君の欠片が眠る時、僕の糸が解けていく

雪原華覧

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桜、咲き誇る刻 陸

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    「じゃあ、次何処に出掛けるか決まったらメールしてね。あ、あとちゃんとメアド合ってるか確認がてらに今日メール送ってね」

    「僕から?」

    「うん。だってさ。私からだと気付かなかったり、気付いても返してくれなさそうだし……だから必ず龍之介からってことで。いい?約束だよ」

    図星の図星です、完全に見透かされてるな、そう心中呟いてから首根っこ掴まれた猫の気分で答える。

    「分かったよ。約束……ね」

    「じゃ、待ってるね。今日は一日ありがとうございましたっ。と~っても楽しかったよ」

    今日、ここで会った時と同じく深々とお辞儀をするので、慌てて僕も深々としたお辞儀で返してから頭を上げた。上げたら……真坂の姿は消えていた。

    「あ、あれ?いない?」
    
    辺りを捜すと十メートル程先で手を振っている。片手を振ったまま、もう片方の手を口許に添えて「またねーっ。メール忘れちゃダメだよっ!」それだけ言うと振り返らずにエスカレーターの向こうに消えて行った。

    僕は無意識に振り返していた手を降ろして、自分の手を見詰めた。何だろう……?解放された安堵感は、確かにある。けど、その一方で離れた瞬間に感じた喪失感――なのか、これって一体……。

    自分のアパートに帰り着くまで、そのことが頭から離れず、思案したがはっきりとした答えには辿り着けなかった。

    二階にある部屋へ上がる階段を力なく登り、部屋の鍵を開け入ると暗闇の中、時折近くの幹線道路から行き交う車のヘッドライトの明かりが射し込む。
暗闇と眩い光りが交互に織り成すコントラストの所為か、唐突な孤独感に陥ったのがはっきり分かった。

    僕は、誰かと繋がりたい、その一心でポケットの携帯を握っていた。相手なんて一人しかいない。気が付けば、今日交換した真坂のメアドを探し、慣れていないメール機能の操作に集中していた。

    本文入力……?えと、何を入れたらいいんだろう……。

    【今日はありがとう。お疲れ様。取り合えず約束のメールしたよ】……いや、これじゃ業務連絡だ、ダメだダメだ。

    取り消して改めて入れ直す。

    【今日はありがとう。】……何て入れたらいい?思い付かない。

    自分の語彙力とかコミュニケーション能力の低さを思い知った。部屋の灯りも点けずに、既に二十分は携帯を握り締めている。

    今日一日を振り返って、一番大切なこと……大事なことは何だった……?

    そうか……それだ。

    今日一日で一番大事なこと、今日という一日を象徴すること……これだ。

    悩んでいた二十分間が嘘のように指が自然と動いた。

    そして送信を押す。

    ディスプレイ内を手紙が飛んでいく様子を見送ること五分……真っ暗な部屋の中にメールの着信音が響いた。

    一つ息を吐いて、気持ちを落ち着けてから受信メールを開く。

   開けた瞬間、メールとか文字とかも人の性格や為人を表すんだ……と思った。

    【やったあぁぁ!こんなに早くメール来るとは思わなかったよ。ひょっとしてまだ家に帰る途中とか?まあ、何にしても嬉しいよ。しかも、あんな気の利いたこと言ってくるなんてさぁ。私を喜ばす気だね?】

    送信した内容が合格点を貰えたらしいことに安心して吐いた溜息が、暗く静寂な室内に広がる。

    最初のメールのやり取りを終えて落ち着いた所為か、次のメール文はすんなりと打てた。

    【気に入ってくれて良かったよ。あ、もう部屋に着いてる。着いてすぐ灯りも点けずにメールしたから。そっち・・・は?もう家に着いた?】

    間髪入れずに返信が届く。

    【え?真っ暗闇でメールしてんの?龍之介、ヤバい奴だよ、それ。あとさ、そっちって何よ?今日の約束とさっきのメールは何だったの?ほら、ほらぁ】

    ついつい、まだ慣れていない為に『やってしまった』僕はすぐに謝罪の言葉を送る。

    【ごめん。まだまだ慣れてないから。真坂は家に着いた?】

    【うん。着いたよ。へへっ、声で呼ばれるのもいいけど文字で名前を呼び掛けられるのもいいね。つい見返しちゃうね】

    どうにか真坂の気持ちのバロメーターがマイナスからプラスに持ち直したところで、安心した僕は終わりのメールを打った。

    【喜んでくれて何よりだよ。じゃあ、また何かあったら連絡するよ。おやすみ、今日はありがとう】

    送信を押すと、少しの間を置いて本日最後のメールが届いた。

    【うん。忘れたらダメだよ?待ってるから。あ、でも私から連絡するかもしれないけど。今日っていう始まりの一日はとっても素敵だったよ!じゃあ、またね】

    開いたメールを一度目で追って読み、もう一度呟くように声に出して読み返す。

     そうか、今日は始まりの一日、か。

    ベッドに横たわり、暗闇の中そこだけぼんやりと明るい画面を見詰めながら、今日一日を振り返った。

    今日を振り出しにどんな未来が待っているのだろう?

    この時は僕も真坂も、まだ何も知らない。

    平成二十二年四月十一日、日曜日の夜は静かに過ぎて行った。

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