君の欠片が眠る時、僕の糸が解けていく

雪原華覧

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青葉、薫る刻 参

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    「またも惚気のろけかぁ……益々気になってきた。次に会ったらちゃんと写メ撮って来てよ。いや、気になるなぁ。会いたくなるなぁ」

    もう……会ってますよ、そう心の中でだけ呟いた。

    「真坂さんのことは、もうその辺りで……」切り出したが、椎名さんには全くその気は無さそうだ。

    「だめだよ。今日の本題はそこなんだから。外見は美人として、吉橋君はその他は何処に惹かれたの?」

    「何処って……う~ん、僕に欠けるもの、苦手なことの大切さをちょっと強引なやり方ですけど……それを教えてくれるって言うか、そんなところ……ですかね」

    僕の辿々しい語りを真顔で聞き入っていた椎名さんは、僕の話しが途切れると嬉しげな笑みを浮かべた。

    「そうか、悪い人じゃなさそうだし、いい出会いだったんだね……安心した」

    「安心?」

    「そう、安心。吉橋君、人嫌いなとこあるから、大丈夫かなぁって気になってたんだよね。いいなぁ、私もそんな人欲しいわ。あ、何か飲む?」

    「えっと、何を頼んだらいいんですかね?お酒の種類とか、分からなくて」

    「じゃあ、お任せでいいよね。新城さん、私はミモザ。吉橋君は……カルアミルクお願いします」

    新城さんは手にしたグラスを拭きながら「はい、かしこまりました」相変わらずの柔らかな笑顔で答えてくれる。

    「カルアミルクって……ミルクですか?」カクテルなんてものに疎い僕は、思わず椎名さんに囁く。

    「あはは、そうかぁ。初めて飲むんだね。確かにミルクは入ってるね。飲みやすいから大丈夫」

    新城さんは注文された二つのカクテルを手際よく作り、僕達の前に出してくれた。

    各々、グラスに口を付ける。

    「あ、本当だ。ミルクですね。甘くて飲みやすい」

    「ふぅ、やっぱり新城さんの作るのは美味しいわぁ。

    カクテルを味わう様を見て『親父臭いなぁ、雰囲気とか言葉のチョイスとか』そう感じた時、気が付いた。

    『何かこういうところも真坂と似てるんだ……』

    もしかすると、僕が真坂を受け入れたのは椎名さんと真坂に共通する符号を感じたからかもしれない。

    椎名さんはそんな僕の考えていることを窺い知ろうとするように、横顔を覗き込んでくる。

    「あれ?もう酔いが回って来たの?いくら何でも早過ぎじゃない?」

    「まさか。強く無いって言ってもそれは無いですよ」

    「なぁんだ、まだ素面しらふかぁ」残念そうに言う様を見て呆気に取られる。

    「酔わせてどうするんですか?何か企みでも?」

    「酔ったら彼女のことも色々話してくれるかなぁって、そう思っただけ」

    やっぱりそうか、と思ったけど……そもそも僕は真坂の何を知っているのだろう?何も知らないと言うのが正直なところだ。

    それどころか、先刻さっきの光景を見て更に謎が深まったような気もするし……。

    「話そうにも、僕も良く分かっていないんですよね。真坂のこと……」

    「そうか、これから……か。まだ、染まってない……か」

    椎名さんの言い方が意味深すぎて、もう一口付けたカルアミルクを吹きそうになった。

    「げふっ、ちょ、ちょっと……これからとか、染まってないって、何ですか?」

    片肘を着いた手に顎を乗せ――。

    「今朝と言い、今と言い、分かりやすいリアクションするね。吉橋君は裸の心を持ってるのかな。まだ互いを知らないってことは、どっちも染まってないんでしょ?まあ、吉橋君が彼女色に染まりそうだけどねぇ。今後の展開が楽しみっ」

    言い終えると、唇の渇きを癒すようにミモザに口を付けた。

    「裸の心……確かに真坂の前で素を晒しているのかも」もう一人、素を晒している横の人の名は伏せて呟く。

    真坂と言えば、先刻さっき見かけたひと……あれが真坂なのか確かめる方法は無いだろうか……。あ……一つあった。連絡してみたら、いいか。

    それだけのことじゃないか、折角連絡先を交換したんだし。

    「あ、椎名さん、僕ちょっとトイレ行って来ます」

    僕は席を外してトイレのパウダールームに入るとスマホを取り出した。

    まずは、電話してみるか……。

    約束ではこちらから連絡することになってるんだし、何も不自然じゃないよな……自分に言い聞かせて発信をクリックした。

    ……出ない、やっぱりは真坂なのか?

    いや、単に出れない状況なのかもしれない。取り合えず、メールを送っておくことにする。

    【昨日はありがとう。まだ何処行くか決めた訳じゃないんだけど、メールしてみた。良かったらメール返してくれる?】

    妙に緊張して送信をクリックした――。

    今は確かめようが無いけど、が真坂でないとしたら、いや、真坂だとしても何も変なことが無ければ、すぐ返信戻って来るはず……。

    先刻さっき感じたもやもや感を再び胸に懐きながら席に戻ると、椎名さんが企みに満ちた目で訊いてきた。

    「彼女でしょ?真坂さんでしょ?」

    うっく、流石に鋭い……粋なり的の真中を射抜く一言に言葉が詰まる。  
    
    「違いますよ。トイレに行っただけですよ」明白あからさまな嘘で誤魔化そうとしたが、やはり椎名さんの方が一枚上手だった。

    「ふ~ん、じゃあさ、今連絡してみてよ。彼女が良ければ、一緒に飲むとかもいいかなって。」

    そう来るかとは思っていなかったので、動揺してしまった。

    それにしても妙に真坂に執着するのは何故だろう?

    何にしても、真坂を椎名さんに紹介する必要も無いし、本人がどう思うかも分からない。ましてや、今本人に連絡は着かなかったじゃないか。

    「いや、連絡って言っても……」口籠った答えをしていると、ポケットの中から着信音が響いた。

    「ん?真坂から?」画面の発信者を確認して出ると、やはり真坂からだった。

    『あ、龍之介?どしたの?あー、次の予定決まったとか?』

    『いや、そうじゃないんだけど。何となく。どうしてるかな、と思って』

    その会話を聞いていた椎名さんは、手真似ジェスチャーで『ここに呼んで』と盛んに言ってくる。

    それを尻目に『呼べる訳ないでしょ』と心中呟いて、そのまま耳を傾け続けた。

    すると真坂は得意気に『さては……昨日会ったばかりなのに、もう淋しいんだな?いや、そんなに想われてるとはね』と揶揄からかい半分に笑う。

    『んな訳ないでしよっ?大体、真坂こそ先刻さっきのは何っ……』

    『えっ?先刻さっきのって何よ?』

    『あ、い、いや何でもない……よ。えっと、今は家に居るの?』

    『……うん。家だけど何で?』

    『こっちに来たりは出来ないよね?』

    『う~ん、そうだね。今は無理だなぁ。爺ちゃん、婆ちゃん心配するもん』

    そうか、家に居るんだ……。と言うか、一人暮らしじゃなかったんだ。

    良かった、やっぱりは見間違い、違うんだ。

    そう無理矢理に納得させようとする自分に納得させられて、何処か安心している僕がいる。

    僕は、燻っていた猜疑心に着地点を見つけたかったのかもしれない。だって、其処に引っ掛かったままじゃ先に進むことは出来ない。

    立ち止まってうずくまるより、僅かの不安を懐いたままでも歩いていた方がいい……。

    『そうか、そうだよね。また、連絡するよ。あ、予定決まったら……さ。じゃ、お休み』

    『うん。ちょっと変だけど、大丈夫?』

     『そう?全然、大丈夫だよ。じゃあね』

    『うん……。じゃあね』

    電話を切ると、聞き耳を立てるようにしていた椎名さんは残念そうに溜息を吐いた。

    「何だぁ、来ないのかぁ……残念っ。またの機会だね」

    「そうですね……来れないみたいです」来れなくて良かったかもしれない。

    来ていたらどれだけ椎名さんに弄られることか……それなら来なくて正解と言うものだ。

    真坂が来ないと分かってからの椎名さんは、何処か白けたような、詰まらない表情を浮かべている。

    唇を尖らせて「ひょっとして、来てくれるかなって……期待してたんだけどな」そう独り言ちて、恨めしげに僕を見詰めてくる。

    そこまで残念そうな様子を見せられると、僕を今日誘った理由わけは真坂に会いたいから?とさえ思えてくる。

    「そんな残念そうにしなくても……どうしてそんなに会いたいんですか?」

    「………………ん」の後、彼女に似合わない歯切れの悪さで呟くように言葉を綴った。

    「興味……あるでしょ。誰とも関わらない……鍵掛けたの心を開いたのはどんな人なのか……私は興味津々だよ。別に変じゃないでしょ?」

    変じゃない……そうなんだけど、何かが……変だ。

    何が?あ、そうか、椎名さんに君呼ばわりされたの初めてかも。

    普通、苗字や名前で呼ばれる方が近い関係に感じるのだろうけど、何故か椎名さんに「君」と呼ばれた時、距離が詰まったような気がした。

    椎名さんとの距離が縮まった――と感じたのと重ねて真坂とのそれが少しだけ開いたように思ったのは、僕の気の所為だろうか……。

    何にしてもこの夜の出来事が後々、僕を揺さぶる火種となるのだけど、この時の僕は何も知らない脳天気な白布の如くだった。

    それから二週間程の間、ほぼ毎日メールや通話で真坂と連絡は取り続けてはいたが、内容はと言うと何処となく淡白なものばかり。

    そのやり取りは、これまでの僕の日常と変わりがない。

    それじゃ……真坂がくれた人と関わる機会チャンスを、差し伸べてくれた手を、無駄にしているんじゃないか?

    ちゃんと会って……言葉を交わして……訊くべきことを訊いて――そうするべきなんじゃないか?

    そこ迄考えて、気付いた――人との関係に自分から一歩踏み出している自分に……今迄の自分の中に居なかった自分に。

    そう思ってから次の行動に移るのは、自分でも意外なくらいに早かった。

    真坂と桜を観に行ってから二週間以上が経ったある日の夜、別れ際の約束通りに僕からお誘いの連絡を入れることにした。

    向こうは何も意識などしないだろうけど、誘うのに不自然じゃない理由と行き先をやたら真剣に考えてしまった。
   
    何かないか……深く考えてみる――あ、あった!あれだ……この季節――もう少しすれば地元のあのお祭りがあるじゃないか。

    そう、もう少ししたら 五月の中半過ぎに二日間に亘って行われるこの都市まちの大イベント――あれなら桜の花見からのイベント繋がり、という流れで不自然無く誘えそうな気がする……。

    あれやこれやと僕らしくない心の葛藤の末、僕は随分時間を掛けて書いた文章を読み返して、メールの送信を思い切って押した。

    送信してから一分、二分と時間が過ぎて行く……何かを待っている時間はとてつもなく長く感じた。

    結局メールの返信が返って来たのは三十分後。

    そして返って来たその答えは、三十分待って膨らみに膨らんだ僕の期待を儚くしぼませるものだった。

    【ごめ~ん、返信遅くなっちゃって。お祭りね、まだはっきり予定が分からなくてさ。もうちょっと待てる?分かったら連絡するから】

    【そうか……分かった。あ、ちなみにそれより前のゴールデンウィークとかはどう?】

    【う~ん、ごめん。そっちは完全にアウト。そこは立て込んでてさ】

    【うん。分かった。予定分かったら教えて】

    その夜、打ちのめされた僕は部屋の灯りも点けたままベッドにうつ伏して眠りに落ち朝を迎えた――。




    











    

    





    

   
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