっと音もなく出て行ってしまったわ。
 王都だと何でも直ぐ手配出来てスピーディね。
 でも、人手も物も沢山集まって便利だと言うことは、リスクも高いということ。

 確かにウチは屈強な従僕が居るけれど、本職の騎士や裏稼業じゃないのよ。
 何とかして初回の襲撃は防げても、マーシャル侯爵家の精鋭を次々と送り込まれたら?
 でっち上げも得意みたいだし……。

「それでねえ、ドレニスちゃん」
「何ですか、お母様」
「赤クマちゃん、お芝居屋さんでしょう? お化粧とお歌はお得意?」
「お、芝居……は、はあ……。祖母から習いました」
「ロベルト様のお歌は王都一なんですのよ、お母様」
「……それ、程では……」

 照れたご尊顔にウットリ見惚れる暇が欲しいわね……。
 お母様は何を仰りたいのかしら。
 お祖父様も嫌そうなお顔で見てらっしゃるわ。でも、負い目が有るから何も仰らないわね。

「お母様、何か妙案が?」
「どうせ、侯爵は来るんでしょ……? ひと芝居喰らわせてやりたくて」

 お母様がぬいぐるみ付きの派手な手提げから出してきたのは、地味な小さい冊子。は、細かい字でびっしりと埋め尽くされている、みたい……。
 古い紙で、かなり昔から書き込んでいるようね。

「あーゆータイプは、劇的に追い詰めてギタギタにしないといけないって、ママ、学んだの」

 こんなに憎しみの籠もったお母様の笑顔は、初めて見たわ……。

「役人を茶に招こう。内密にな……」

 お祖父様の、鋭い目も久々ね……。でも、ロベルト様を巻き込むのは無理よ。お母様も手伝えだなんて無茶苦茶だわ。メイクの助言位で留めてもらわないと。

「……あの、ロベルト様。お怪我が有りますからそろそろお部屋で大人しく」
「オレにも手伝わせてくれ」
「だけれど……」
「頼む。祖母の……無念を晴らしたい」

 金色の瞳が、私を射抜く。初めは路地裏で、劇場で数多見た強い光。
 抗えない、美しい暁光……。

「お体が少しでもご無理になられたら、身を隠してくださいませ」
「恩に着る」

 お母様の復讐が、コゼット様の無念が……晴れると良いのだけれど。
 こうして、王都のナタ伯爵家のタウンハウスには、不届き者が闇を纏って侵入する夜が訪れる。
 本当に来る事無いでしょうが! 何で来るのよ!
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登場人物紹介です。ドレニス・ナタ−母親似でお芝居好きな敏腕伯爵令嬢。推し俳優はボロッサム。最近大衆演劇のせいかガラが悪い。ボロッサム(ロベルト)−ドレニスの推し俳優。実年齢より老けている?トミー・ヤヤッカラ−ドレニスの今にも別れたい婚約者。信心深い。ヤヤッカラ伯爵−婚約者の父親。取り留めがない。ドレニスの父親−乗馬を愛するサボり魔。脳筋気味だが人好きされる性格。ドレニスの母親−幼い令嬢のようなフワフワした美女。甞て王都を揺るがす婚約破棄をやってのけた。ドレニスの祖父(父方)−甞てはスパルタだが、今はそうでもない。有能だが、おっちょこちょい。マーシャル侯爵−甞て、ドレニスの母親に婚約破棄されたにも関わらず許してくれた良い人らしい。
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