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第五章
第15話
しおりを挟む「ちょ、ちょっと二人とも早く座ってよ、目立つから!」
新田くんが周囲を警戒して小声で注意してくる。けれど俺たちは無言のまま睨み合っていた。八朔は真一文字に唇を引き結び、何の言い訳もしようとしない。
「お前ら何騒いでんだ? ああ?」
到着したばかりのオーナーが、八朔の後ろから目ざとく声を掛けてきた。陰気な目をしていて、ここにいるどの半グレ男よりも凶悪な雰囲気を漂わせている。
俺がギクリと強張ると、男を振り返った八朔が俺の前に立ちふさがった。俺を守ろうとするかのように自分の背で隠したのだ。
「……!」
その行動に、半年前、雪山で誘拐犯から俺を救ってくれた八朔の姿が重なった。単身で乗り込んできて、腹を刺されて怪我しても、最後まで俺に危険が及ばないようにと必死になっていた姿が。
その瞬間、俺は何の根拠もないのに確信する。
(お前、やっぱり……!)
やっぱり、八朔はクスリなんてやってない。そんな弱い男じゃない。俺が惚れた男は、俺に顔向けできなくなるような真似なんて絶対にしない。
だったらどうして、ここにいるのか。きっと理由があるはずなのだ。
問い質そうにも、オーナーが八朔に詰め寄り、その肩口からついでに俺の顔もジロジロとねめつけてくる。
「お前ら二人とも、クスリキメに来たにしては何か怪しいな。まさか、余計なこと嗅ぎまわってんじゃねえだろうな、アア?」
威嚇しながら胸倉を掴みにきたオーナーの手首を、八朔はすばやく両手で掴み、いとも容易く捻り上げた。
「いででででっ、うわっ!」
そのままの勢いで、グンッとオーナーの身体をなぎ倒す。オーナーは側にあったテーブルごと床の上にひっくり返った。
そういえば、八朔は男を締め上げられるほど腕が立つんだった。何とも頼もしいが、この場面でオーナーを倒しちまうのはヤバくないか?
「何やってんだ、てめえ!」
俺が危惧したとおり、オーナーの危機に顔色を変えた仲間たちが、勢い勇んで席を立つ。俺たちはあっという間に周りを取り囲まれてしまった。
八朔は焦る様子もなく、平然と突っ立っている。どうする気なんだと俺がパニックに陥っていると、
「キャ―――‼」
「!?」
突如、ホール側から甲高い悲鳴が聞こえてきて、何事かと室内がざわめいた。
野太い怒鳴り声や、グラスが割れる音が立て続けに起こり、その場は騒然とする。
「ガサ入れだ! 動くな‼」
スイングドアが開け放たれ、入ってきたスーツ姿の男が声を張り上げた。
長身の見栄えのする男で、薄い色のサングラスをかけている。警察手帳を見せびらかしながら、堂々と部屋の中へ入ってきた。
「マズい! 逃げろ!」
オーナーがよろめきながら叫ぶが、サングラスの男の後ろから、他にも数人のスーツ姿の男たちが押し入ってきて、あっという間に室内は包囲されてしまった。
「逃げても無駄だ。店の周りは俺の舎弟が取り囲んでるからな。ホラそこ、暴れると痛い目見るぞ」
抵抗して殴り掛かろうとする半グレたちを、スーツの男たちが殴りつけ蹴りつけしながら難なく取り押さえていく。かなりの手練れが揃っているようだ。
俺と八朔の傍にも、数人が立ち塞がる。
「ほ、八朔……っ」
「じっとしてて。動かないで」
八朔は俺を背に庇ったまま肩口に振り返り、小声で合図してくる。俺は何度も頷いた。
抵抗する素振りを見せなければ、男たちも無理やり拘束しようとはしてこなかった。ただ傍で監視するように直立している。
俺はハッとして新田くんを振り返った。そこに彼の姿はなく、いち早く裏口から逃げ出したようだった。何てすばしっこい奴なんだと俺は舌を巻く。
それにしてもこのスーツの男たちは本当に警察なのか?
どいつもこいつも半グレたちとそう変わらない強面だし、よく見れば高価そうなネックレスや指輪を身に着けているやつもいる。中には指先が数本見当たらない男までいて……。
(これじゃあ、まるで……)
警察ではなく、半グレよりもヤバい連中なんじゃないかと思い当たったそのとき、サングラスの男が、ソファーに取り押さえられたオーナーにつかつかと歩み寄った。
「い、射手矢さん……」
二人はどうやら知り合いらしい。
射手矢と呼ばれた男は、堂々たる風格でオーナーを睨み下ろしている。おそらく八朔よりも背が高く、ガタイもいい。男の目尻の辺りにも、刃物で切られたような深い傷跡があり、やはり堅気ではない雰囲気がひしひしと伝わってきた。
男の一挙手一投足に誰もが注目しているようで、その場はしんと静まり返る。男にはそうさせる威圧感のようなものがあった。
「ガサ入れだ! って驚いたか? 一回やってみたかったんだよ、サツみてえにな」
射手矢が警察手帳をぞんざいに投げ捨てた。偶然、俺の足元に落ちたそれを見やると、よく出来てはいるが子供のイラストが書かれた玩具だった。俺は唖然とする。
「な、なんで如月會の若頭がこんなところに? あんたほどの人が遊びに来るような店じゃないですよ……はは……は」
オーナーの男が、青ざめながら苦し紛れにへらへらと笑った。
如月會、という名前に俺は「やっぱり」と頭を抱えたくなる。このスーツの連中は警察じゃなくて本物のヤクザなのだ。
半グレが営む店に潜入したこと自体が危険なのに、そこにヤクザまで乱入してくるとは。最悪な状況に置かれているのは間違いない。
射手矢は店の中を視線だけでくるりと見回して、
「確かに趣味が悪い。俺はもっとシックで、男を抱きたくなるような色気のある店が好きだ」
と、にやりとして言った。
「……は?」
オーナーがポカンとする。俺も同じ心境だった。いきなり何を言い出すんだ、この人は?
若頭という地位に君臨しているらしい男の言動に、横槍や苦言を呈する者などいないらしく、居並ぶ男たちはみな黙って耳を傾けている。
「先日な、組の金を持ち逃げしようとした若い衆がいてよ。締め上げたら、シノギとして頼りにしていた半グレと揉めて、金を奪われたって泣きついてきやがった。てめえが仲間らと覆面被って襲撃したんだろ?」
「し、知らねえよ……」
目を泳がせてとぼけるオーナーの頭を、身を屈めた射手矢がガッと掴んだ。有無を言わさぬ力で顔を上げさせ、ずいと目前に詰め寄る。
「そのうえお前ら、大麻だけじゃなくてシャブにまで手ぇ出してんだって?」
「そ、それは……っ」
「困るんだよなあ。俺らのシマで勝手な商売始められるとよ。ほら、組としては表向きクスリは禁止しててな。お前らがもし捕まって、警察にこっちまで目ぇつけられると厄介だろ? 最近は暴対法とか特に厳しいからよ」
顔を苦しげに歪めるオーナーの頭をパッと放して、射手矢はおもむろに立ち上がる。凄みのある笑みを口元に浮かべながら、低い声で威圧した。
「上手いこと仲良くやっててくれれば、俺も知らんフリして見逃してやれたんだがな。っとに、若い連中はすぐ裏切ったり揉めたりしやがる。お前らにはちょっとお仕置きが必要だな。この店も俺が預かる」
「ああ!? ふざけん……ガァ……ッ‼」
歯向かおうとしたオーナーに最後まで言わせず、射手矢の素早い蹴りが顎にヒットした。男は白目を剥いて、どっとソファーに倒れ込む。
「連れていけ。目障りだ」
射手矢が傍にいた舎弟に命令すると、数人の男たちがぐったりとしたオーナーをどこかへと運び去って行った。室内にいた他の半グレたちも、次々と連行されていく。あの男たちがこのあとどうなるのか、考えるだに恐ろしい。
「さて、と」
射手矢が不意に俺たちに顔を向け、冷ややかな視線で睨め付けてきた。
「君らはちょっとそこに座ろうか」
「――――え」
「おら、座れ!」
後ろにいた舎弟に無理やり肩を押さえつけられ、俺はソファーに座り込んだ。八朔も周囲を警戒するように睨みながら、ゆっくりと腰を下ろす。
射手矢がゆったりとした足取りで近づいてきて、自らも向かいのソファーに腰を落ち着けた。サングラスを取り、スーツの胸ポケットに仕舞う。
間近で見ると、存外に若い面立ちをしていた。俺とそう変わらないかもしれない。おそらく三十代前半だ。
黒々とした髪をワックスでゆるく後ろに流し、芸能界にいてもおかしくないほど精悍な顔立ちをしている。けれど、意志の強そうな瞳の奥には得体の知れない冷たさがあり、威風堂々とした迫力があった。ひと睨みされただけで竦み上がってしまいそうだ。
半グレ集団がいなくなって一安心どころか、ヤクザの若頭を相手にする羽目になるなんて。周囲は厳つい男たちで包囲されているし、逃げ出すのは不可能に違いない。
万事休す、四面楚歌、絶体絶命。こんな場面に相応しい熟語が頭の中を駆け巡る。
射手矢は尊大に足を組み、俺と八朔の顔を眺めた。
「君ら、二人とも芸能人だろう?」
なんでバレているんだと、俺は青くなる。八朔は超有名人なので気づかれても仕方がないが、俺にも少しはその風格が出て来たんだろうか。
「こんな店にいるってことは、クスリの売買に首突っ込んじまったのか? まさかあいつらの仲間じゃねえよなあ? いや、本当は警察のスパイってこともありえる」
いやいや、ありえないだろ、という可能性を次々口にされて、俺は呆然とした。どう言い訳しようかと考えあぐねているうちに、射手矢はすっと八朔に視線を移す。
「とくに、お前だ。目つきが恐ろしく悪い。いけ好かねえ野郎だ」
悠々と座っていた背もたれから背中を離し、射手矢はスーツの懐にすっと手を忍ばせる。おもむろに黒く光る拳銃を取り出したのを見て、俺はざっと血の気が引いた。
「今度は玩具じゃねえぞ。まだ死にたくねえだろう? 本当のことを吐けよ」
銃口を八朔の額にぴたりと押し付けた。八朔は微動だにせず、射手矢を睨みつけている。
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