貴方とはお好みが合致しないようなので

宇和マチカ

文字の大きさ
上 下
5 / 23

敏腕令嬢、推しを救う

しおりを挟む
 コツコツ……。もそもそ。もぞっもさっ。

 私は今、タウンハウスの一室の前の廊下を15分くらいウロウロ彷徨き回っているの。
 ああ、ボロッサム……。貴方はどうして怪我人なの……。

「お嬢様……。
 いい加減、廊下を歩き回るのはお止めください」

 侍女に止められても、留まらない我が心と歩み……。

「未だ治療中なの? ボロッサムは、そんなに重症なの……?」
「先程からお伝えしております通り、傷自体は大した事ないらしいですわ。
 血を落とさねばなりませんし、お着替えとか有りますから」

 そうなのよ! あの暴漢共に襲われて従僕が助け出したものの、劇的な血塗れだったのよ!
 今思い出しても涙が溢れて悔しいわ……!

「うう、暴漢に襲われてなんて可哀想なボロッサム……。あの下手人共は、軒並みテキ川へ放り込んでやらないと……」
「運搬料が嵩みますので、王都の警備騎士にお任せしましょう」

 しかも、ボロッサムを殴っていた悪辣な下手人には、スタコラサッサと逃げられてしまったのよ……。
 何てことなの……。
 ウチの従僕達は勿論、頑張ってくれたんですけれどね。
 王都の狭い裏道を縦横無尽に走られれば、土地勘のイマイチな此方に太刀打ちできず……。

 おのれ……。この恨みはべったり心に滲みたー。
 貴様らをクッキーの粉のように床に払い除けぶっ潰すまで終わらんぞー。
 つい、歌劇の小節が思い浮かんでしまうわね……。
 あの時は血塗れでも偽物だったし勇壮だったわ、ボロッサム。それなのに、今はリアルに痛々しい目に遭うなんて……。

「お仕度が済まし……わっ!」
「待ってました、ですわね!」

 あまりの悲しみで扉の前に座り込んでいたら、従僕に驚かれてしまったわ

「お嬢様……ご心配は分かります。ですが、大分ぐったりしておりますので休ませておあげください」
「……うう……。寝顔を見るだけでも……」
「とんでもない! 未婚のレディがそんな事為さっては!」
「良いのよ。我が家の中なんだからセーフセーフ。
 余所ではやらないものー。お邪魔しますわー」
「あっ、お嬢様!」

 ちょっと強引に扉の中に体を捩じ込んで、無理矢理入ったわ。うふふ、ちょっとはしたなかったかもしれないわね。家主特権の愛故だから仕方ないわね!
 お嬢様を扉に挟む訳にもいかないから、侍女も渋々開けてくれたわ。

「……誰だ」
「はわあわあわあおおうひええ……」
「だ、何だ……? おい、本当に誰だよ」

 真っ赤な赤毛に、眼光鋭い金色の目! 
 な、生のボロッサムが、遠くでなく眼の前に降臨しているわ……。
 ビッカンビッカン光り輝いて、何かこう……。
 天使とか女神とか色々神聖なものとセットで舞い降りていますわあああ……。
 女神様有り難やあ……。この出会いをお恵み頂きヒョエエエエ……!

「喋ったァ……ナマァ……ナマァ……」
「な、何なんだ、この女……」

 お、怯えてるボロッサムも生……。生が溢れているわ……!

「生が我が家に……」
「何言ってんだこの人……」
「お嬢様、お嬢様!」

 はっ! つい推しに生で会えた喜びでちょっぴり言動と顔が意味不明になってしまいましたわ!
 この頃度重なる心労でちょっぴり荒れてしまった、言葉も思い出しまして!

「ははは、ハジメマシテ、熱烈ナ、ファンデス……」
「……」

 会話が不自由に……余計に胡乱な顔を……あっ、その表情も素敵っ! 肖像画化させたいっ! 机に貼り付けて飾るの!

「その、ドレニス・ナタですわ! あの、差し入れもさせて頂いてます! ボロッサム様の頭の片隅にでも差し入れのご記憶とか御座いません?」

 ゼリーとかクッキーとか、箱で!
 目立たないかしらねえ……。

「差し入れとか、貰ったことねーけど」
「……何ですと?」

 あの受付の男……! アレだけ調子乗っててボロッサムに渡してないだと!?

「オレ以外は結構貰ってんの見るけど、アンタ誰かと勘違いしてるんじゃねーか?」
「そんな訳御座いますか! 横領ですわ! ピンハネ……いえ、丸ごとハネされてますわよっ!」
「……」

 ポカンとされてるその包帯だらけのお顔も素敵……! じゃなくてよ!

「まあ……、オレ、嫌われてっからなあ……」
「ゴギャー!」
「!!」

 その私の心を握りしめる寂しげな表情に、つい怒りとか悶えとかの叫び声が我が喉から生まれ出てしまいましたわ!

「……!? ……!?」
「はっ、つい! 何を仰いますの! 私の推し!」
「……お、おい!」
「お嬢様、お慎みを……」

 ついウッカリ、手を握るのも駄目なのかしら!? 従僕に剥がされてしまいましたわ!

「兎に角、此処は安全です。暫く匿われてください」
「そ、そうですわ! 囲いますわ!」
「何でオレなんかに其処まで……」

 な、な、な……。
 ボロッサムって、リアルに薄幸な方なんですのねええええ!
 お労しい! 麗しい! ゴホン、不謹慎ですわね。下手人追捕の手を緩めずにしないと!


しおりを挟む
登場人物紹介です。ドレニス・ナタ−母親似でお芝居好きな敏腕伯爵令嬢。推し俳優はボロッサム。最近大衆演劇のせいかガラが悪い。ボロッサム(ロベルト)−ドレニスの推し俳優。実年齢より老けている?トミー・ヤヤッカラ−ドレニスの今にも別れたい婚約者。信心深い。ヤヤッカラ伯爵−婚約者の父親。取り留めがない。ドレニスの父親−乗馬を愛するサボり魔。脳筋気味だが人好きされる性格。ドレニスの母親−幼い令嬢のようなフワフワした美女。甞て王都を揺るがす婚約破棄をやってのけた。ドレニスの祖父(父方)−甞てはスパルタだが、今はそうでもない。有能だが、おっちょこちょい。マーシャル侯爵−甞て、ドレニスの母親に婚約破棄されたにも関わらず許してくれた良い人らしい。
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

【完結】傷跡に咲く薔薇の令嬢は、辺境伯の優しい手に救われる。

朝日みらい
恋愛
セリーヌ・アルヴィスは完璧な貴婦人として社交界で輝いていたが、ある晩、馬車で帰宅途中に盗賊に襲われ、顔に深い傷を負う。 傷が癒えた後、婚約者アルトゥールに再会するも、彼は彼女の外見の変化を理由に婚約を破棄する。 家族も彼女を冷遇し、かつての華やかな生活は一転し、孤独と疎外感に包まれる。 最終的に、家族に決められた新たな婚約相手は、社交界で「醜い」と噂されるラウル・ヴァレールだった―――。

夜会の夜の赤い夢

豆狸
恋愛
……どうして? どうしてフリオ様はそこまで私を疎んでいるの? バスキス伯爵家の財産以外、私にはなにひとつ価値がないというの? 涙を堪えて立ち去ろうとした私の体は、だれかにぶつかって止まった。そこには、燃える炎のような赤い髪の──

離婚した彼女は死ぬことにした

まとば 蒼
恋愛
2日に1回更新(希望)です。 ----------------- 事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。 もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。 今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、 「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」 返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。 それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。 神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。 大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。 ----------------- とあるコンテストに応募するためにひっそり書いていた作品ですが、最近ダレてきたので公開してみることにしました。 まだまだ荒くて調整が必要な話ですが、どんなに些細な内容でも反応を頂けると大変励みになります。 書きながら色々修正していくので、読み返したら若干展開が変わってたりするかもしれません。 作風が好みじゃない場合は回れ右をして自衛をお願いいたします。

【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。 貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。 夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。 貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。 もういいの。 私は貴方を解放する覚悟を決めた。 貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。 私の事は忘れてください。 ※6月26日初回完結  7月12日2回目完結しました。 お読みいただきありがとうございます。

踏み台令嬢はへこたれない

IchikoMiyagi
恋愛
「婚約破棄してくれ!」  公爵令嬢のメルティアーラは婚約者からの何度目かの申し出を受けていたーー。  春、学院に入学しいつしかついたあだ名は踏み台令嬢。……幸せを運んでいますのに、その名付けはあんまりでは……。  そう思いつつも学院生活を満喫していたら、噂を聞きつけた第三王子がチラチラこっちを見ている。しかもうっかり婚約者になってしまったわ……?!?  これは無自覚に他人の踏み台になって引っ張り上げる主人公が、たまにしょげては踏ん張りながらやっぱり周りを幸せにしたりやっと自分も幸せになったりするかもしれない物語。 「わたくし、甘い砂を吐くのには慣れておりますの」  ーー踏み台令嬢は今日も誰かを幸せにする。  なろうでも投稿しています。

彼を愛したふたりの女

豆狸
恋愛
「エドアルド殿下が愛していらっしゃるのはドローレ様でしょう?」 「……彼女は死んだ」

処理中です...