31 / 32
第四章 人狼の激情譚
楽しい記憶は教室の星のように
しおりを挟む
紗世さんに注意喚起を受けて以来、俺は頻繁に記憶を失うようになってしまった。いいや、もしかしたら今までは睡眠中だとか無意識下の時に起きていただけで、タイミングがずれているのかもしれない。
ただ、記憶を失うというのは只ならぬ焦燥感と失望感に駆られてしまうものだと気が付いた。
俺が記憶を失っている間に何が起こっているのだろう?そう考えても記憶の引き出しが開くことはない。
そもそも、今こうやって要の隣にいる俺は俺なのか?記憶を失っている間の俺なのか?それとも、これから消えてしまう記憶の一部なのだろうか?俺は…誰だ?
自分が自分でない感覚は慣れようと思えば慣れるのかもしれないが、そんな慣れなど手に入れたくない。だが、いつまでもこうやって怯えている訳にもいかない。矛盾した思いが脳内と心臓をループしている。
「おい…大丈夫か?顔色悪いぞ」
要がぺたっと手のひらを俺の額にくっつけて、余ったもう片方の手で自らの額を触った。どうやら俺の熱を確かめているようだ。しかし俺に熱はないので意味は全くない。顔色が悪いのに体調には変わりがない俺を少しだけ疑問に思っているようだったが、「元気ならまあいいや」と早々に諦められてしまった。
「最近思いつめてるみたいだし…あ、寒いから?寒いとみの虫みたいになっちゃうもんなぁお前」
語尾に(笑)でもつきそうなくらいに笑い飛ばしてくれたが、笑いごとではないのである。テストだったら100%出るくらいの重要度だ。寒い朝夕は満足に運動も出来ないくらいなのだから、本格的に病院送りになってもいいのだ。というか、解決出来る方法があるのなら早急に解決してほしい。紗世さん、こういう依頼引き受けてくれないのかな。
「普段はマスクとマフラーしてるし大丈夫だよ…教室は暖房効いてるしね」
一昔前までは、教室にエアコンなんて贅沢なものはついていなかったようだ。しかしここ最近になって、熱中症だとかなんやらで設置され始めたらしい。校長に大喝采を送りたいほどの偉業だ。
冷える朝の中を必死に登校してきた俺の体を温めてくれるのはこのエアコンなので、本当にとても助かっている。おかげで教室ではマフラーをしていなくても生きていける。
「風邪引いてんのかなって思ってたけど、寒さ対策だったんだな」
「うん、俺風邪引かないしね」
心配して損だった、と言わんばかりに唇を尖らせた要に、俺は些細な自慢をしてみた。が、全く噛みついてくることはなくスルーされた。酷い。もしかして、要も風邪を引かないから当たり前のことだと思っているのだろうか。
そうだったら非常に腹立たしい。
「全然関係ないんだけどさ、最近高梨さんとどうよ」
「本当に関係なくて笑うわ。いや、どうって言われてもなぁ…」
高梨さんが要に告白したのがきっかけで、二人は交際を始めたのだ。最近は暗くなるのが早いということで最終下校時間が統一なので一緒に帰っているそうだ。このリア充め。
消えてしまった水上國さんが不憫に思えてしまって、いまだに首にかけてある瑠璃色の貝殻を握りしめてしまう。この貝殻からは、水上國さんのような雰囲気を感じるので勝手に水上國さんだと思いこんでいる。違っていたら持ち主にはとても申し訳ない。
「…まぁ、ぼちぼちだよ」
「なんだって!!?高梨の恋愛事情!?」
要がぽつりと恥ずかしそうに呟いたのを掻き消すような大声が背後から響いた。鼓膜を突き破るようなヘルツの持ち主は吉沢だ。恋愛ごとには問答無用で突っ込んでくる厄介なやつ。
「おい!大声でいうなよバカ!」
「しーらなーい!さあ、早く教えたまえこの私に!」
「誰が教えるかよ!」
みっともなくて下らない言い争いと駆け引きが俺の横で繰り広げられている。
何とか恋愛話を聞き出したい吉沢と、どうしても吉沢だけには教えたくない要。どちらも必死で引く様子はないようだ。とりあえず俺の鼓膜が可哀想だからさっさとやめてほしい。
「ね、小泉だって気になるでしょ!」
吉沢はぐりんと首だけを此方に向けて尋ねた。こいつほど知りたがるやつもいないので、俺は「まあ、ちょっとはね」と曖昧にして答えを返した。
「なんだよつれないやつー」
「ナイス依月」
ブーイングと称讃が飛び交うこの状況がなんだか可笑しくてふふふっと笑ってしまった。
「笑ってるくらいなら小泉もこいつから聞き出してよ!」
「依月には教えてやるけど吉沢だけは絶対無理!!」
喧嘩という名のじゃれあいが収まる筈もなく、結局先生が教室に入ってくるまで終わらなかった。鼓膜の寿命が縮んだのを体感し、溜息を吐いて現代文の教科書を机に出す。
やがてチャイムが鳴って授業が始まっても、吉沢と要は口をぱくぱくさせて交渉と否定を繰り返している。なんて醜い争いなの…っ!?と、どこかで聞いたアニメの台詞を頭の中で流し、黒板に映る白文字をノートに写した。
先生が黒板の文字を黒板消しでさっと消した。チョークの粉が教室内に舞って、太陽光でキラキラと輝いていた。昼の空に浮かぶ星にも見えたし、儚く散ってゆく塵のようにも見えた。
楽しい記憶も教室の星のように消えてしまうと感じてしまって、無性に泣きたくなった。
ただ、記憶を失うというのは只ならぬ焦燥感と失望感に駆られてしまうものだと気が付いた。
俺が記憶を失っている間に何が起こっているのだろう?そう考えても記憶の引き出しが開くことはない。
そもそも、今こうやって要の隣にいる俺は俺なのか?記憶を失っている間の俺なのか?それとも、これから消えてしまう記憶の一部なのだろうか?俺は…誰だ?
自分が自分でない感覚は慣れようと思えば慣れるのかもしれないが、そんな慣れなど手に入れたくない。だが、いつまでもこうやって怯えている訳にもいかない。矛盾した思いが脳内と心臓をループしている。
「おい…大丈夫か?顔色悪いぞ」
要がぺたっと手のひらを俺の額にくっつけて、余ったもう片方の手で自らの額を触った。どうやら俺の熱を確かめているようだ。しかし俺に熱はないので意味は全くない。顔色が悪いのに体調には変わりがない俺を少しだけ疑問に思っているようだったが、「元気ならまあいいや」と早々に諦められてしまった。
「最近思いつめてるみたいだし…あ、寒いから?寒いとみの虫みたいになっちゃうもんなぁお前」
語尾に(笑)でもつきそうなくらいに笑い飛ばしてくれたが、笑いごとではないのである。テストだったら100%出るくらいの重要度だ。寒い朝夕は満足に運動も出来ないくらいなのだから、本格的に病院送りになってもいいのだ。というか、解決出来る方法があるのなら早急に解決してほしい。紗世さん、こういう依頼引き受けてくれないのかな。
「普段はマスクとマフラーしてるし大丈夫だよ…教室は暖房効いてるしね」
一昔前までは、教室にエアコンなんて贅沢なものはついていなかったようだ。しかしここ最近になって、熱中症だとかなんやらで設置され始めたらしい。校長に大喝采を送りたいほどの偉業だ。
冷える朝の中を必死に登校してきた俺の体を温めてくれるのはこのエアコンなので、本当にとても助かっている。おかげで教室ではマフラーをしていなくても生きていける。
「風邪引いてんのかなって思ってたけど、寒さ対策だったんだな」
「うん、俺風邪引かないしね」
心配して損だった、と言わんばかりに唇を尖らせた要に、俺は些細な自慢をしてみた。が、全く噛みついてくることはなくスルーされた。酷い。もしかして、要も風邪を引かないから当たり前のことだと思っているのだろうか。
そうだったら非常に腹立たしい。
「全然関係ないんだけどさ、最近高梨さんとどうよ」
「本当に関係なくて笑うわ。いや、どうって言われてもなぁ…」
高梨さんが要に告白したのがきっかけで、二人は交際を始めたのだ。最近は暗くなるのが早いということで最終下校時間が統一なので一緒に帰っているそうだ。このリア充め。
消えてしまった水上國さんが不憫に思えてしまって、いまだに首にかけてある瑠璃色の貝殻を握りしめてしまう。この貝殻からは、水上國さんのような雰囲気を感じるので勝手に水上國さんだと思いこんでいる。違っていたら持ち主にはとても申し訳ない。
「…まぁ、ぼちぼちだよ」
「なんだって!!?高梨の恋愛事情!?」
要がぽつりと恥ずかしそうに呟いたのを掻き消すような大声が背後から響いた。鼓膜を突き破るようなヘルツの持ち主は吉沢だ。恋愛ごとには問答無用で突っ込んでくる厄介なやつ。
「おい!大声でいうなよバカ!」
「しーらなーい!さあ、早く教えたまえこの私に!」
「誰が教えるかよ!」
みっともなくて下らない言い争いと駆け引きが俺の横で繰り広げられている。
何とか恋愛話を聞き出したい吉沢と、どうしても吉沢だけには教えたくない要。どちらも必死で引く様子はないようだ。とりあえず俺の鼓膜が可哀想だからさっさとやめてほしい。
「ね、小泉だって気になるでしょ!」
吉沢はぐりんと首だけを此方に向けて尋ねた。こいつほど知りたがるやつもいないので、俺は「まあ、ちょっとはね」と曖昧にして答えを返した。
「なんだよつれないやつー」
「ナイス依月」
ブーイングと称讃が飛び交うこの状況がなんだか可笑しくてふふふっと笑ってしまった。
「笑ってるくらいなら小泉もこいつから聞き出してよ!」
「依月には教えてやるけど吉沢だけは絶対無理!!」
喧嘩という名のじゃれあいが収まる筈もなく、結局先生が教室に入ってくるまで終わらなかった。鼓膜の寿命が縮んだのを体感し、溜息を吐いて現代文の教科書を机に出す。
やがてチャイムが鳴って授業が始まっても、吉沢と要は口をぱくぱくさせて交渉と否定を繰り返している。なんて醜い争いなの…っ!?と、どこかで聞いたアニメの台詞を頭の中で流し、黒板に映る白文字をノートに写した。
先生が黒板の文字を黒板消しでさっと消した。チョークの粉が教室内に舞って、太陽光でキラキラと輝いていた。昼の空に浮かぶ星にも見えたし、儚く散ってゆく塵のようにも見えた。
楽しい記憶も教室の星のように消えてしまうと感じてしまって、無性に泣きたくなった。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
黒龍の神嫁は溺愛から逃げられない
めがねあざらし
BL
「神嫁は……お前です」
村の神嫁選びで神託が告げたのは、美しい娘ではなく青年・長(なが)だった。
戸惑いながらも黒龍の神・橡(つるばみ)に嫁ぐことになった長は、神域で不思議な日々を過ごしていく。
穏やかな橡との生活に次第に心を許し始める長だったが、ある日を境に彼の姿が消えてしまう――。
夢の中で響く声と、失われた記憶が導く、神と人の恋の物語。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
『イケメンイスラエル大使館員と古代ユダヤの「アーク探し」の5日間の某国特殊部隊相手の大激戦!なっちゃん恋愛小説シリーズ第1弾!』
あらお☆ひろ
キャラ文芸
「なつ&陽菜コンビ」にニコニコ商店街・ニコニコプロレスのメンバーが再集結の第1弾!
もちろん、「なっちゃん」の恋愛小説シリーズ第1弾でもあります!
ニコニコ商店街・ニコニコポロレスのメンバーが再集結。
稀世・三郎夫婦に3歳になったひまわりに直とまりあ。
もちろん夏子&陽菜のコンビも健在。
今作の主人公は「夏子」?
淡路島イザナギ神社で知り合ったイケメン大使館員の「MK」も加わり10人の旅が始まる。
ホテルの庭で偶然拾った二つの「古代ユダヤ支族の紋章の入った指輪」をきっかけに、古来ユダヤの巫女と化した夏子は「部屋荒らし」、「ひったくり」そして「追跡」と謎の外人に追われる!
古代ユダヤの支族が日本に持ち込んだとされる「ソロモンの秘宝」と「アーク(聖櫃)」に入れられた「三種の神器」の隠し場所を夏子のお告げと客観的歴史事実を基に淡路、徳島、京都、長野、能登、伊勢とアークの追跡が始まる。
もちろん最後はお決まりの「ドンパチ」の格闘戦!
アークと夏子とMKの恋の行方をお時間のある人はゆるーく一緒に見守ってあげてください!
では、よろひこー (⋈◍>◡<◍)。✧♡!
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる