あやかし屋店主の怪奇譚

真裏

文字の大きさ
上 下
25 / 32
第三章 学校の霊異譚

夜に鳴るピアノ

しおりを挟む
「じゃあ、ここまでね。あんまり七不思議同士が干渉し合うのはよくないことだって言われてるらしいから。頑張ってね」

人体模型は、元気そうに腕を振って理科室に帰っていった。
ここは音楽室前。理科室がある階から一つ階段を上がった先、四階の端の部屋だ。

「人体模型は、心臓さえあれば純粋な妖怪じゃな。ま、妖怪というよりかは付喪神に近いかのう」

確かに、物に意思が宿るという点では妖怪よりは付喪神に近いのかもしれない。
そんなことを思いながら開けっぱなしになっていた音楽室の扉を潜る。授業の時と何ら変わりはなく、合唱で使う雛段と座学用の机が生徒分、そして美術室と同じ様な黒板が前に一つある。雛段と机の間にはグランドピアノが幅を利かせて立っている。

中学三年生までピアノを習っていた経歴がある俺は、一応の音楽の知識は叩きこまれている。受験期を迎えるのと同時にぱたりと弾かなくなってしまったから腕は落ちているだろう。
ピアノを習っていた、と友人に言っても信じてくれないのはとても苦しかった。だからと言って、急に弾けと言われても弾ける気がしないのでこれでいいのかもしれない。

グランドピアノを懐かしむ様にひと撫ですると、ぽろんと音がした。

「えっ!!?」

俺が驚いたのは、撫でた時に音が鳴ったからではない。浅く触った程度でピアノが鳴ることもあり得るからだ。問題はそこではなかった。
…なんで、低い音の鍵盤を撫でたのに、高い方から音がするんだ!?

驚天動地と言わんばかりに目を見張り、グランドピアノをじっと見ると、規則はなく鍵盤が浮き沈みしている。段々とその途切れ途切れの音は繋がり、楽曲に変わり始めた。

「…滝廉太郎の、憾」

およそ100年前に結核にかかった滝廉太郎が作曲したとされている、悲劇的な楽曲だ。無念や心残りがメロディーにこびり付いていて、一度聞いただけだけれど忘れられなかった。右手のオクターブが悲鳴を上げているような印象で、それを打ち消すくらいの低い音程の左。滝廉太郎といえば荒城の月だが、俺はどうも憾の方が印象が強い。

「…なんとも、感情がそのまま奏でられたような曲じゃのう。無意識に引き込まれていく感覚がするぞい」

紗世さんも俺と同じ印象を持っていたようだ。
それにしても、これを弾いているピアニストは何処に居るのだろうか?ピアノ椅子には誰も座っていない。家庭科室の男子と同様に幽霊説が濃い。

「ピアニストはどこにいますか?」

「分からぬ。悪いが、先程も申したように幽霊の類は専門じゃないんじゃ。お主もこの曲を弾いてみたらいいのではなかろうか?」

適当にあしらわれた感がすごいが、解決法が無い今、試してみた方が得策だ。
俺は久しぶりにピアノ椅子に腰を掛け、ピアノを弾く姿勢をとる。
…ああ、この感覚、久しぶりだ。憾は弾いたことが無いけれど、なんとなく出来る気がする。

すぅっと息を吸い込み、止まった自動演奏に続けて音を鳴らす。

ゆったりとした曲調にうっとりしながら、手が動くままに演奏し続ける。

「…え、あれ…えっ!!?」

音が分からなくなって止めようと思ったが、ピアノが手を離してくれない。勝手に動かされて、楽曲の続きを弾かされている。

「…?どうしたんじゃ依月」

「さ、紗世さん!手が離れません!止めようと思っても勝手に…」

驚いて大声を上げている間にも、俺の手は勝手に憾を演奏している。そろそろクライマックスだ。この曲が終わるまでに解決しないと危ない、と嫌な予感が全身を駆け巡る。

__なぁ、楽しいだろ?


俺の心から、俺ではない声が聞こえる。乱暴そうな口調で、語尾も強い。深い念と憎悪を感じる。


__仲間がいて嬉しいんだ、もうちょっとだけ一緒に弾いてくれよ

お前は…誰だ?

__ここの七不思議になってる幽霊さ

じゃあどうして、俺に取り憑くんだ?

__お前がピアノを弾ける男だったからだ。俺はピアノを弾けるってだけでバカにされたんだよ

俺もあった。

__お前がどれほどバカにされたかは知らないが、俺は人格を否定されるまでになったんだ

それは…酷いな。ピアノを弾けるのも一つの特技だったり、個性なのに。

__そう思うだろ?だから、あいつらがいなくなった今、幽霊としてここで演奏してるんだ

家じゃだめなのか?

__逃げたように思われるだろ。俺はここで弾いていたいんだ

…頼む、お前が夜の学校でピアノを鳴らすことに怯えてる奴がいるんだ。この曲限りでやめてくれないか?

__…まさか、楽しみでやっていることが怯えられるとはな。いいぜ、この曲でやめてやる

それは助かる。…ごめん、楽しみを奪って。

__いいってことよ。仲間からの願いだからな。ただし、この曲が終わるまでは付き合ってもらう


その言葉を最後に、一気にヒートアップして手が動く。さあ、本当のクライマックスだ。





■■■



「終わったのかえ?」

「はい、もうここは解決しましたよ」

心の中にいた幽霊の男子は、弾き終わった時にとても嬉しそうな声をしていた。きっと、ピアノが好きな男子と友だちになりたかったのだろう。俺も、同じ境遇とまではいかないが馬鹿にされたことがあるので、気持ちは痛いほどに分かった。

「残るは花子さんか…」

紗世さんは、花子さんの名を出すと少しだけ苦い顔をした。
…知り合いなのかな?もしかして、犬猿の仲だったりして。

そう考えると面白く、ふくくっと笑い声を漏らしてしまった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

黒龍の神嫁は溺愛から逃げられない

めがねあざらし
BL
「神嫁は……お前です」 村の神嫁選びで神託が告げたのは、美しい娘ではなく青年・長(なが)だった。 戸惑いながらも黒龍の神・橡(つるばみ)に嫁ぐことになった長は、神域で不思議な日々を過ごしていく。 穏やかな橡との生活に次第に心を許し始める長だったが、ある日を境に彼の姿が消えてしまう――。 夢の中で響く声と、失われた記憶が導く、神と人の恋の物語。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

『イケメンイスラエル大使館員と古代ユダヤの「アーク探し」の5日間の某国特殊部隊相手の大激戦!なっちゃん恋愛小説シリーズ第1弾!』

あらお☆ひろ
キャラ文芸
「なつ&陽菜コンビ」にニコニコ商店街・ニコニコプロレスのメンバーが再集結の第1弾! もちろん、「なっちゃん」の恋愛小説シリーズ第1弾でもあります! ニコニコ商店街・ニコニコポロレスのメンバーが再集結。 稀世・三郎夫婦に3歳になったひまわりに直とまりあ。 もちろん夏子&陽菜のコンビも健在。 今作の主人公は「夏子」? 淡路島イザナギ神社で知り合ったイケメン大使館員の「MK」も加わり10人の旅が始まる。 ホテルの庭で偶然拾った二つの「古代ユダヤ支族の紋章の入った指輪」をきっかけに、古来ユダヤの巫女と化した夏子は「部屋荒らし」、「ひったくり」そして「追跡」と謎の外人に追われる! 古代ユダヤの支族が日本に持ち込んだとされる「ソロモンの秘宝」と「アーク(聖櫃)」に入れられた「三種の神器」の隠し場所を夏子のお告げと客観的歴史事実を基に淡路、徳島、京都、長野、能登、伊勢とアークの追跡が始まる。 もちろん最後はお決まりの「ドンパチ」の格闘戦! アークと夏子とMKの恋の行方をお時間のある人はゆるーく一緒に見守ってあげてください! では、よろひこー (⋈◍>◡<◍)。✧♡!

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...