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第三章 学校の霊異譚
夜に鳴るピアノ
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「じゃあ、ここまでね。あんまり七不思議同士が干渉し合うのはよくないことだって言われてるらしいから。頑張ってね」
人体模型は、元気そうに腕を振って理科室に帰っていった。
ここは音楽室前。理科室がある階から一つ階段を上がった先、四階の端の部屋だ。
「人体模型は、心臓さえあれば純粋な妖怪じゃな。ま、妖怪というよりかは付喪神に近いかのう」
確かに、物に意思が宿るという点では妖怪よりは付喪神に近いのかもしれない。
そんなことを思いながら開けっぱなしになっていた音楽室の扉を潜る。授業の時と何ら変わりはなく、合唱で使う雛段と座学用の机が生徒分、そして美術室と同じ様な黒板が前に一つある。雛段と机の間にはグランドピアノが幅を利かせて立っている。
中学三年生までピアノを習っていた経歴がある俺は、一応の音楽の知識は叩きこまれている。受験期を迎えるのと同時にぱたりと弾かなくなってしまったから腕は落ちているだろう。
ピアノを習っていた、と友人に言っても信じてくれないのはとても苦しかった。だからと言って、急に弾けと言われても弾ける気がしないのでこれでいいのかもしれない。
グランドピアノを懐かしむ様にひと撫ですると、ぽろんと音がした。
「えっ!!?」
俺が驚いたのは、撫でた時に音が鳴ったからではない。浅く触った程度でピアノが鳴ることもあり得るからだ。問題はそこではなかった。
…なんで、低い音の鍵盤を撫でたのに、高い方から音がするんだ!?
驚天動地と言わんばかりに目を見張り、グランドピアノをじっと見ると、規則はなく鍵盤が浮き沈みしている。段々とその途切れ途切れの音は繋がり、楽曲に変わり始めた。
「…滝廉太郎の、憾」
およそ100年前に結核にかかった滝廉太郎が作曲したとされている、悲劇的な楽曲だ。無念や心残りがメロディーにこびり付いていて、一度聞いただけだけれど忘れられなかった。右手のオクターブが悲鳴を上げているような印象で、それを打ち消すくらいの低い音程の左。滝廉太郎といえば荒城の月だが、俺はどうも憾の方が印象が強い。
「…なんとも、感情がそのまま奏でられたような曲じゃのう。無意識に引き込まれていく感覚がするぞい」
紗世さんも俺と同じ印象を持っていたようだ。
それにしても、これを弾いているピアニストは何処に居るのだろうか?ピアノ椅子には誰も座っていない。家庭科室の男子と同様に幽霊説が濃い。
「ピアニストはどこにいますか?」
「分からぬ。悪いが、先程も申したように幽霊の類は専門じゃないんじゃ。お主もこの曲を弾いてみたらいいのではなかろうか?」
適当にあしらわれた感がすごいが、解決法が無い今、試してみた方が得策だ。
俺は久しぶりにピアノ椅子に腰を掛け、ピアノを弾く姿勢をとる。
…ああ、この感覚、久しぶりだ。憾は弾いたことが無いけれど、なんとなく出来る気がする。
すぅっと息を吸い込み、止まった自動演奏に続けて音を鳴らす。
ゆったりとした曲調にうっとりしながら、手が動くままに演奏し続ける。
「…え、あれ…えっ!!?」
音が分からなくなって止めようと思ったが、ピアノが手を離してくれない。勝手に動かされて、楽曲の続きを弾かされている。
「…?どうしたんじゃ依月」
「さ、紗世さん!手が離れません!止めようと思っても勝手に…」
驚いて大声を上げている間にも、俺の手は勝手に憾を演奏している。そろそろクライマックスだ。この曲が終わるまでに解決しないと危ない、と嫌な予感が全身を駆け巡る。
__なぁ、楽しいだろ?
俺の心から、俺ではない声が聞こえる。乱暴そうな口調で、語尾も強い。深い念と憎悪を感じる。
__仲間がいて嬉しいんだ、もうちょっとだけ一緒に弾いてくれよ
お前は…誰だ?
__ここの七不思議になってる幽霊さ
じゃあどうして、俺に取り憑くんだ?
__お前がピアノを弾ける男だったからだ。俺はピアノを弾けるってだけでバカにされたんだよ
俺もあった。
__お前がどれほどバカにされたかは知らないが、俺は人格を否定されるまでになったんだ
それは…酷いな。ピアノを弾けるのも一つの特技だったり、個性なのに。
__そう思うだろ?だから、あいつらがいなくなった今、幽霊としてここで演奏してるんだ
家じゃだめなのか?
__逃げたように思われるだろ。俺はここで弾いていたいんだ
…頼む、お前が夜の学校でピアノを鳴らすことに怯えてる奴がいるんだ。この曲限りでやめてくれないか?
__…まさか、楽しみでやっていることが怯えられるとはな。いいぜ、この曲でやめてやる
それは助かる。…ごめん、楽しみを奪って。
__いいってことよ。仲間からの願いだからな。ただし、この曲が終わるまでは付き合ってもらう
その言葉を最後に、一気にヒートアップして手が動く。さあ、本当のクライマックスだ。
■■■
「終わったのかえ?」
「はい、もうここは解決しましたよ」
心の中にいた幽霊の男子は、弾き終わった時にとても嬉しそうな声をしていた。きっと、ピアノが好きな男子と友だちになりたかったのだろう。俺も、同じ境遇とまではいかないが馬鹿にされたことがあるので、気持ちは痛いほどに分かった。
「残るは花子さんか…」
紗世さんは、花子さんの名を出すと少しだけ苦い顔をした。
…知り合いなのかな?もしかして、犬猿の仲だったりして。
そう考えると面白く、ふくくっと笑い声を漏らしてしまった。
人体模型は、元気そうに腕を振って理科室に帰っていった。
ここは音楽室前。理科室がある階から一つ階段を上がった先、四階の端の部屋だ。
「人体模型は、心臓さえあれば純粋な妖怪じゃな。ま、妖怪というよりかは付喪神に近いかのう」
確かに、物に意思が宿るという点では妖怪よりは付喪神に近いのかもしれない。
そんなことを思いながら開けっぱなしになっていた音楽室の扉を潜る。授業の時と何ら変わりはなく、合唱で使う雛段と座学用の机が生徒分、そして美術室と同じ様な黒板が前に一つある。雛段と机の間にはグランドピアノが幅を利かせて立っている。
中学三年生までピアノを習っていた経歴がある俺は、一応の音楽の知識は叩きこまれている。受験期を迎えるのと同時にぱたりと弾かなくなってしまったから腕は落ちているだろう。
ピアノを習っていた、と友人に言っても信じてくれないのはとても苦しかった。だからと言って、急に弾けと言われても弾ける気がしないのでこれでいいのかもしれない。
グランドピアノを懐かしむ様にひと撫ですると、ぽろんと音がした。
「えっ!!?」
俺が驚いたのは、撫でた時に音が鳴ったからではない。浅く触った程度でピアノが鳴ることもあり得るからだ。問題はそこではなかった。
…なんで、低い音の鍵盤を撫でたのに、高い方から音がするんだ!?
驚天動地と言わんばかりに目を見張り、グランドピアノをじっと見ると、規則はなく鍵盤が浮き沈みしている。段々とその途切れ途切れの音は繋がり、楽曲に変わり始めた。
「…滝廉太郎の、憾」
およそ100年前に結核にかかった滝廉太郎が作曲したとされている、悲劇的な楽曲だ。無念や心残りがメロディーにこびり付いていて、一度聞いただけだけれど忘れられなかった。右手のオクターブが悲鳴を上げているような印象で、それを打ち消すくらいの低い音程の左。滝廉太郎といえば荒城の月だが、俺はどうも憾の方が印象が強い。
「…なんとも、感情がそのまま奏でられたような曲じゃのう。無意識に引き込まれていく感覚がするぞい」
紗世さんも俺と同じ印象を持っていたようだ。
それにしても、これを弾いているピアニストは何処に居るのだろうか?ピアノ椅子には誰も座っていない。家庭科室の男子と同様に幽霊説が濃い。
「ピアニストはどこにいますか?」
「分からぬ。悪いが、先程も申したように幽霊の類は専門じゃないんじゃ。お主もこの曲を弾いてみたらいいのではなかろうか?」
適当にあしらわれた感がすごいが、解決法が無い今、試してみた方が得策だ。
俺は久しぶりにピアノ椅子に腰を掛け、ピアノを弾く姿勢をとる。
…ああ、この感覚、久しぶりだ。憾は弾いたことが無いけれど、なんとなく出来る気がする。
すぅっと息を吸い込み、止まった自動演奏に続けて音を鳴らす。
ゆったりとした曲調にうっとりしながら、手が動くままに演奏し続ける。
「…え、あれ…えっ!!?」
音が分からなくなって止めようと思ったが、ピアノが手を離してくれない。勝手に動かされて、楽曲の続きを弾かされている。
「…?どうしたんじゃ依月」
「さ、紗世さん!手が離れません!止めようと思っても勝手に…」
驚いて大声を上げている間にも、俺の手は勝手に憾を演奏している。そろそろクライマックスだ。この曲が終わるまでに解決しないと危ない、と嫌な予感が全身を駆け巡る。
__なぁ、楽しいだろ?
俺の心から、俺ではない声が聞こえる。乱暴そうな口調で、語尾も強い。深い念と憎悪を感じる。
__仲間がいて嬉しいんだ、もうちょっとだけ一緒に弾いてくれよ
お前は…誰だ?
__ここの七不思議になってる幽霊さ
じゃあどうして、俺に取り憑くんだ?
__お前がピアノを弾ける男だったからだ。俺はピアノを弾けるってだけでバカにされたんだよ
俺もあった。
__お前がどれほどバカにされたかは知らないが、俺は人格を否定されるまでになったんだ
それは…酷いな。ピアノを弾けるのも一つの特技だったり、個性なのに。
__そう思うだろ?だから、あいつらがいなくなった今、幽霊としてここで演奏してるんだ
家じゃだめなのか?
__逃げたように思われるだろ。俺はここで弾いていたいんだ
…頼む、お前が夜の学校でピアノを鳴らすことに怯えてる奴がいるんだ。この曲限りでやめてくれないか?
__…まさか、楽しみでやっていることが怯えられるとはな。いいぜ、この曲でやめてやる
それは助かる。…ごめん、楽しみを奪って。
__いいってことよ。仲間からの願いだからな。ただし、この曲が終わるまでは付き合ってもらう
その言葉を最後に、一気にヒートアップして手が動く。さあ、本当のクライマックスだ。
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「終わったのかえ?」
「はい、もうここは解決しましたよ」
心の中にいた幽霊の男子は、弾き終わった時にとても嬉しそうな声をしていた。きっと、ピアノが好きな男子と友だちになりたかったのだろう。俺も、同じ境遇とまではいかないが馬鹿にされたことがあるので、気持ちは痛いほどに分かった。
「残るは花子さんか…」
紗世さんは、花子さんの名を出すと少しだけ苦い顔をした。
…知り合いなのかな?もしかして、犬猿の仲だったりして。
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