貴方とはお好みが合致しないようなので

宇和マチカ

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危険で完璧なシナリオ

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 私、お祖父様と話し合ったのよ。
 もし、彼がマーシャル侯爵家の縁者なら、きっと侯爵様は受け入れてくださるって。不遇を抱えたロベルト様に救いの手を差し伸べてくださるわ。
 お母様のやらかしをお許しくださるような、お優しい方だもの。
 そして、それなりのお立場になられたロベルト様と婚約を結び直す、と!
 完璧なシナリオじゃない!?

「うーむ、マーシャルにドレニスをか……。
 何か忘れているような……」
「何をお忘れに? 重大な瑕疵はお母様の仕業ですわよ? 其の辺はお話し合いで何とかなりません?」
「……まあいい、呼んで参れ」

 ……思い出せないお話なら、大したことないのよね?
 何だか、私も少し引っかかるわ。
 何故かしら。
 私がお母様の娘だから、余所余所しいながらもお優しくしてくださったのに……。
 マーシャル侯爵……甞て憧れてもいた良い方、よね? 

「マーシャル侯爵家の縁者……? オレが……?」

 うう、重症の推しを担架で連れ出してお祖父様の前にお出で頂く羽目になるなんて……。
 何て事なの。滅茶苦茶面食らわれておいでじゃないの。
 せめてお祖父様が足の捻挫さえされなければ、こんなトンチンカンな会談モドキを開催しなくて良かったのに。
 せめて、長椅子とか買っておけば! 従僕に担がせた担架の上でって、シュールかつ非道よ!

「その赤毛、金の目にその面差し……。そなたの祖母は、コゼット嬢では?」
「母方のばあちゃんの名前はコゼットですが……」

 お祖父様がロベルト様に遠慮なくダイレクトに聞きすぎて、ヒュッて心臓が縮んだけれど……何と! もしや本当にコゼット様のお孫様だとは!
 よ、良かった。生きておられた上に改名されておられなかったのね!
 流石に髪の色と目の色も他人の空似の同名だとは、考え辛いわ。

「生まれは何処で?」
「旅の楽団だとは聞いていますが、正確には判りません。父親と母親は死んだと聞いています……」
「そなたの祖父は?」
「母方は知りません。父方は思う所が有って、出家したと聞いています……」
「しゅ……」

 出家……。思わず、お祖父様と顔を見合わせてしまったわ。
 ええと、父方のお祖父様はまさかヤヤッカラ伯爵家の、前当主の兄上様……?
 コゼット様とヤヤッカラ家の前当主の兄上様……イチイチ長いわね。名前を聞いておけば良かったわ。

「お、お祖父様……。ヤヤッカラの方、婚約者として、コゼット様と結ばれなかったのかしら……」
「カジミールの阿呆のせいでとコゼット嬢とは不仲だったし、婚前交渉はせんだろうな」
「あ、そうですか……」

 そういや、好き避けには過剰過ぎるやらかしで不仲だったのだったわね。カジミール様って言うのね。
 まさか、婚約当初から当てつけに浮気してたのかしら。うわ、クズい……。
 でも、ロベルト様の前で罵るのもな……。

「何か劇的な証拠でも有ればいいが……形見なんぞは無いのかね、ロベルト」
「……有りますが、マーシャル家とは縁付きたく有りません」
「え?」

 よく見れば、ロベルト様は胸を抑えて震えておられるわ……。お、怯えておられるの!? お祖父様が偉そうなせい!?

「どれだけ苦難を与えられようと、甘言を弄してこようとオレは庶民のまま死ねと、祖母は言いました」
「侯爵家と縁付けば、そなたの境遇を変えることが出来てもか?」

 芸術に秀でた叔母様の孫が、素晴らしい目と歌を携えて戻ってくるなんて、誉れに思われるのだと思っていたけれど……。

「アレはそんな甘い家ではないんです……。いえ、要らないことを申し上げました」
「甘い家……。噂は本当だったのか」
「ご存知、なのですか? 『花は華やかにただ、揺れていろ』と」

 花は華やかにただ揺れていろ? どういう意味なのかしら。お祖父様のお顔の色が宜しくないわ。良くない意味の何かの隠喩なのかしら。

「マーシャル侯爵夫人が、先日顔に酷い怪我を負ってしまった故静養中だと聞いたが、そうなのか……」
「……え」

 ちょ、ちょっと待って。
 マーシャル侯爵夫人って……そんな。事故に遭われたって噂で聞いたけれど……。

「お嬢様、奥様から……」
「今度は何……」

 何なのよこのタイミングで……。
 文句かしら……。また面倒臭いわあ……。
 便箋も何だかチャラいわねえ……。このドピンクの封蝋、何処で手に入れるのかしら……。

「ドロシーからか……。ドレニス、ドロシーの話を聞くべきかもしれんぞ」
「お母様の?」
「あの、オレは……」
「体が辛かろうが、少し付き合え。コゼット嬢の忘れ形見よ」

 お母様から送り返されてきたのは、チャラい手紙とメルへちゃん人形……。
 その、帽子の中に……。

「メモが入ってるわ」
「何と書いてある?」
「ええと……マーシャルとは、縁付いては駄目。
 ドレニス諸共、殺される」

 ゾゾッと背中を詰めたいものが駆け抜けた。
 コレは、本当にお母様の字、よね?

「……コレは……!?」
「ころ、される?」

 殺されるって、私とロベルト様が!?
 何で、お母様……。


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登場人物紹介です。ドレニス・ナタ−母親似でお芝居好きな敏腕伯爵令嬢。推し俳優はボロッサム。最近大衆演劇のせいかガラが悪い。ボロッサム(ロベルト)−ドレニスの推し俳優。実年齢より老けている?トミー・ヤヤッカラ−ドレニスの今にも別れたい婚約者。信心深い。ヤヤッカラ伯爵−婚約者の父親。取り留めがない。ドレニスの父親−乗馬を愛するサボり魔。脳筋気味だが人好きされる性格。ドレニスの母親−幼い令嬢のようなフワフワした美女。甞て王都を揺るがす婚約破棄をやってのけた。ドレニスの祖父(父方)−甞てはスパルタだが、今はそうでもない。有能だが、おっちょこちょい。マーシャル侯爵−甞て、ドレニスの母親に婚約破棄されたにも関わらず許してくれた良い人らしい。
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