あやかし屋店主の怪奇譚

真裏

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第三章 学校の霊異譚

踊る人体模型

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「それにしても、さっきの絵、すごく綺麗でしたね」

「そうじゃな。儂の空想世界なだけはあるぞい。…あの世界を表現できるあやつの技量も素晴らしいがな」

ジェラシーを感じているのか、ぶぅっと頬を膨らませながら紗世さんは先程の女の子に対する褒め言葉を言った。素直に褒めてあげればいいのに、と思ったが、これを言えば怒られるに違いない。「儂は元から素直じゃぞ!」だとか、そんなことも言われるかもしれない。だから、口に出すのは止めた。

「次はー…うーん、どこも同じくらいの距離なんで、何処へ行って___!!」

俺の言葉は、ガシャン!!という音で遮られた。ガラスが床に落ちて、割れてしまったような音だ。もしかして何かを落としてしまったんじゃないかと周りを見たが、廊下だったのでガラスの類はない。あっても教室の窓なので、外れる可能性は低いだろう。

「…上からじゃな。依月、三階には何がある?」

「えっと…3年の教室と…理科室ですかね?」

「それじゃ!おそらくビーカーとやらが割れたのだろう。妖怪かもしれぬ、急ぐぞ」

紗世さんはそれだけ確認すると、階段の方へ駆けて行ってしまった。突然のことに数秒遅れたが、遅れをとらないように全力疾走をさせていただく。

二人分のトタトタという走る音が閑静な校舎に響き渡る。そして、そのタップダンスの伴奏をするのは、リズムよく聞こえるビーカーの割れる音。ビーカーの音は、まるで踊っているかのようなタイミングで割れている。偶然ではなく、人為的に割られているのが嫌でも分かってしまった。


「ここじゃろう、依月!」

先に理科室前についていた紗世さんが、大きな声で俺の名を呼ぶ。ここが理科室であっているのか、と尋ねていたので、俺は「そうです、そこです!」と答えを返した。
余程興奮しているのか、紗世さんは勢いよく扉を開け、ずんずんと中へ進んで行った。俺もそれに続いて、薬品のにおいが立ち込める理科室へ足を踏み入れる。

「…理科室じゃないのう、隣の部屋からじゃ」

「隣は理科準備室です、恐らくそこからだと」

理科室と理科準備室が接合されている扉を開くと、そこには青白い月光が差し込んでおり、とても幻想的な空間になっていた。その幻想的な空間の中心で、回っているものがあった。ソレは棚に仕舞ってあるビーカーやフラスコを落とし、机に積まれていたプリントを舞わせる。

「…人体模型ですか」

回っているソレは、元々理科準備室に追いやられていた人体模型だった。皮膚と部分と内臓の部分が交互に視界に映る。変わることのないその表情は、心なしか楽しそうに見えた。時たまに内臓がぼろぼろと落ちているが、プラスチック製の腕で器用に拾い上げ、元あった臓器の場所へと戻している。

「ふふふーん…んーんー」

聞いたことのあるフレーズが耳に残る。どうやらこのメロディーは人体模型から発せられているようだ。鼻歌に合わせてクルクルと踊っている。
人体模型の動きをよく見てみると、ただ回っているだけではなかったようだ。社交ダンスの男役のように腕を上げ、パートナーと踊っているようなステップを踏んでいる。音楽もよく聞くと三拍子になっていて、動きからもワルツであることが判明した。

「あの…つかぬことをお聞きしますが、何をしていらっしゃるのですか?」

恐る恐る無機物の人体模型に尋ねると、ぐるんと首だけを回し俺の顔面を見た。

「踊っているんだよ。そんなことより、君は心を持っているようだね」

質問がそんなことよりで済まされたことを不満に思いながら、不器用にこくこくと頷いておいた。
突然、人体模型はカクカクした動きで、棚に仕舞ってある大きなガラス棒を取り出し、俺の胸へ先端を向けた。

「へ…?」

「もらうね、その温かい心」

その言葉と同時に、人体模型はガラス棒を振り上げた。受け身を取ることが出来なくて、頭に打撃を喰らう。

「うぐっ…」

あまりの衝撃に頭を抑えて蹲っていたが、冷静になるのと同時にそれほどダメージを受けていないのに気が付いた。パリンという音が首のあたりからしたのでそちらを見ると、ここに来る前にもらった勾玉が一つ、割れているのが見えた。
…俺を、守ってくれたのか。

あと二回なら無茶できる。そう踏んだ俺は、猪突猛進に人体模型へ突っ込む。ドンっと衝突し、人体模型は無様に床へ転がった。しかし、微かに光っている目からは殺気が消えておらず、次の攻撃を考えているようだった。

「なんで俺を襲うんだよ!」

人体模型の腕を力いっぱい封じこみながら、一番の疑問をぶつけてみた。人形にこの答えが返せるのかは分からないが、やってみないことには始まらないのだ。

「あたたかい…手…」

動かない口から声が漏れている。その声には羨望と嫉妬、それから何かに対する憎しみがこもっていた。

「僕には心臓がないんだ」

ふいに、安定した声で説明を始めた。その変わりように驚きつつも、彼の話を聞く。

「取られちゃったんだ。僕はね、元々みんなに可愛がられてたのに、心臓を取られて不要物になった瞬間こんな狭い部屋に閉じ込められた。あっちに戻りたいよ…」

どんどん語尾が小さくなっていき、しまいには泣き声に近い弱々しい呟きになっていた。余程不要物にされたのが悲しかったのだろう。強い感情は無機物にまで心を与えると聞いたことがあるが、この人体模型は良い例だろう。

「取られた心臓を探すのは、俺に出来るか分からない…けど、一から創ることなら出来る。ですよね、紗世さん」

先程から成り行きを傍観していた紗世さんに尋ねてみる。まさか話し掛けられるとは思っていなかったのか少しだけ目を見開いたのち、こくこくと頷いた。

「本当に…?僕、また心臓がある人体模型に戻れるの?」

「うん、きっと。成功するかは分からないけど…」

俺は、集中する為に目を強く瞑った。全身には満遍なく妖力がみなぎっているのを確認すると、彼の心臓を創りだす為に詠唱を始めた。

「心のなき彼の心臓を生みだし給え…第肆妖術『創成』」

胸の前に差し出した俺の手から、青い光が溢れだす。
妖術、『創成』。自分がイメージしたものを現実世界に生み出すことのできる妖術だ。詠唱は必要だが、決まったフレーズはないため記憶力が死んでいる俺にはとてもイージーだ。

数十秒経った時、俺の手のひらに重力が発生した。ずっしりと重みがあって、少しだけ生温かい。

「心臓…だ…」

人体模型が息をのむのが聞こえた。
勿論、本物の心臓ではない。プラスチックで出来ていて、ツルツルとした感触のものだ。ちょうどぽっかり空いていた人体模型の心臓部分にはまるように創ってある。

「はい…これで、満足?」

かちり、と心臓をはめ込むと、人体模型は嬉しそうに頬を緩めた…ように見えた。

「ありがとう、人間。僕はこれであっちに戻れる」

心なしか、温かい液体が手の甲に当たったような気がした。俺の涙ではないから、きっと人体模型の心の涙だろう。

「お礼に、他の七不思議の情報を教えてあげるよ」

「本当に!?あと残っているのは音楽室のピアノと花子さんなんだけど…」

「じゃあ、ピアノの彼から解決しようか。…彼は、少し気が荒い。悲壮の楽曲を弾いていても、棘が目立つ感じ」

彼と呼んでいることから、ピアノの主は男子であることがわかる。てっきり女子が弾いているのかと思っていたから拍子抜けも良い所だ。

「寂しいから、音楽室までついていくよ。いいでしょ?」

「ああ、うん。それくらいならいいけど…」

話を終えて、さあ早く早くというように人体模型に背中を押され、理科室から追いやられてしまった。
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