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第六章
第22話
しおりを挟む「可愛い。ヒクヒクしてる……」
「は……、ぁ……っ」
ローションを窄まりに塗り付けながら、八朔がごくりと喉を鳴らした。まるで肉食獣が獲物を前にかぶりつくのを我慢しているみたいだ。
俺の尻の孔が可愛く見えるなんて、お前の目はどうかしてるぞ、八朔。
そうツッコミを入れたいのは山々だが、そこに八朔の指が侵入してきて余裕などなくなった。
「あ、あ、う……っ」
「痛い?」
「い……たくはないけど、なんか……っ」
「なんか?」
「むずむずして……、変……だっ」
八朔の指を迎え入れるのは久々で、違和感に驚いているのか、必死に押し出そうとしてしまう。それに抗うように、八朔の指がさらに奥へ奥へと進んでくる。
「ほら、柔らかくなってきた……」
「ああ……ッ」
指が二本に増やされ、入り口を押し広げるように蠢き出した。見えないから確かじゃないが、多分中指と薬指で、親指は会陰の辺りを強く押してくる。ヤバいほどの痺れが襲ってきて、俺は堪えるように額を枕に擦りつけた。
「んっ、うっ、うっ」
指が抜き差しされるたび、俺の喘ぎ声も漏れ続ける。ぬちゃぬちゃと湿った音と重なって、耳の奥まで犯されているような気分になってしまう。
「あ……っ、ああ……ん……ッ」
突然、ビリッと電流みたいなものが背筋を駆け抜けて、俺は一際大きな声を上げてしまった。
八朔が長い指をくいっと曲げて、俺の中の弱い部分をピンポイントで突いたのだ。
「ここだよね、あんたのイイとこ。ちゃんと覚えてるよ」
「や……め、ほずみ……っ」
ぐちゅぐちゅと容赦なく刺激されて、俺はあまりの快感に腰を捩って逃げようとした。自分ではそうしたつもりだったのに。
「嫌がってないよ、あんたのココは……」
八朔が愉しげに囁いたとおり、俺は無意識に、八朔の指の動きに合わせて腰を揺らしてしまっていた。自分の一番いいところに八朔の指が当たるように、もっともっととせがむように、勝手に腰が動いてしまう。八朔の指を深く深く咥え込んでしまう。
「お、れ……ヤバい、こんな……っ」
自分の醜態が信じられなくて、目にじわっと涙が浮かんだ。八朔が艶のある掠れ声で言う。
「……あんたのそんな姿見せられたら、俺ももう限界だよ」
ずるっと八朔の指が引き抜かれた。急に空っぽになってしまった感覚に戸惑っていると、すぐに熱いものが押し付けられる。
初めてそこに感じる八朔の硬い屹立に、俺の背筋がゾクゾクっと震えた。
「力抜いて」
「あ……!」
「息も、ゆっくり吐いて」
「ふ……ぅ……っ」
迫りくる恐怖と興奮に、俺はただただ八朔の言うとおりに従った。
指とは比べ物にならないほどの質量のモノが、俺の入口を押し広げていく。
「ひ……ああ……ッ!」
めりっと喰い込んできた圧迫感に、咽喉から悲鳴が飛び出した。
「い……っ、痛……、や、うぅ……っ」
拒んじゃ駄目だという思考を裏切って、あまりの痛さに俺は弱音を吐く。
先端の一番太い部分だけを埋めて、八朔が挿入を制止した。大きな掌で宥めるように、俺の腰にある痣を優しく撫でてくる。
「もう少し我慢して。すぐに馴染むはずだから……」
夢で何度も見たという錦との情事を思い出しているのか、俺よりも俺の身体を熟知しているみたいに言う。
本当かよ……! と疑いつつ苦しさに奥歯を噛み締めていると、次第に結合部がじわじわと潤んできた。圧迫感は相変わらずだが、じくじくピリピリする激しい痛みが少しずつ治まっていく。
「あ……?」
「ほらね。ちゃんと頑張って俺を迎え入れてくれてる。可愛いな」
愛おしげに囁きながら、繋がった部分の縁を指先でなぞられる。自分では見えないからこそ、さらにそこに意識が集中してしまう。
「動くよ」
「うぁ……ッ」
俺の身体から強張りが抜けたのを見計らって、八朔が腰を押し進めてきた。
膨張した熱い屹立が、ゆっくりと、だが確実に意志を持って、俺の奥を開拓していく。俺のそこはひくひく震えながらも、八朔のものを必死で締め上げてしまう。
すでに痛みはどこかへ遠のいて、ジンジンするような気持ちよさが襲ってきた。
「あんたの中、熱くてうねってる。……ハハ、俺のが溶けて無くなりそう」
八朔の言うとおりだ。まるでチーズが蕩けるみたいに、俺と八朔の境目が融けて無くなっていくみたいな感覚がする。
「この痣も、余計に浮き出てきたみたいに見える」
腰にある法輪の痣を、八朔の掌がさわさわと撫でてくる。俺の身体が熱を持って、痣が濃くなって見えるんだろう。
「あんたの身体が気持ちよくなってるバロメーターみたいでいいね。もっとイイとこ、突いてあげるよ」
言うや否や、さっき指で執拗に苛められた弱いポイントを、ずんっと突き上げられた。
「あ……‼ あ、ああ……っ」
続けざまに、何度も何度も強く穿たれる。身体も脳も揺さぶられて、目の前で火花が散っているみたいに見えた。
「そこは、だめ……だ……っ。おかしく、な……ッ」
俺は八朔の枕に縋りつきながら、涙声で訴える。だけど八朔は一向に動きを止めず、しつこく攻め立ててきて、さらに俺を乱れさせた。
「……おかしくなって。今だけは、身体も心も俺だけで一杯にして」
「や……、や……ぅ、あっあっあっ……!」
ひっきりなしに声が漏れて、口から溢れ出した唾液で枕を汚してしまう。
当然、枕にはこいつの甘い体臭が染み込んでいるわけで、息を吸い込むたびに俺を興奮の渦に巻き込んでいくのだ。
ああ、やばい。俺ってM気があるんだろうか。
尻を突き出して、後ろから犯されて、獣姦されているような格好をしている自分に興奮する。服従させられているような、相手に全てを支配されているような、そんな錯覚に快感を覚えている。
同じ男なんだから抗うことも簡単なのに、俺の身体はそれを喜んで享受してしまっているのだ。
「んん……ッ」
八朔が再び俺の性器を愛撫し始めた。
口でしてもらったばかりなのに、俺のそこはまた歓喜して、あっという間に芯を持ってしまう。
「い、く……、また、イく……ぅ……っ」
「一緒にイけるかな……? 一緒にいこう、仁木――――」
八朔の腰の動きが激しくなった。俺を気遣う余裕がなくなったのか、狂ったように楔を強く打ちつけてくる。俺は為すがままで、津波のように押し寄せてくる快楽に喘ぎ続けるしかない。
「あ、あ……っ、れ、お……っ、レオ……っ」
「……!」
俺はつい、八朔の名前を切なげに呼んでしまっていた。それがこいつを喜ばせるってことを、ちゃんと分かっているんだ。
「にき……ッ」
案の定、八朔が感激したように、俺を背中からぎゅうっと抱きしめてきた。
俺の顔を後ろへ向け、貪りつくように激しいキスをしてくる。縦横無尽に蠢く舌に犯されて、俺は息も絶え絶えだ。
「んん、ん――――っ」
刹那、一際強く突き上げられて、最も深い部分に八朔が到達したのが分かった。全身がビクビクと痙攣し、俺たちは同時に弾けていた。
俺の溢れ出したもので、シーツに染みができていく。八朔が俺の中から出ていった拍子に、がくっと力が抜けて、うつ伏せのままベッドに沈み込んだ。
法悦の余韻に恍惚としていると、八朔が俺の背中に伸し掛かってくる。
「……ずるいよ、名前呼ぶの。すごく興奮した」
乱れた息を整えながら、いじけたように言う。俺は「ふはは」とつい笑ってしまった。
こういうところ、ほんとチョロいよな、八朔って。俺だって、翻弄されているばかりじゃ悔しいから、少しくらい優越感に浸りたいじゃないか。
俺は身体を反転させて八朔を抱きしめ返した。
「分かっててやったんだよ。こういうときに名前呼ばれるの、好きなんだろ」
俺の耳元で、八朔も「……ふ」と微かに笑う。
「あんたは俺を喜ばせる天才だね」
八朔が嬉しそうなので、俺にも伝染するように幸せな気持ちが押し寄せてくる。
(やっとちゃんとできたんだな、俺たち……)
感無量とはこういうことだ。長いあいだ八朔とこうなりたいと願ってきたから、感慨もひとしおである。
自分が男とセックスできるなんて思ってもいなかったのに、俺の身体はちゃんと八朔に応えていた。痛さも苦しさも、抱かれる側の気持ちよさも、初めて八朔から与えられたものだ。それが自分をこんなにも幸福で満たしてくれている。
俺がじんわりと浸っていると、腕を立ててむくりと身体を起こした八朔が、
「ねえ、もう一回、今度は生でしていい?」
と俺の顔を見下ろしてきた。俺は一瞬唖然として、「ええっ!?」と叫び声を上げてしまう。
八朔は俺の身体を挟んで膝立ちになると、自分の性器から器用にコンドームを抜き取った。いつの間に装着していたのか、それさえ俺は気づいていなかった。なんてスマートな男なんだ。
「げ、元気だな、お前。もう復活したのか?」
八朔は大真面目に頷く。確かに、八朔のそこは少しも萎える様子がなく、相変わらずのデカさと質量を保っていた。
「記憶の中では何百年ぶりなんだよ。あんたをもっと味わいたい」
なるほど、八朔は八朔で、俺とはまた違った感慨に耽っているらしい。妙に納得してしまい、俺はこいつだけじゃなくて、三郎も錦も丸ごと全部愛おしくなってしまう。
俺は笑顔になって、両手を八朔に向かって広げた。
「俺も、お前を抱きたい」
八朔がピキッと硬直して、まじまじと見下ろしてくる。
「それって……」
驚きと戸惑いの入り混じった複雑そうな顔に、俺は苦笑する。自分が抱かれる側になるなんて、露ほども思っていない顔だ。
「違う、そういう意味じゃなくて。……なんていうかこう、お前をぎゅっとしてやりたいってこと」
来い来い、と手招きすると、八朔は嬉しげに、けれどどこか切なげに「うん」と微笑んだ。
ゆっくりと俺に覆い被さり、俺の心臓の鼓動を聞くように、胸に頬をあてる。
「あんたが生きてて、俺の傍にいる。これ以上の幸せはないんだ」
ぽつりと呟くように言う八朔を、俺は子供を抱きしめるみたいに、大事に大事に腕の中に閉じ込めた。時折垣間見える、八朔の孤独な心ごと、強く抱きしめる。
「あ……っ」
二度目の挿入は、さっきよりもすぐに俺の中に馴染んだ。後ろからされるよりも体勢はきつかったが、向き合ってする方がより近くに相手を感じられた。
熱い灼熱の塊が、俺の身体の奥深くまで潜り込み、切ない快感を与えてくる。
じっくり味わうかのように腰を蠢かす八朔に、入口の浅い所を何度も擦り上げられる。かと思うと、今度は衝動的に強く突き上げてきて、いつしか泣き言を漏らすほど乱れさせられた。
俺を組み敷いて荒々しく動く男を見上げながら、俺はまた、補食される側の悦楽に身を焦がしてしまう。
腕や足を絡め合い、汗まみれになって抱き合いながら、すぐそこにある絶頂を追いかけた。
「ひっ……アア――――!」
俺の中で、八朔のものが一際大きく膨張し、ドクドクと脈打つ。熱い迸りが大量に放たれたのを感じて、俺も引きずられるように達してしまった。
「ああ……、お前の……すげえ熱い――――」
マグマのような灼熱の奔流に体内を浸食されながら、甘い痺れに全身を震わせる。
思う存分俺を味わった男が、幸福に満たされた顔でキスをせがんできた。
「あんたの中にいるの、すごく安心する。ずっとこうしていたい……」
口づけの合間に八朔がそう囁くのを、俺は夢見心地で聞いていた。
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