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第一章
第1話
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「それでは、ただいまより、映画『pursuer ―追跡者―』制作発表記者会見を始めさせていただきます。本日ご登壇いただきますのは、W主演を務めます、八朔レオさん、仁木義嗣さん、そして監督・脚本の椎名俊夫さんです。皆さま、どうぞ拍手でお迎えください!」
司会進行役の女子アナが盛大に煽ると、バシャバシャっと激しいシャッター音が会場を包んだ。
都内某所にある高級ホテルの一室に設けられた記者会見場は、百人余りの報道関係者で埋め尽くされている。煌びやかなシャンデリアが天井を飾り、前面の壁には巨大な映画のタイトルポスターが掲示され、その前に白いテーブルクロスの敷かれた長机が置かれていた。
俺は眩しいフラッシュに目を眇めながら、ぎくしゃくとカーペットを踏みしめて、用意された椅子に腰かけた。こんなにも派手で大々的な記者会見は初めて経験する。それだけこの映画が注目されているという証だ。
本当は「おえっ」と吐きそうなほど緊張しているのだが、何とか涼しい顔を装って報道陣の顔を見渡してみる。
黒光りするレンズはもちろんこちらを捉えているが、そのほとんどは俺の顔から微妙にずれていた。つまりは俺の隣に座っている超絶美形の若い男――八朔レオへと向けられているのだ。
「早速ではございますが、お一人ずつ、まずはご挨拶をいただければと思います」
女子アナに促されて、机上のマイクを手に取る八朔を、記者たちは息を呑んで見つめている。まるで一挙手一投足を見逃すな、という異様な緊張感だ。
「クロウ役を務めます、八朔レオです。よろしくお願いします」
低音でよく通る声が淡々と答える。それだけで八朔はあっさりとマイクを置いてしまった。ぶっきらぼうでそっけない口調だが、甘く色気のあるその響きが乙女たちの心臓を鷲掴みにするらしい。ネット情報だが。
若いのにあんまり愛想ないな……と俺はその横顔をちらりと盗み見た。すっと通った小鼻と、シャープに尖った細い顎のラインが見える。肌は陶磁器のように白く滑らかでシミ一つ見当たらない。緩く癖をつけた短髪は青のメッシュカラーで、役柄に合わせたとはいえ、どこか浮世離れしていた。
シンプルな黒のジャケットを羽織っているが、指にはごつい指輪を二つも嵌めていて、尖っている感じは否めない。堂々としている反面、そんな装いに二十一歳という若さが感じられた。ちなみに本人に年を聞いたわけではない。これもネット情報だ。
どうして俺がこんなにも八朔レオの情報に詳しいかというと、俺がこの男について調べなければならない致し方ない事情があったからで……。
「――――さん、仁木さん?」
女子アナが不思議そうな顔で俺の名を呼んだ。いけない、八朔に気を取られて、自分の番が回ってきたことに気づかなかった。ハッとして慌ててマイクを握る。
「え、えーと、本日はお集りいただきまして誠にありがとうございます。八朔くんとW主演を務めます、カンザキ役の仁木義嗣と申します。どうぞよろしくお願い致します」
立ち上がってぺこりと頭を下げ、精一杯の笑顔を記者たちに向ける。緊張しているせいで、きっとぎこちなく引き攣っているだろうが仕方ない。
八朔くん、なんて馴れ馴れしすぎただろうか。でも俺の方が六つも年上だから別にいいよな?
ちらりと八朔の様子を窺ったが、整った横顔が見えるだけで、こちらにぴくりとも顔を向けない。態度まで愛想のない奴だけど、もう少し俺に興味を持ってくれてもいいのにと、ちょっと悲しい気持ちになる。
椎名監督の挨拶が続き、女子アナが「それでは次に……」と話を変えた。
「椎名監督にお伺いします。本作はオリジナル脚本だということなんですが、どんなストーリーなのか、どんな思いを込められたのか、お教えいただけますか?」
「そうですね。この映画のテーマはずばり「追う者と追われる者」です。架空の世界を舞台にしたSF映画でね、ある濡れ衣を着せられて逃亡する仁木君の役と、復讐を目的にそれを追う八朔くんの役の、二人の男の命を懸けた物語なんですよ」
椎名監督は身振り手振りで楽しそうに説明する。熊のように大きくて丸い身体だが、目が小さくて、赤い眼鏡をかけているせいで、優しくて面白そうなおじさん、という印象の愛嬌のある顔立ちだ。
映画に対する熱い思いをひとしきり喋ると、満足そうにマイクを置いて「次どうぞ」と女子アナを促した。
「では八朔さんにお聞きしたいのですが、まずは昨年大きな事故に遭われて以来、今作が復帰第一作目となられます。日本中の、いえ、世界中の八朔さんのファンの方々が、今か今かとこの機会を待っておられました。今、どのようなお気持ちでしょうか?」
私もそのファンの一人です、と仄めかすように、女子アナは熱い視線で八朔を見つめている。
事故の話を持ち出していいのかと、俺は内心驚いた。もちろん八朔の事務所が承諾しているのだろうが、こういう公の場で本人に話題を振るのは初めてのことだろう。その証拠に、芸能記者たちが一瞬ざわっとどよめいた。
飛ぶ鳥を落とす勢いの若手俳優、八朔レオがバイク事故を起こしたのは、一年ほど前のことである。雨の降る深夜の首都高を走行中、スリップを起こして転倒し、側壁に衝突したのだ。八朔は頭を強く打ち、すぐさま救命救急に運び込まれたが、一時は意識不明の昏睡状態に陥ったらしい。
当時は事故の様子や八朔の容態を伝えるニュースで持ち切りだった。八朔が入院した病院の前で無事を祈るファンがいれば、雨の中を危険運転したせいだと非難する者もいた。
運よく一命を取り留めた八朔だったが、仕事復帰するまでに半年以上を要したという。怪我の詳細は報道されなかったが、身体に後遺症が残ったとか、記憶喪失になったとか、信憑性の薄い噂話が今でも囁かれている。
あの事故について、本人が自ら語るのは初めてのことだ。この記者会見は今日の夕方にはテレビで放送される。数えきれないほどの八朔ファンが固唾を呑んで見守る瞬間だ。
「しぶとく生還してしまって、すみません」
マイクを手にした八朔は、何を思ったか、ふっと皮肉気に笑って言った。俺は隣でぎょっと目を剥く。会場も一瞬しんと静まり返った。
司会進行役の女子アナが盛大に煽ると、バシャバシャっと激しいシャッター音が会場を包んだ。
都内某所にある高級ホテルの一室に設けられた記者会見場は、百人余りの報道関係者で埋め尽くされている。煌びやかなシャンデリアが天井を飾り、前面の壁には巨大な映画のタイトルポスターが掲示され、その前に白いテーブルクロスの敷かれた長机が置かれていた。
俺は眩しいフラッシュに目を眇めながら、ぎくしゃくとカーペットを踏みしめて、用意された椅子に腰かけた。こんなにも派手で大々的な記者会見は初めて経験する。それだけこの映画が注目されているという証だ。
本当は「おえっ」と吐きそうなほど緊張しているのだが、何とか涼しい顔を装って報道陣の顔を見渡してみる。
黒光りするレンズはもちろんこちらを捉えているが、そのほとんどは俺の顔から微妙にずれていた。つまりは俺の隣に座っている超絶美形の若い男――八朔レオへと向けられているのだ。
「早速ではございますが、お一人ずつ、まずはご挨拶をいただければと思います」
女子アナに促されて、机上のマイクを手に取る八朔を、記者たちは息を呑んで見つめている。まるで一挙手一投足を見逃すな、という異様な緊張感だ。
「クロウ役を務めます、八朔レオです。よろしくお願いします」
低音でよく通る声が淡々と答える。それだけで八朔はあっさりとマイクを置いてしまった。ぶっきらぼうでそっけない口調だが、甘く色気のあるその響きが乙女たちの心臓を鷲掴みにするらしい。ネット情報だが。
若いのにあんまり愛想ないな……と俺はその横顔をちらりと盗み見た。すっと通った小鼻と、シャープに尖った細い顎のラインが見える。肌は陶磁器のように白く滑らかでシミ一つ見当たらない。緩く癖をつけた短髪は青のメッシュカラーで、役柄に合わせたとはいえ、どこか浮世離れしていた。
シンプルな黒のジャケットを羽織っているが、指にはごつい指輪を二つも嵌めていて、尖っている感じは否めない。堂々としている反面、そんな装いに二十一歳という若さが感じられた。ちなみに本人に年を聞いたわけではない。これもネット情報だ。
どうして俺がこんなにも八朔レオの情報に詳しいかというと、俺がこの男について調べなければならない致し方ない事情があったからで……。
「――――さん、仁木さん?」
女子アナが不思議そうな顔で俺の名を呼んだ。いけない、八朔に気を取られて、自分の番が回ってきたことに気づかなかった。ハッとして慌ててマイクを握る。
「え、えーと、本日はお集りいただきまして誠にありがとうございます。八朔くんとW主演を務めます、カンザキ役の仁木義嗣と申します。どうぞよろしくお願い致します」
立ち上がってぺこりと頭を下げ、精一杯の笑顔を記者たちに向ける。緊張しているせいで、きっとぎこちなく引き攣っているだろうが仕方ない。
八朔くん、なんて馴れ馴れしすぎただろうか。でも俺の方が六つも年上だから別にいいよな?
ちらりと八朔の様子を窺ったが、整った横顔が見えるだけで、こちらにぴくりとも顔を向けない。態度まで愛想のない奴だけど、もう少し俺に興味を持ってくれてもいいのにと、ちょっと悲しい気持ちになる。
椎名監督の挨拶が続き、女子アナが「それでは次に……」と話を変えた。
「椎名監督にお伺いします。本作はオリジナル脚本だということなんですが、どんなストーリーなのか、どんな思いを込められたのか、お教えいただけますか?」
「そうですね。この映画のテーマはずばり「追う者と追われる者」です。架空の世界を舞台にしたSF映画でね、ある濡れ衣を着せられて逃亡する仁木君の役と、復讐を目的にそれを追う八朔くんの役の、二人の男の命を懸けた物語なんですよ」
椎名監督は身振り手振りで楽しそうに説明する。熊のように大きくて丸い身体だが、目が小さくて、赤い眼鏡をかけているせいで、優しくて面白そうなおじさん、という印象の愛嬌のある顔立ちだ。
映画に対する熱い思いをひとしきり喋ると、満足そうにマイクを置いて「次どうぞ」と女子アナを促した。
「では八朔さんにお聞きしたいのですが、まずは昨年大きな事故に遭われて以来、今作が復帰第一作目となられます。日本中の、いえ、世界中の八朔さんのファンの方々が、今か今かとこの機会を待っておられました。今、どのようなお気持ちでしょうか?」
私もそのファンの一人です、と仄めかすように、女子アナは熱い視線で八朔を見つめている。
事故の話を持ち出していいのかと、俺は内心驚いた。もちろん八朔の事務所が承諾しているのだろうが、こういう公の場で本人に話題を振るのは初めてのことだろう。その証拠に、芸能記者たちが一瞬ざわっとどよめいた。
飛ぶ鳥を落とす勢いの若手俳優、八朔レオがバイク事故を起こしたのは、一年ほど前のことである。雨の降る深夜の首都高を走行中、スリップを起こして転倒し、側壁に衝突したのだ。八朔は頭を強く打ち、すぐさま救命救急に運び込まれたが、一時は意識不明の昏睡状態に陥ったらしい。
当時は事故の様子や八朔の容態を伝えるニュースで持ち切りだった。八朔が入院した病院の前で無事を祈るファンがいれば、雨の中を危険運転したせいだと非難する者もいた。
運よく一命を取り留めた八朔だったが、仕事復帰するまでに半年以上を要したという。怪我の詳細は報道されなかったが、身体に後遺症が残ったとか、記憶喪失になったとか、信憑性の薄い噂話が今でも囁かれている。
あの事故について、本人が自ら語るのは初めてのことだ。この記者会見は今日の夕方にはテレビで放送される。数えきれないほどの八朔ファンが固唾を呑んで見守る瞬間だ。
「しぶとく生還してしまって、すみません」
マイクを手にした八朔は、何を思ったか、ふっと皮肉気に笑って言った。俺は隣でぎょっと目を剥く。会場も一瞬しんと静まり返った。
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