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特襲騎兵、西へ

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    「大尉殿、本日夕刻の情報ですが、露軍は西方に部隊を展開しつつある、との事です。露軍の夜襲は此処より西方で発起する可能性もあります。余計な事かもしれませんが」

    「いや、そうか。一番西方の陣地は此処より何れくらい離れている?」

    「西へ十キロ程です」

     「西へ十キロ……。そうか、すまんな、少尉。任務の邪魔をした。梶本曹長、移動するぞ」手綱をさばき、馬の鼻先を西へ向けた藍原の背中に大沼は声を掛けた。

    「凄い馬ですね。途轍とてつもなく大きく逞しい。我軍にそんな軍馬が居たなんて知りませんでした」大沼の感嘆の言葉に藍原は振り返り僅かに笑みを溢した。

    「少尉、軍機だ。他言はするな、いいな」

    大沼はこの時の事を戦後長きに亘り、誰にも話さなかった。彼の家族が従軍中の巨大な軍馬の話しを大沼から聞いたのは、彼が亡くなる半年前――華やかな騎兵史が終焉期を迎えつつある、昭和の時代になってからの事だった。

    大沼少尉から得た情報で、九騎の騎兵が西へ転進し最西翼の陣地目指している頃、霞谷と黒三月も中隊の後を追って、駈け続けていた。

    霞谷は九騎の騎兵が残した蹄跡ていせきを辿り、やがて藍原達が遭遇した友軍陣地迄着いた。

    霞谷は、再び現れた巨大な軍馬に驚く陣地の歩兵を乱れた呼吸のまま見下ろした。

    
  

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