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ファーストデート2
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数分後、私と安藤さんはカフェの椅子に腰を落ち着けた。私も漸く会話が出来る程度には気持ちが落ち着いて来た。互いに飲物を注文した所で改めて挨拶を交わしたが、先程の事もあり、それも何処か肌骨ない感じは拭えない。
「先程は大変失礼しました。改めて……ですが、滝本麻理香です。今日は一日よろしくお願いします」
「いや、こちらこそ。あの時、直ぐ駆け付けたら良かったんですが……すみません」
安藤さんは頭を掻きながら、申し訳無さそうに頭を下げた。
「安藤さんは悪く有りません!私のミスですから。初めてでこんな失敗するなんて……ごめんなさい」
「えっ、は、初めてなんですか……俺もレンタル初めてなんで。お互い様、ですね」
そう、事前のメール交換で安藤さんがレン彼利用が初めてなのは知っていた。只、それ以外の事は書いてくれなかったので、どんな人なのかは良く分からなかった。
改めて安藤さんの様子を窺うと、身長は百八十センチを優に越える、ガッチリとした体つきは熊さんのようだ。その彼が頭を掻いている仕草は何処か可愛らしかった。落ち着きを取り戻した所で今日の予定を確認してみる。
「えと、今日は六時間の予定で大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です」
「料金は事前にお振込頂いてるので。今日は何かご希望とか有りますか?」
「特には無い……いや、有ると言うか」
また、頭を掻きながら何か迷っている様に歯切れ悪そうに答えている……何か有るのだろうか?
「気にせず何でも言って下さい」
彼は迷いに迷った挙げ句に、漸く口を開いた。
「俺、妹が一人いるんです。両親は離婚していて、俺達は母親に育てられたんです。俺は 五才違いの妹を父親代りのつもりで面倒を見てきました。ずっと、ずっと妹ばかり見続けていて…そしたら、気付いたんです。妹以外見れないって事に……これってシスコンですよね」
彼は俯いて、大きな背中を丸めながら話してくれた。それを話すのは彼にとって勇気の要る事だったに違いない。誰にも言えなかった――彼だけの隠し事。
「安藤さんは、つまり…自分が妹以外の女を好きになれるか、それを確めたい……と言う事ですか?」
彼はコクリと頷いた後、顔を上げて私をジッと見詰めながら、慌てて言った。
「あ、いや、滝本さんに恋人になって欲しいとかではないんです。レンタル彼女なのは承知してます。只、妹以外の女を好きになれたら、その方が俺も妹も幸せになれるんじゃないかと思って」
「分かりました。それじゃ私、今日は智さんの彼女……ですからね。私だけを見ていて欲しい…です。いいかな……」
今迄の人見知りが嘘の様に、照れ混じりだけど笑みが溢れた。それは多分、この人の力になりたい……だって、こんなにいい人なんだから、そう自然に想えたからだと思う。
私達はカフェを出ると、商業施設内の通路を歩きながら次のプランを話し合った。
「智さんは今日してみたい事ある?」
「いざ言われると……思い浮かばない、ですよね」
「じゃあ、私がしてあげたい事でもいい?」
「えっと、はい……」
「ふふっ、私のしたい事は……服選び。彼が出来たら一緒に服選んでみたかったの!……いいよね?」
「は、はい……」まだまだ緊張の解れない彼の手を引いて、身近のメンズショップに飛び込む。
「服だと、どんな服が好きなの?」
「どんな……別に洒落たものとか縁がないし……」
「じゃあ、私のお任せでいい?折角だから普段着るのがいいよね。今頃だと、ポロシャツとかどう?」
「あ、それなら休みの日とか着れますし、いいかも」
彼も少し乗り気になってきたみたい。私はかなり真剣に服選びを始めた。彼に合いそうな色やデザインの物を幾つか手にし、似合うかどうか彼の体に当ててみる。
服を合わせる私と彼の視線が、数瞬の間だけ交差する。慌てて視線を反らす彼の横顔を、私の視線は追い掛ける。体の大きな彼が恥じらう様に向ける横顔は……何だろう……可愛く想えて来る。
彼の好みも交えつつ、選んだポロシャツの包を大事そうに抱える彼と連れ立って店を出ると、思い詰めた表情のまま彼が口を開いた。
「ありがとうございます。女の人に服を選んで貰うなんて初めてで。何か変な汗出てきた」
絵に描いた様な緊張に満ちた彼を見詰めていると、笑みが溢れてきた。
「彼女相手に、ございますって……智さん固過ぎじゃない?ほら、力抜いて」
歩きながら彼の肘に腕を絡めて、時折彼の顔を見上げる様にして見詰める。けど、彼は目の前に釘付けになった様に真っ直ぐ前を見詰めて私を向いてくれない。
人通りが増えてきた通路――人混みを避けながら歩くと、自ずから二人は寄り添い、そして肌は触れる。触れた肌の感触と間近に聞こえる息遣いからまだ彼の緊張が続いているのが分かった。
少し『間』を取ってあげた方がいいのかな、と思い通り掛かったトイレの前で立ち止まると「ちょっとメイク直してくるね」そう言って彼を緊張から解いてあげた。
パウダールームでメイクを直して数分後、彼の緊張が解け少し落ち着いた頃を計らい外に出た。
「智さん、待たせてごめんね。行こっか」
声を掛けて振り向いた彼の表情は、今迄以上の緊張の色に満ちていた――。
『えっ、何で…どうしたの?』
私は気付かなかった――体の大きい彼の後ろにもう一人いた事を。驚きと困惑、そして助けを求める様な表情を見せる彼の向こうに、疑念の籠った視線を放つ女が立っている。
「どちら様、ですか?」視線と同じく疑念を声色に乗せた声は、妙に低く聞こえた。
私と彼女の間で、双方をチラ見している智さんを見て、私にはこのパズルが解けた様な気がした。
つまり、彼女は――。
「智さんの妹さん、ですか。私、智さんとお付き合いしています、滝本と申します」
「お付き合い?え?お、お兄ちゃん……ちょっと。えぇっ?」彼女は先程の低い声色と違い、天に突き抜ける様なハイトーンボイスで驚いた。
私は彼女が驚いている間に、智さんに目配せした。『私に話し合わせてっ。ここは乗り切りましょっ』そういうサインのつもりで。
「あ、ああ、綾那に言ってなくて、わ、悪かったな。こちら滝本麻理香さん……」
『良かった。分かってくれたみたい』私のサインが通じた事に少し安心して、再び彼女に向き合った。
「実は今日が初デートなんです。妹さんがいるのは聞いてましたけど、こんな形でお会いするなんて。驚かせてごめんなさい」
私の話しを黙って聞いていた彼女は、一つ小さく息を吐くと私を見据えた。
「先程は大変失礼しました。改めて……ですが、滝本麻理香です。今日は一日よろしくお願いします」
「いや、こちらこそ。あの時、直ぐ駆け付けたら良かったんですが……すみません」
安藤さんは頭を掻きながら、申し訳無さそうに頭を下げた。
「安藤さんは悪く有りません!私のミスですから。初めてでこんな失敗するなんて……ごめんなさい」
「えっ、は、初めてなんですか……俺もレンタル初めてなんで。お互い様、ですね」
そう、事前のメール交換で安藤さんがレン彼利用が初めてなのは知っていた。只、それ以外の事は書いてくれなかったので、どんな人なのかは良く分からなかった。
改めて安藤さんの様子を窺うと、身長は百八十センチを優に越える、ガッチリとした体つきは熊さんのようだ。その彼が頭を掻いている仕草は何処か可愛らしかった。落ち着きを取り戻した所で今日の予定を確認してみる。
「えと、今日は六時間の予定で大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です」
「料金は事前にお振込頂いてるので。今日は何かご希望とか有りますか?」
「特には無い……いや、有ると言うか」
また、頭を掻きながら何か迷っている様に歯切れ悪そうに答えている……何か有るのだろうか?
「気にせず何でも言って下さい」
彼は迷いに迷った挙げ句に、漸く口を開いた。
「俺、妹が一人いるんです。両親は離婚していて、俺達は母親に育てられたんです。俺は 五才違いの妹を父親代りのつもりで面倒を見てきました。ずっと、ずっと妹ばかり見続けていて…そしたら、気付いたんです。妹以外見れないって事に……これってシスコンですよね」
彼は俯いて、大きな背中を丸めながら話してくれた。それを話すのは彼にとって勇気の要る事だったに違いない。誰にも言えなかった――彼だけの隠し事。
「安藤さんは、つまり…自分が妹以外の女を好きになれるか、それを確めたい……と言う事ですか?」
彼はコクリと頷いた後、顔を上げて私をジッと見詰めながら、慌てて言った。
「あ、いや、滝本さんに恋人になって欲しいとかではないんです。レンタル彼女なのは承知してます。只、妹以外の女を好きになれたら、その方が俺も妹も幸せになれるんじゃないかと思って」
「分かりました。それじゃ私、今日は智さんの彼女……ですからね。私だけを見ていて欲しい…です。いいかな……」
今迄の人見知りが嘘の様に、照れ混じりだけど笑みが溢れた。それは多分、この人の力になりたい……だって、こんなにいい人なんだから、そう自然に想えたからだと思う。
私達はカフェを出ると、商業施設内の通路を歩きながら次のプランを話し合った。
「智さんは今日してみたい事ある?」
「いざ言われると……思い浮かばない、ですよね」
「じゃあ、私がしてあげたい事でもいい?」
「えっと、はい……」
「ふふっ、私のしたい事は……服選び。彼が出来たら一緒に服選んでみたかったの!……いいよね?」
「は、はい……」まだまだ緊張の解れない彼の手を引いて、身近のメンズショップに飛び込む。
「服だと、どんな服が好きなの?」
「どんな……別に洒落たものとか縁がないし……」
「じゃあ、私のお任せでいい?折角だから普段着るのがいいよね。今頃だと、ポロシャツとかどう?」
「あ、それなら休みの日とか着れますし、いいかも」
彼も少し乗り気になってきたみたい。私はかなり真剣に服選びを始めた。彼に合いそうな色やデザインの物を幾つか手にし、似合うかどうか彼の体に当ててみる。
服を合わせる私と彼の視線が、数瞬の間だけ交差する。慌てて視線を反らす彼の横顔を、私の視線は追い掛ける。体の大きな彼が恥じらう様に向ける横顔は……何だろう……可愛く想えて来る。
彼の好みも交えつつ、選んだポロシャツの包を大事そうに抱える彼と連れ立って店を出ると、思い詰めた表情のまま彼が口を開いた。
「ありがとうございます。女の人に服を選んで貰うなんて初めてで。何か変な汗出てきた」
絵に描いた様な緊張に満ちた彼を見詰めていると、笑みが溢れてきた。
「彼女相手に、ございますって……智さん固過ぎじゃない?ほら、力抜いて」
歩きながら彼の肘に腕を絡めて、時折彼の顔を見上げる様にして見詰める。けど、彼は目の前に釘付けになった様に真っ直ぐ前を見詰めて私を向いてくれない。
人通りが増えてきた通路――人混みを避けながら歩くと、自ずから二人は寄り添い、そして肌は触れる。触れた肌の感触と間近に聞こえる息遣いからまだ彼の緊張が続いているのが分かった。
少し『間』を取ってあげた方がいいのかな、と思い通り掛かったトイレの前で立ち止まると「ちょっとメイク直してくるね」そう言って彼を緊張から解いてあげた。
パウダールームでメイクを直して数分後、彼の緊張が解け少し落ち着いた頃を計らい外に出た。
「智さん、待たせてごめんね。行こっか」
声を掛けて振り向いた彼の表情は、今迄以上の緊張の色に満ちていた――。
『えっ、何で…どうしたの?』
私は気付かなかった――体の大きい彼の後ろにもう一人いた事を。驚きと困惑、そして助けを求める様な表情を見せる彼の向こうに、疑念の籠った視線を放つ女が立っている。
「どちら様、ですか?」視線と同じく疑念を声色に乗せた声は、妙に低く聞こえた。
私と彼女の間で、双方をチラ見している智さんを見て、私にはこのパズルが解けた様な気がした。
つまり、彼女は――。
「智さんの妹さん、ですか。私、智さんとお付き合いしています、滝本と申します」
「お付き合い?え?お、お兄ちゃん……ちょっと。えぇっ?」彼女は先程の低い声色と違い、天に突き抜ける様なハイトーンボイスで驚いた。
私は彼女が驚いている間に、智さんに目配せした。『私に話し合わせてっ。ここは乗り切りましょっ』そういうサインのつもりで。
「あ、ああ、綾那に言ってなくて、わ、悪かったな。こちら滝本麻理香さん……」
『良かった。分かってくれたみたい』私のサインが通じた事に少し安心して、再び彼女に向き合った。
「実は今日が初デートなんです。妹さんがいるのは聞いてましたけど、こんな形でお会いするなんて。驚かせてごめんなさい」
私の話しを黙って聞いていた彼女は、一つ小さく息を吐くと私を見据えた。
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