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ある男の呟き
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何が女神の暁光だ。小賢しい浅知恵もくだらない芸術など、どうでもいい。
そんな戯言で小銭を稼ぐなど、愚の骨頂。
叔母のような女が賢しげにのさばるから、この国は軟弱になるのだ。
父上のように手段を問わず、時には血に手を染め、君臨してこそ高貴なる貴族。
叔母のような女は有害だ。
母のように、薄笑いを浮かべる馬鹿で、抵抗すら不可能な迄に大人しく有ればいい……。
優秀な嫡男の私が、優秀な父の跡を継ぐ前。
私は美しくも愚かな、生涯傍に置いてやるべき女を見つけた。
「……ドロシー」
「え~、アナタ、誰ぇ?」
身分も頭も足りない、胡桃色の髪に澄んだ空色の瞳を持つ美しい女。ほっそりした体も、伸びやかな手足も、滑らかな項も……ひと目みて、体が震えた。
アレは、私の女だと。
劇場や公園で愚かしい男漁りを繰り返していたようだが、私が見つけてやったのだ。
即刻、骨の髄迄、私のものにしてやらねばならない。
だが、父上が言っていた。
女は、確実にモノにするには手間をかけるものだと。
散々ご苦労なさった、父上のご助言だ。
ニコヤカに微笑みかけてやれば、ドロシーとて直ぐに私に振り向くだろう。
「あたしぃ、バカだけど弁えてるんで~」
最高級の素材をふんだんに使った美しいドレスだぞ。何故受け取らない。何故、腕を手伸ばさない。
お前の家では見る事も出来ない代物だぞ!
「着させてくれるお手伝いもいないし、置き場所もないんで~」
だから、我が家に嫁げばそんなもの幾らでも……。
屋敷を誂えろという事か?
「わ~、婚約とかマジです? 一族郎党脅してくるとか、有り得ね~ですわ~。何であたしが惚れてる事になってんの?」
ニコリともしなかった顔が、唇だけ引き攣る。
「目上の人間が通りかかるとやらざるを得ない、愛想笑いって知ってます?」
その夜、捕らえようとしたドロシーは……別の男の手に堕ちた。
私とは違う人種の脳筋、ナタ伯爵家の小僧に隙を突かれて、馬で連れ去られた。
「……お前のせいで、マーシャル侯爵家の名はガタ落ちだ。あの阿婆擦れのせいだと噂を流した所で、焼け石に水だ……」
「父上……」
「もうお前には期待せん。無能め……。
お前の母が出来損ないだったせいで、子も出来ん。
こんな事なら、コゼットを生かしておけば良かった」
「お、叔母上は関係ないでしょう!」
「小娘にしてやられる間抜けなお前より、マシな男を産んだかもしれんだろうが!」
……無意識に涙が出そうな、有り難い酷い侮辱だ。
「ヤヤッカラも気に入らぬ……。あやつがコゼットを押さえ込んでいれば……。逃げられた分際で偉そうに」
「父上……」
「いいか、お前の嫁は儂が選ぶ! 必ずマトモなマーシャルの男を作れ! お前のような愚図……」
私が、女に、叔母に負けているだと?
「叔母に負けたのはアンタだろう」
「何」
「言われた事しか出来ない、無能の父上……。城では有名ですよ。『妹に負けた男』」
「黙れ、無能! ぎゃあああ!」
アレから、父の声は聞こえない。
その筈なのに……。
「止めて……もう、止めて、旦那様……」
「ドロシー、ドロシー……。ドロシーでないお前が悪い」
妻を甚振る? 躾をして何が悪い?
叔母のように女が賢しげにしているから、悪いんだ。お前がドロシーでないから、私を苛立たせるから……!
「……アンタ、誰殴ってるんだ! おい、警備騎士は……」
私から、妻を庇ったのは薄汚い、裏路地の男……。
旅芸人か。
「……!」
何故、金色の目を持っている?
アイツのせいか……?
「おい、ボロッサム……。貴族だぞ、ソイツ!」
「だからって、女性と子供が……」
「こ、侯爵閣下!?」
……少しばかり、甚振っても構わないな?
マーシャルの血を引くとも分からない、単なる庶民だものな?
引いていたら……。
そんな戯言で小銭を稼ぐなど、愚の骨頂。
叔母のような女が賢しげにのさばるから、この国は軟弱になるのだ。
父上のように手段を問わず、時には血に手を染め、君臨してこそ高貴なる貴族。
叔母のような女は有害だ。
母のように、薄笑いを浮かべる馬鹿で、抵抗すら不可能な迄に大人しく有ればいい……。
優秀な嫡男の私が、優秀な父の跡を継ぐ前。
私は美しくも愚かな、生涯傍に置いてやるべき女を見つけた。
「……ドロシー」
「え~、アナタ、誰ぇ?」
身分も頭も足りない、胡桃色の髪に澄んだ空色の瞳を持つ美しい女。ほっそりした体も、伸びやかな手足も、滑らかな項も……ひと目みて、体が震えた。
アレは、私の女だと。
劇場や公園で愚かしい男漁りを繰り返していたようだが、私が見つけてやったのだ。
即刻、骨の髄迄、私のものにしてやらねばならない。
だが、父上が言っていた。
女は、確実にモノにするには手間をかけるものだと。
散々ご苦労なさった、父上のご助言だ。
ニコヤカに微笑みかけてやれば、ドロシーとて直ぐに私に振り向くだろう。
「あたしぃ、バカだけど弁えてるんで~」
最高級の素材をふんだんに使った美しいドレスだぞ。何故受け取らない。何故、腕を手伸ばさない。
お前の家では見る事も出来ない代物だぞ!
「着させてくれるお手伝いもいないし、置き場所もないんで~」
だから、我が家に嫁げばそんなもの幾らでも……。
屋敷を誂えろという事か?
「わ~、婚約とかマジです? 一族郎党脅してくるとか、有り得ね~ですわ~。何であたしが惚れてる事になってんの?」
ニコリともしなかった顔が、唇だけ引き攣る。
「目上の人間が通りかかるとやらざるを得ない、愛想笑いって知ってます?」
その夜、捕らえようとしたドロシーは……別の男の手に堕ちた。
私とは違う人種の脳筋、ナタ伯爵家の小僧に隙を突かれて、馬で連れ去られた。
「……お前のせいで、マーシャル侯爵家の名はガタ落ちだ。あの阿婆擦れのせいだと噂を流した所で、焼け石に水だ……」
「父上……」
「もうお前には期待せん。無能め……。
お前の母が出来損ないだったせいで、子も出来ん。
こんな事なら、コゼットを生かしておけば良かった」
「お、叔母上は関係ないでしょう!」
「小娘にしてやられる間抜けなお前より、マシな男を産んだかもしれんだろうが!」
……無意識に涙が出そうな、有り難い酷い侮辱だ。
「ヤヤッカラも気に入らぬ……。あやつがコゼットを押さえ込んでいれば……。逃げられた分際で偉そうに」
「父上……」
「いいか、お前の嫁は儂が選ぶ! 必ずマトモなマーシャルの男を作れ! お前のような愚図……」
私が、女に、叔母に負けているだと?
「叔母に負けたのはアンタだろう」
「何」
「言われた事しか出来ない、無能の父上……。城では有名ですよ。『妹に負けた男』」
「黙れ、無能! ぎゃあああ!」
アレから、父の声は聞こえない。
その筈なのに……。
「止めて……もう、止めて、旦那様……」
「ドロシー、ドロシー……。ドロシーでないお前が悪い」
妻を甚振る? 躾をして何が悪い?
叔母のように女が賢しげにしているから、悪いんだ。お前がドロシーでないから、私を苛立たせるから……!
「……アンタ、誰殴ってるんだ! おい、警備騎士は……」
私から、妻を庇ったのは薄汚い、裏路地の男……。
旅芸人か。
「……!」
何故、金色の目を持っている?
アイツのせいか……?
「おい、ボロッサム……。貴族だぞ、ソイツ!」
「だからって、女性と子供が……」
「こ、侯爵閣下!?」
……少しばかり、甚振っても構わないな?
マーシャルの血を引くとも分からない、単なる庶民だものな?
引いていたら……。
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登場人物紹介です。ドレニス・ナタ−母親似でお芝居好きな敏腕伯爵令嬢。推し俳優はボロッサム。最近大衆演劇のせいかガラが悪い。ボロッサム(ロベルト)−ドレニスの推し俳優。実年齢より老けている?トミー・ヤヤッカラ−ドレニスの今にも別れたい婚約者。信心深い。ヤヤッカラ伯爵−婚約者の父親。取り留めがない。ドレニスの父親−乗馬を愛するサボり魔。脳筋気味だが人好きされる性格。ドレニスの母親−幼い令嬢のようなフワフワした美女。甞て王都を揺るがす婚約破棄をやってのけた。ドレニスの祖父(父方)−甞てはスパルタだが、今はそうでもない。有能だが、おっちょこちょい。マーシャル侯爵−甞て、ドレニスの母親に婚約破棄されたにも関わらず許してくれた良い人らしい。
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