【完結】ままならない男-追ってきた男2-

長朔みかげ

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第五章

第17話

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「じゃあ俺は行く。そいつの目が覚めたら帰りな」

 ぞろぞろと舎弟を引き連れて、裏口から出ていこうとする射手矢さんの背中に、俺は慌てて声を掛ける。

「あっ、ありがとうございました……! また改めてお礼に……!」

 そう言いかけて、それが簡単ではないと気づく。振り返った射手矢さんも、困ったように小さく笑った。

「芸能人が俺らと関わりあんのがバレたら終わりだぞ。もう二度と会わねえことを祈るよ」

 数人の見張り役を店内に残して、スーツ姿の男たちは颯爽と姿を消した。

 すると、見計らったように、ソファーに横たわっていた新田くんがむくりと起き上がった。

「新田くん! 目が覚めたのか⁉」

 ハッとして声を掛けると、少しぼおっとした様子で不貞腐れたように言う。

「……ずっと起きてたよ。気絶したフリしてただけ」
「どこも怪我してないか? 殴られたりとか……」

 俺が近寄ろうとすると、拒むように顔を背けた。

「あーあ。まさかヤクザが乗り込んでくるとはね。オーナーが組と揉めてるって知ってたら、こんな店に出入りしなかったのに」 

 疲れたように乱れた金髪を掻き上げながら、並んで座る俺たちを横目で見やる。

「それに……。そっか、あんたたちデキてたんだ。どうりでおかしいと思ったよ」

 俺は、内心「しまった」と頭を抱える。意識があったということは、俺たちが付き合っていることまでバレてしまったのだ。

「あの飲み会のとき、店の外でこいつに脅されたんだ。仁木さんに近づいて余計なことに巻き込んだら、ただじゃすまさないって。どういう関係なんだって不思議だったんだけど」

(あのとき、そんな話をしてたのか)

 遠目から見ても二人が一触即発の雰囲気を漂わせていたのを覚えている。新田くんを警戒した八朔が、俺のために牽制してくれていたらしい。
 あの一瞬、ショップカードを見ただけで新田くんの狙いに気づき、独自に行動を開始したなんて信じられない。どこまで凄い奴なんだと尊敬してしまう。

 だが、今は惚れ直している場合ではないと自分を戒めた。
 ムスッとしている新田くんに、俺は何とか忠告する。

「俺たちのことよりも、全部聞いてたなら分かっただろ。これ以上彼らの手助けをしなければ、お前を見逃してくれるって射手矢さんが約束してくれた。これを機に連中とは関係を絶った方がいい」

 俺の言葉に、新田くんは自嘲気味に薄く笑う。

「……仁木さんのおかげだね。本当にお節介なんだから」
「なんだと?」

 辛辣な言葉に、俺ではなく八朔の方が苛立ちを露わにした。席を立ち、新田くんに詰め寄ると、その胸倉を掴み上げる。

「一人でさっさと逃げ出しやがって。お前みたいな薄情なやつに、仁木を悪く言う資格はない」

 顔を近づけ、押し殺した声で非難する。身長差のある新田くんは、引きずられるように立たされても抵抗せず、なすがままだ。どこか投げやりな態度にも見える。

「いいんだ、八朔。やめろ」

 俺も立ち上がり、八朔の腕を掴んで制止した。

 文句を言いたげな八朔だったが、俺が無言で首を振ると、しぶしぶといった様子で新田くんを突き放す。崩れるようにソファーに座り込んだ彼を、俺は複雑な気持ちで見つめた。

「……新田くん。お節介でも偽善者でも、俺はどう思われても構わない。新田くんのためじゃなくて、自己満足でやっただけだ。同じ俳優仲間が破滅していくのを見たくなかった」

 虚ろな目で見上げてくる彼に、俺は正直な気持ちを話した。

「だけど、これ以上は俺も口出ししない。俺の言葉が少しも届かないなら諦めるしかない。残念だけど、決めるのは新田くんだから」

 俺の言葉に、新田くんの視線が揺らいだ。どこか不安げな子供のような顔をして、力なく俯いてしまう。これまでずっと見せていた、物怖じせず自信家な姿はどこにもなかった。

「お前、今日見聞きしたこと、誰にも言うなよ」

 八朔が底冷えするような冷たい声で言う。まだ新田くんを警戒しているらしい。

 確かに、八朔や兄であるランさんが、ヤクザと関係を持っていることも知られてしまったのだ。芸能活動をする身としては、弱みを握られたとも取れる。事務所やマスコミにリークされれば世間は大騒ぎになるはずだ。

 最悪の事態を想像して俺も不安になる。新田くんの様子を窺っていると、彼は何かを考え込むようにじっと黙り込んでいた。ややあって、悔しげに「フン」と鼻を鳴らす。

「……言わないよ。あんたを敵に回したらヤクザが出てくるんだろ? そんなの百害あって一利なしじゃん。それに……仁木さんには借りができたからね」
「え……」
「仁木さんのおかげで命拾いしたのは事実だから」

 新田くんはよろめきつつ立ち上がり、俺たちに背を向ける。肩越しにチラリと八朔を振り返ると、

「正直、あんたが羨ましいよ、八朔レオ。あんたのためにこんなところにまで乗り込んできてくれる、仁木さんみたいな相手がいてさ」

 そう言い置いて、彼は一人で店を出て行った。あとを追うようにスーツの男が一人動いたので、しばらくは本当に見張りがつくのだろう。

 急に静まり返った室内で、俺と八朔は顔を見合わせた。

 お互い精神的に疲れ切っていて、脱力したようにソファーに座り込む。八朔がさっそく俺の肩にもたれかかってきた。俺も八朔に身体を預け、ほっと一息つく。

「新田くんも、これであいつらとの関係を絶ってくれたらいいけど」
「どうだか。ああいう奴はどんな目に遭っても怖いもの知らずで、深刻に捉えねえから。まあ少しは懲りたんじゃない」

 八朔は興味なさげに呟くが、俺はなんとかそうなって欲しいと思わずにはいられなかった。

 店を出ていくときの新田くんの寂しげな顔が脳裏に焼きついている。彼が先日、俺に話した生い立ちや苦労話も、すべてが嘘だったとはどうしても思えなかった。

 彼はただ、本気で自分を心配してくれる相手が欲しいだけなんじゃないだろうか。危ない道に足を踏み入れそうになったら、必死で止めてくれるような誰かが。
 そういう人がこれまでに一人でもいれば、まったく違う人生を歩んでいたのかもしれない。

「また、俺以外のやつのこと考えてる」

 新田くんに想いを馳せていると、咎めるように八朔が言った。うっと言葉に詰まる俺を肩口から見上げながら、

「ねえ。あいつが言ってた、俺のために乗り込んできたってどういう意味?」

 と不思議そうに問いかけてくる。俺は顔をしかめて、天井の淡いライトを見上げた。

「新田くんや影山さんが、この店でお前を見たって言うからさ。まさかとは思ったけど、居ても立っても居られなくて……」

 自分の目で確かめるまでは信じないと覚悟を決めていた。けれど、本当は怖くてしょうがなかったのだ。それだけ俺たちのいる芸能界は危うい場所なのだと、影山さんの件で身に染みてしまったから。

 俺は投げ出されていた八朔の手に、そっと自分の手を重ねた。

「さっきお前、俺が影山さんのために……って言ってたけど、俺だって何でもかんでも首を突っ込むわけじゃない。お前じゃなかったら、きっとこんな危険なところになんて――――」
「俺のために来てくれたの?」

 八朔が驚いたように目を瞠り、俺の手をぐっと握り返してくる。俺は急に照れ臭くなって、「そ、そうだよ!」とヤケクソ気味に答えた。
 八朔は嬉しそうに顔を綻ばせると、俺にきちんと向き直り、実感のこもった声で言う。

「俺がクスリなんかやってないって、信じてくれて嬉しかった」
「当たり前だろ! もしそんなことになってたら、殴り倒して監禁してでも無理やり止めさせてやる!」

 俺が断言すると、八朔はさらに破顔して、子供のように「うん」と頷いた。その顔を見ていると、それまでの緊張感がいっきに解けてくる。
 俺は気が抜けたように深い溜息をついた。

「でもまさか、本物のヤクザさんが出てくるとは思わなかったよ。銃を見たときは死ぬかと思った……」
「俺だって、あんたが店にいるの見て肝が冷えたよ。言っても無駄かもしれないけど、危ない真似はもうしないで。誘拐事件のときといい今回といい、トラブルに巻き込まれすぎ。俺の寿命が縮むよ」

 八朔が顔を近づけてきて、俺の額にコツンと自分の額を合わせてきた。仄かな熱が伝わって、少しくすぐったい。

(……あ、トラブル体質……)

 俺はいつかの占い師の言葉を思い出していた。俺も、俺の恋人も、トラブル体質な星を持っているんだっけ。
 確かに八朔だって、バイク事故に遭うわ誘拐犯に刺されるわ、そのうえヤクザと関わりまであるんだから、俺なんかよりよっぽどトラブル続きの人生だよな。

「そっくりそのままお前に返すよ、その言葉」

 俺は苦笑しながら、じっと目を閉じる。八朔の首に腕を回して、軽く引き寄せた。

「俺たち二人ともトラブル体質らしいから、一緒にいる限り平穏無事には過ごせないかもな」
「何それ」

 よく分かっていない様子の八朔が、ふっと笑う気配がする。

「でも大丈夫だ。愛があれば、乗り越えられるはずだから」

 照れ臭い台詞も、目を閉じていれば素直に言えるみたいだ。一瞬身じろいだ八朔が、どこか弾んだ声で「……そうだね」と囁いた。

 そのまま唇を近づけて、触れ合おうとした矢先――――。

「ゴホン!」

 低い咳払いが聞こえてきて、俺たちはドキッと固まった。

 ギクシャクと声のした方を見ると、店の見張り役を任されているらしい厳つい顔の舎弟が一人、居心地悪そうにこちらをチラチラと盗み見ている。

 気まずい空気が流れ、「すみません……」と俺たちはそろそろと抱擁を解いた。目の前でイチャイチャされては、さすがのヤクザもこの困り顔だ。

 俺たちは顔を見合わせて、堪えきれずに小さく吹き出したのだった。
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