【完結】追ってきた男

長朔みかげ

文字の大きさ
上 下
17 / 29
第五章

第17話

しおりを挟む
 八朔とちゃんと向き合って、これからどうしていきたいのか真剣に考える。そう覚悟を決めたことは後悔していない。俺も男だ、二言は無い。だから覆したりなんかしない。

 だけど、好きだとか抱きたいとか、八朔の気持ちをオープンにしてもいいと許可したのは早まったかもしれない……。

 だって八朔のやつ、許しを出した途端、それはもう開き直って遠慮なく、好き好きアピールをし始めたからだ。もちろん、映画公開に向けてスキャンダルはご法度だと俺がきつく言い聞かせたので、周囲に自らカミングアウトするようなことはしていないだろう。
 だけど、八朔の気持ちを知っている俺からしたら、いつマネージャーやスタッフにバレるかとハラハラするくらい思い切りがいい。今だってそうだ。

『無茶するなって言っただろ? お前は目が見えないんだし、風邪でも引いたらどうするんだ』

 八朔の出番はこのあとなので、今はスタッフに混じって撮影を見守っているらしい。皆の視線がモニターの映像を注視しているのに比べて、八朔はまっすぐ俺を見ているのが分かる。

『ほら、これを着て。ちゃんとかくして……』
「あ、噛んだ……!」

 すぐさま気づいた花ちゃんに指摘されて、撮影はストップする。俺は天を仰いで「あ~」とため息をついた。

「ごめん、噛んじゃった」
「珍しいですね、仁木さんが噛むの。貴重だ~」

 花ちゃんは嬉しそうにコロコロ笑う。

「私、よくNG出しちゃうから、たまには仁木さんにも出してもらわないと」

 と、気を遣ってそんなフォローをしてくれる。若いのに本当によく出来た子だよ、花ちゃんは。それに比べて八朔のやつ! そんなに熱い視線でこっちを見るなと、俺は遠くから睨みつけたが、八朔はだらしなく頬が緩みっぱなしである。

 あの熱い眼差しに気づいているのはどうやら俺だけらしく、一緒に撮影している花ちゃんはまったく気にした様子はない。八朔が自分のことを好きだと知っているから、俺にはそう見えるだけなのか? まあそれならそれで安心なんだけど。

 そのあとも八朔の視線が気になりつつも、考えないようにと思考から追い出して、根性で撮影を乗り切った。監督からOKが出たのを確認して、俺は駆け足で八朔の元へと向かう。

「ちょっとお前こっち来い!」

 八朔の腕を掴み、スタッフの輪からそそくさと離れる。八朔の耳元で、出来るだけ小声で注意した。

「お前、あんまり俺のこと見んなよな……!」
「何のこと?」

 しらばっくれる八朔に、「とぼけんな」と俺は口元をヒクつかせた。

「気づかないはずないだろ。目が怖えんだよ、目が」
「役者だろ。観察されるのなんていつものことだ。それぐらい慣れないと」
「そうだけど! なんかお前のは違うんだよ! なんて言うか、こう、熱っぽいっていうか、ねっとりしてるっていうか……」
「ちゃんと伝わってるんだ。よかった」

 八朔は嬉しそうに破顔して、今度は俺の耳元に唇を寄せる。

「好きだ、愛してる、×××したいって」

 いきなり破廉恥な言葉を囁いてきたので、俺の顔からボン! と火が出た。

「そこまで伝わってない!」

 慌てて八朔の顎を押しやって顔を遠ざける。こんなところでなにを言い出すんだ、なにを。そりゃあ、主演の二人が妙な関係になっているなんて、みんな想像すらしないだろうけど、万が一ということもある。特に女性はそういう空気にピンと勘づくとも言うじゃないか。

「さっきは花ちゃんも一緒に演ってたんだからな。バレたらどうすんだよ、ったく」

 花ちゃんは聡い女優さんだし、八朔とも付き合いが長いので、このチームの中で俺たちの関係に気づく人がいれば彼女のような気がする。俺が心配しているのに、八朔はなぜかカチンときたように真顔になる。

「花ちゃん? なにその呼び方。気に入らないんだけど」

 むすっとして俺を非難する八朔に、俺は「はあ?」と呆れ果てた。その言い分は聞き捨てならないぞ。

「おまえだって呼び捨てじゃんか」

 そっちの方が親密だろ、と心中で毒づきながら言い返したが、八朔はそれをさらっと無視する。

「あんた、花と仲いいよね。言っとくけど、あいつああ見えて元ヤンだよ。酒もタバコもやるし、性格マジ男だし……」
「おいおい、そういうことをバラすなよ。営業妨害だぞ」
「……だって、あんたが仲良くするから……」
「だってじゃない。可愛こぶるな」

 いじけた子供のように膨れっ面をする八朔にすかさず突っ込む。なんなんだ、この会話は。まるで中学生同士が気になる相手とじゃれているみたいなテンションでやけに照れる。からかい合って、意地になって、ちょっとだけくすぐったいような、あの感じだ。

 八朔は無駄に顔がいいので、どんな表情をしてもインパクトがすごいが、スタッフには見せられたものじゃないとハラハラした。一体俺たちは皆に隠れて何をしているのかと自分を責めたくなったとき、ちょうど遠くから八朔の名を呼ぶスタッフの声が聞こえた。

「ほらお前の出番だぞ。行って来いよ」

 名残惜しそうな八朔の背中を押して「早く行け」と急かす。八朔も大人しく従った。あっという間に衣装スタッフやメイクスタッフにわらわらと囲まれて、八朔も一瞬で集中した顔つきに戻る。俺のことを見つめていたのも、単純に好意を表しているだけじゃなく、俺の演技を見て盗もうとする役者魂なのかもしれない。

 その場に残って八朔を眺めていると、いつの間にか俺の隣にすっと長身の女性が並んで立った。黒のパンツスーツに厚手のコートを重ねている。八朔のマネージャーの伊達さんだった。

「お疲れ様です、仁木さん」
「あ、お疲れ様です……!」

 俺は幾分緊張しながらペコリと頭を下げた。いつもそつなく仕事をこなすキャリアウーマンといった感じの女性で、髪の毛をひとまとめにして眼鏡をかけ、化粧も派手すぎず清潔感がある。遊間さん情報だと四十代らしいが、肌も綺麗だし余裕で三十代に見えた。

「うちの八朔と仲良くしていただいているみたいですね」

 そんなことを言われて、俺はぎくりと硬直する。もしかして何やら感づかれただろうかと恐る恐る横顔を窺うと、伊達さんは真っ直ぐに八朔の方へ視線をやりながら意味深に言った。

「なんだかあの子、今回の撮影が始まってから様子が変わった気がするの。仁木さんも気づいていらっしゃると思うけれど」

 俺を横目でちらりと見る。インテリ風の眼鏡がキラっと光る。

「自分の出番がない日も、貴方の撮影があるから現場に行くって言うんですよ。この復帰作に賭けてるっていうのも本当でしょうけど、八朔は仁木さん自身に執着してるみたい。撮影の待ち時間もずっとあとを付いて回ってますしね。二人の間には、何か特別なものでもあるのかしら?」

 怪しい空気をピンと察知するという女性の勘の持ち主がこんなところにもいた。むしろこれまで数々の俳優を育て上げてきた敏腕マネージャーの方が、明らかに花ちゃんよりも強敵だ。売り出し中の俳優に妙なスキャンダルが起こらないようにと目を光らせているに違いない。この存在を今まで忘れていた自分にビンタしたいくらいだった。

「何か……と言われましても、えーと、その……」

 俺はもごもごと口ごもる。

 まさか「八朔くんは前世の記憶を思い出して、かつての恋人の生まれ変わりだという俺に言い寄っているんです」とは口が裂けても言えない。

「きょ、兄弟みたいに懐いてくれてるんですかね? たまに生意気なところもあるんですけど、俺も話しやすいし、楽しいっていうか……あはは……」

 上手く誤魔化せているだろうかとハラハラしながら、俺は適当に言い繕う。伊達さんはしばし俺の顔色をじっと眺めていたが、不意に「ふふっ」とクールな笑みを零した。

「ごめんなさいね、深入りするつもりはないの。だけどあの子、事故に遭ってからずっと塞ぎ込みがちだったし、久しぶりの現場だったから、ちゃんとこなせるか心配だったんですよ。あんなに生き生きと演じてるのも、共演者と親しくなるのも初めてじゃないかしら」

 家族のように愛情のこもった口調で言う。そして俺の肩をぽんと優しく叩いて、

「ありがとうございます、仁木さん。貴方と共演できて良かったわ。これからも八朔といい友人でいてあげて下さいね」

 と朗らかな笑顔を見せた。

 もし俺が女で、八朔といい関係になりそうな女優だったら、今の「友人でいてあげて」という言葉に釘を刺されていると思うだろう。だけど俺は男だし、伊達さんがどこまで感づいているのかは知る由もなかった。なので、ここは言葉の裏の本意を邪推するのは止めて、素直に受け取ることにする。

「ありがとうございます。俺も八朔くんと共演できて良かったと思ってます」

 俺が笑顔で答えると、伊達さんは満足げに「ではまた」と軽くお辞儀をして去って行ったのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

運命の愛を紡いで

朝顔
BL
子爵家の長男だったユーリは、不幸が重なり田舎で寂しくひっそりと暮らしていた。 生きる希望は妹にいつか会うことだったが、借金を負った叔父から脅されて、多額の給金と秘密厳守が条件の仕事を妹を守るために引き受けることになる。 それは、グレイシー伯爵家の双子の兄弟の世話をする仕事だったが、ただのお世話係ではなく……。 不幸な過去を背負って孤独に生きてきたユーリ、過去に囚われたミラン、罪に苦しめられるシオン。 それぞれが愛に目覚めて、幸せを求めて歩きだそうとするのだが……。 三人で幸せになることができるのか……。 18禁シーンは予告なしに入ります。 3Pあり、ラストのみ二輪挿しあり(ソフトです。愛がありますが苦手な方はご注意を) 全五回プラス番外編で完結済み →だったのですが、作者のお気に入りのため、きまぐれて続編投下してます。次回未定のため完結にしておきます。 ムーンライトノベルで同時投稿

白い部屋で愛を囁いて

氷魚彰人
BL
幼馴染でありお腹の子の父親であるαの雪路に「赤ちゃんができた」と告げるが、不機嫌に「誰の子だ」と問われ、ショックのあまりもう一人の幼馴染の名前を出し嘘を吐いた葵だったが……。 シリアスな内容です。Hはないのでお求めの方、すみません。 ※某BL小説投稿サイトのオメガバースコンテストにて入賞した作品です。

初恋を諦めるために惚れ薬を飲んだら寵妃になった僕のお話

トウ子
BL
惚れ薬を持たされて、故国のために皇帝の後宮に嫁いだ。後宮で皇帝ではない人に、初めての恋をしてしまった。初恋を諦めるために惚れ薬を飲んだら、きちんと皇帝を愛することができた。心からの愛を捧げたら皇帝にも愛されて、僕は寵妃になった。それだけの幸せなお話。 2022年の惚れ薬自飲BL企画参加作品。ムーンライトノベルズでも投稿しています。

【完結】王子様の婚約者になった僕の話

うらひと
BL
ひょんな事から第3王子のエドワードの婚約者になってしまったアンドル。 容姿端麗でマナーも頭も良いと評判エドワード王子なのに、僕に対しては嘘をついたり、ちょっとおかしい。その内エドワード王子を好きな同級生から意地悪をされたり、一切話す事や会う事も無くなったりするけれど….どうやら王子は僕の事が好きみたい。 婚約者の主人公を好きすぎる、容姿端麗な王子のハートフル変態物語です。

男とラブホに入ろうとしてるのがわんこ属性の親友に見つかった件

水瀬かずか
BL
一夜限りの相手とホテルに入ろうとしていたら、後からきた男女がケンカを始め、その場でその男はふられた。 殴られてこっち向いた男と、うっかりそれをじっと見ていた俺の目が合った。 それは、ずっと好きだけど、忘れなきゃと思っていた親友だった。 俺は親友に、ゲイだと、バレてしまった。 イラストは、すぎちよさまからいただきました。

不義の澱

深山恐竜
BL
 アルスカは家を出た。彼は14年間一緒に暮らした恋人の浮気を知ってしまったのだ。異邦人である彼は、恋人の愛がないのならばもはやこの国に留まる必要はない。彼は手紙だけを残して、青春時代を過ごしたメルカ国に向かった。そこでは、昔の友人がアルスカを待っていた。友人の手を借りて新しい生活を始めるアルスカだったが、かつての恋人が乗り込んできて…。夢破れ、恋に疲れ、くたびれたおっさんが新しい恋をする。 (おっさん×おっさん) (ムーンライトノベルズにも掲載中)

大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!

みづき
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。 そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。 初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが…… 架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。

僕の策略は婚約者に通じるか

BL
侯爵令息✕伯爵令息。大好きな婚約者が「我慢、無駄、仮面」と話しているところを聞いてしまった。ああそれなら僕はいなくならねば。婚約は解消してもらって彼を自由にしてあげないと。すべてを忘れて逃げようと画策する話。 フリードリヒ・リーネント✕ユストゥス・バルテン ※他サイト投稿済です ※攻視点があります

処理中です...