貴方とはお好みが合致しないようなので

お呼びしてない来客

　私はドレニス・ナタ。大衆劇場での観劇にハマり中の、ナタ伯爵の一女で御座います。幸いなことに我が領地は穏やかに成長し、民も豊かに過ごしておりますの。最近、新たに事業も始めて……。はあ、忙しい日々です。そろそろ始まる新作歌劇を見たいですわ。

　宜しいですわよね、歌劇は。
　盛装して高みから望む王立劇場も勿論素敵なのですが、少々距離が有って演者の顔が見えませんのよね。
　その点、大衆演劇は息が触れ合いそうな近くで、演者が笑い、怒り、泣き……。そして、演者を彩る音楽に、華麗な場面展開を彩る舞台装置！
　様々な魅力で、こちらの心を震わせてくれますのよ。

　ああ、早くまたお忍びで赴きたいものですわ。跡継ぎ教育で窮屈な日常を抜け出し、非日常を味合わせてくれますもの。
　特に今推してる俳優にどんなお土産をお渡ししようか考えるだけでウキウキで……。
　流石に服とかは未だ重いですわよね。適当に見えつつ気遣いが細やかに見えそうなお菓子かしら。渡したらファンサービスでウィンクとか飛ばしてくれないかしら。
　この前の、斬っても斬っても蘇って襲いかかるしつこい敵役、最高でしたもの！

　……ですが、眼の前のこの憎き書類の山……。
　許されませんわ。
　この私が外出出来ないなんて、本当に許されませんわ。
　お父様、絶対に自分の分を上乗せしてません？　何で私が領地の予算配分に携わるんですのよ。そんなの、継いだ後でしょうよ。領主がやるべきですわ。

　お恥ずかしいことに敏腕令嬢なんて言われておりますが、過剰なお仕事は嫌いですのよ。期待なんて重たいものご勘弁を、ですわ。
　軽めにお仕事を終え、軽やかに遊び回りたいタイプですの。
　それに普通の伯爵令嬢なら、芝居に御洒落にとフワフワーっと、緩ーく感けて遊び歩いて宜しいのでは？
　ウチの両親はスパルタ気味なのでは？　いえ、虐待疑惑なのでは？

　と、悲しみながらも。重圧に耐えて時を過ごしておりました。
　ですが、マシでしたわね。
　先触れも寄越さずに、夕餉前に無礼な来客が来るまでは。

「婚約を見直してくれないか。私は多くの愛する人が居るんだ」

　やって来たのは、婚約者の輩ですわ。こんな科白宣うからには、名前でなく輩で充分ですわね。

　今の感想を市井の言葉で申し上げれば。
　ブッ飛ばしてーなコイツ、ですわね。

　しかも愛する人でなく、『多くの』って。複数の愛人を今から抱えているとは……何処の成金に成り果てましたの。このルール違反、どう処罰、いえ処刑したものかしら。

「歯でも痛いのか？」
「……至って健康です」

　いけないいけない。冷静になるのよ。此処で短気を起こしてしまえば、相手の思うツボですわよ。つい歯ぎしりして、苦みばしった顔になってしまったようですわ。

　でも私、夕餉前で空腹ですのよ。
　いっその事、この溢れ出る短気をブチ撒けたい気分で満ち足りておりましたわ。
　空腹は怒りを憎悪へと燃料となるのですわ。