あやかし屋店主の怪奇譚

真裏

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第三章 学校の霊異譚

描き足される絵

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「美術室は職員室と同じ階にあります。戻ることになるけど、一番近い…かな?」

「昔とは作りが変わっておるので分からぬ。お主に任せるぞい」

すっ…と一歩下がり、紗世さんは俺の後ろについた。丸投げをする前兆だったことに気が付き、頭が痛くなる。

「美術室には‘‘描き足される絵‘‘があります。元は風景画だったらしいけど、血が付いてたりするらしいですよ。まあ、単なる噂なんで合ってるかは知りませんけど…」

「ふむ…聞いたことがあるぞい。もしや、夕暮れ時の街の風景ではなかったかのう?」

「さあ?俺も見たことないんで、実物を発見しない限りは…」

俺たちは話しながらも順調に足を進める。徐々に美術室が近付いているのと呼応して、鳥肌がぞわっと立つ。嫌な予感、というよりかは寒気がする、という方が正しいだろうか。

廊下の曲がり角を曲がると、そこは美術室だ。大きな長机が三つと、それを囲うように置いてある椅子が他の教室にはない特徴だ。美術室の隣には美術準備室があり、雑多な画材や彫刻が置いてある。インクの匂いと絵具の匂いが入り混じっていて、絵を描くのが苦手な俺はどうしても眉を顰めてしまう。

がらっと美術室の扉を開き、ひそりと足を踏み入れた。
黒板には、先生が消し忘れている授業内容の文字や絵が残されている。
【人の顔を描___、円柱と___】
ところどころ擦れていて、読解するのは難しそうだ。

「うへぇ…あんまり来たくなかったなぁ」

「お主は美術が苦手なのかえ?」

「はい…いや、画伯にはなれますね」

小学生の頃から幻獣を生み出し続けた俺なら、ワンチャン画伯への道を進めるかもしれない。ピカソ的なアレである。

ぶつくさと言い訳やら自分を擁護する言葉やらを並べていると、紗世さんの驚く声が鼓膜に届いた。

「おおっ…依月、絵とはあれではないか?」

紗世さんが指を差した方向は、黒板とは逆の方向にある位置。美術準備室程ではないが、彫刻像が並べられた棚の隣だ。
俺の身長程あるキャンバスが立て掛けられており、そのキャンバスには画面いっぱいの赤が描かれていた。赤の中には古い建造物が建っており、どこか田舎のような雰囲気を放っていた。背景には森も描かれている。
…あれ、この光景見たことあるような?

「…紗世さんの、空想世界」

ぼそりと呟くと、紗世さんは納得したように俺の顔を覗きこんだ。

「言っておくが、儂は描いてないぞい。どうしてこの風景画がここにあるんじゃ…?」

やはり、謎は全て解けている訳ではないらしい。紗世さんは頭いっぱいにハテナマークを浮かべている。

「俺にはもっと分かりません」

むーん…と頭を抱えていると、美術室の入り口の方からふわりと風が吹いてきた。驚いて振り返ると、そこには落ち着いた雰囲気の女の子が立っていた。そして、ゆっくり、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる。

「わたしの…絵…」

鈴の様な声が、静かな美術室に響く。耳触りがよく、いつまでも聞いていられそうだ。

「ごめんなさい。そこを退いてくれる?」

先程吹いてきた風と同じ様に、女の子はふわりと微笑んで退くことを願った。逆らえる気にもなれず、俺は大人しく絵から下がる。
女の子はパレットをどこからか出し、そして床に落ちていた筆と絵具を拾い上げて絵を描き始めた。夕焼け空の赤が深められ、奥行きが出始めた。建物の陰影も先程より強められ、はっきりとした絵になってきた。

「…これが、七不思議の正体か」

普通の人間だったことに驚きつつ、やはりまだ不可解そうな顔を浮かべた紗世さんは、女の子に近付く。

「お主、何故こんな夜の学校で絵を描いておるのじゃ?自宅で描けばよいであろう」

「…ここじゃないと、ダメなんです」

女の子は集中を切らすことなく、ぼそりと自白するように呟いた。

「…前、学校で絵を描いていたら、男子に破り捨てられたんです。頑張ったのに、すごく悔しかった。ここなら、毎日描き足される絵なんて気味が悪くて、イタズラする人なんていませんし」

表情を一切崩すことなく、女の子は語り続ける。

「だから昼間じゃダメなんです。それに、家で絵を描いていたら母親に怒られるんです。勉強しろって」

「だからって、わざわざ夜に学校に来てまで…」

俺が思わず口を挟むと、女の子は諦めたような笑みを見せた。

「…この絵が完成したら、夜に通うのは控えます。あと少しなので、勘弁していただけませんか?」

本当はもっと描きたいものがあるのだろう。この生活に終わりが近付いていることを元から知っていたみたいな口ぶりだったことから、過去に注意されたことがあったのかもしれない。

「わかった。これは人間の仕業だと記憶しておくぞい。…それにしても、その風景はどこで見たものなんじゃ」

紗世さんが、罪人を糾弾するような強さで彼女に尋ねた。やはりこういった脅しには怯まないのか、表情一つ変えず、質問に対して応答し始めた。

「分かりません。気が付いたら手が動いていました。本能のままに、理性なんかなくて…でも、この絵の出来にはとても満足しています」

「…そうか」

謎は解けていないが、紗世さんは自分の世界が褒められたような気がしたのか、小さく笑みを浮かべた。

「では、気を付けるのじゃぞ。夜道は危ないからのう。いつ妖怪が出てきても可笑しくないんじゃ」

「ふふっ、そうですね。今も出会っていますもん」

「んなっ!お主、なぜ分かったんじゃ!?」

「綺麗な狐耳が覗いていますよ」


女子トークのようななにかが花開くのを感じて、俺は一足先に美術室から出ることにした。俺に追い付いてきた紗世さんは、自分が妖怪だとバレたことや、気が抜けていたことがショックだったようで、口数が物凄く減った。
…まあでも、顔は嬉しそうだったしいっか。
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