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第一章

第2話

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 番組収録が終わって、俺たちは控室でお茶を飲むことにした。長机と折畳み椅子が置かれただけの簡素な部屋で、花ちゃんがペットボトルのお茶をコップに注いでくれる。

「お疲れ様です、仁木さん。久々にお仕事ご一緒できて楽しかったです」

 鈴の音のような可愛らしい声で、花ちゃんが朗らかに言った。

 彼女は俺なんかよりも遥かに多忙な人気女優だが、今回俺たちは初のCM共演が決まり、その流れで占い番組にも一緒にゲスト出演したというわけだ。半年ぶりに見る花ちゃんは、ウェーブのかかったボブヘアーが可愛らしくて、華やかさの塊みたいな存在感を醸し出している。

「だけど、前世なんてあるわけないじゃないですかねえ、仁木さん。ファンタジーじゃないんだから」

 前世なんてあるわけない、と言い切った花ちゃんに、俺は「え、え」と言葉に詰まった。何と答えようかと迷っていると、花ちゃんは、にやりと不敵な笑みを零す。

「……な~んて、私が二人のことを何も知らなければ、きっとそう言ってましたよ。でも仁木さんとあいつは、前世からの縁があるんでしたよね、確か」
「え、えーと」
「映画撮影で私たちが初めて共演したとき、二人が前世がどうのこうのって話をしてたなって思い出して、ビックリしちゃった。あの占い師、ちょっと胡散臭いと思ったけど、実はすごい当たる人なのかも」

 そうなのだ。あの占い師はドンピシャで俺の最近の出来事を言い当てた。

 俺は確かに今、前世からの縁がある男と付き合っている。相手はいま芸能界で最も注目され、破竹の勢いで活躍中の若手俳優――――八朔ほずみレオだ。

 俺たちの出会いは半年前。来年の春に公開を控えている映画『pursuer ―追跡者―』でW主演を努めたのがきっかけだった。八朔にとってはバイク事故を起こして休業したあとの復帰作であり、俺は八朔の代役でドラマ主演を果たしたことがきっかけで、注目され始めたばかりの頃だった。

 出会った当初の八朔は、外見だけは超一級だが、それはもう生意気で無愛想で、俺より六歳も年下なのに、年上を年上とも思わない横柄な態度をとる奴だった。芸歴は俺の方が短いから、下手に出て何とか上手くやろうとは思ったが、俺も気が短い方なので、当然俺たちの仲は不穏なものになる。

 それがある日、ホテルの温泉で偶然鉢合わせたとき、俺の左腰にある珍しい形の痣を見た八朔は、何を血迷ったか、俺に「好きだ、愛してる」と迫り始めたのだ。
 八朔曰く、バイク事故で意識不明に陥っていたとき、前世の記憶を夢で見るという不思議体験をしたらしい。

 八朔の前世の恋人は、腰に法輪の形をした痣を持っていた。死に別れたという恋人を追いかけて転生した八朔は、同じ痣を持つ俺こそが彼の人の生まれ変わりだと言うのである。

 そんな摩訶不思議な話を俄かには信じられず、「こいつは何をとち狂ったんだ」と俺は拒否し続けた。だけど、前世の記憶に思い悩むあいつの姿や、俺をひたむきに見つめてくる熱い視線に、俺も次第に惹かれていくのを止められなかった。そのうえ――――。

「そのうえですよ! トラブル体質っていうのも当たってますよね。あの映画の撮影中、仁木さんと私、賽銭泥棒に誘拐されちゃうし、助けにきた八朔も刺されちゃうしで、大変だったもの」

 花ちゃんは当時を思い出したのか、眉間に皺を寄せて険しい顔をした。

 あのとき、俺と花ちゃんは、偶然遭遇した指名手配犯に誘拐されてしまった。そして俺たちを助けに来てくれた八朔もまた、犯人に脇腹を刺されてしまったのだ。
 俺も頭を殴られたり、助けを求めに吹雪の中をバイクで走ったりと、なかなか大変な経験をした。

 そのときだ。朦朧とする意識の中で、俺自身もまた、自分の前世と思われる夢を見たのである。八朔によく似た男が傍にいて、自分の死の間際、また来世で会いたいと願う、とても切ない夢だった。目覚めたとき、無意識に泣いていたくらいに。

 あの夢が、本当に前世の記憶なのかどうか、それは俺にも他の誰にも分からない。まるで夢物語みたいな話だし、付き合い始めのカップルが熱を上げ、お互いに浮かれているだけだと馬鹿にされそうだけど。

 それでもいいと俺は思っている。他人にどう思われようが知ったことじゃない。それに前世も大切だけど、今の自分たちのこれからの方が大事だと、あのとき俺と八朔は気持ちを確かめ合ったのだから。

 一人感慨に耽りそうになっていた俺の横で、花ちゃんがコクコクとお茶で喉を潤しながら言う。

「でも、当たってるわりに、アドバイスが〝愛で乗り越えろ〟だなんて、適当過ぎますよね。平穏無事に過ごすのは難しいとか、試練が多いとか、不安を煽るようなこと言っちゃって。未来が見えてるんなら、もっと具体的に解決策を教えてよ、って話ですよ」

 花ちゃんの明け透けのない性格が顔を覗かせ始めた。彼女の指摘はもっともで、俺も若干、占い師のアドバイスには拍子抜けしたもんなあ。

「で、上手くいってるんですか、八朔と」

 俺たちの馴れ初めを知っている花ちゃんが、ズバリ聞いてくる。俺は「うーん」とあらぬ方向を見つめて、鼻をぽりぽりと掻いた。

「実は、最近会えてなくて……。映画の撮影のあとも、お互い死ぬほど忙しかったし、今もあいつはモデルの仕事でフランスに行っててさ」

 初耳だったようで、花ちゃんは睫毛の長い目をパチクリさせる。

「そうなんですか? いつ戻ってくるって言ってました?」
「正確には分からないけど、来月あたりかな? 何日か前にメールはしたから……」
「ふうん。……ったく、八朔のやつ、仁木さんほっといて何やってるんだか」

 なぜか八朔に対してぼそっと毒づく花ちゃんに、俺は慌ててフォローする。

「相変わらず、すごい人気だよな。ひっきりなしにオファーが来るんだから、羨ましいよ」
「仁木さんは、会いたくないんですか?」

 やにわにそう返されて、俺はドキリと固まった。花ちゃんが俺の心を見透かそうとするかのように、じっと見つめてくる。

「そ、それは、まあ……。でも仕事だから仕方ないっていうか……」

 歯切れ悪く返した俺に、花ちゃんは呆れたように「……はあ」とため息をついた。

「物分かりがいいのも考えものですよ、仁木さん」
「え」
「占いでも言われてたでしょ。物分かりが良くて八方美人で、なかなか自分を見せないって。仁木さん見てると、それ、すごく分かるんですよね。誰に対しても優しいけど、誰にでも同じ態度っていうのかな……」
「手厳しいな、花ちゃん」

 俺は苦笑いするしかない。俺ってそんなに事なかれ主義みたいな奴に見えてるんだろうか。なかなかショックな事実なんだけど。
 花ちゃんはまるで恋の指南役みたいな物知り顔で、俺にアドバイスをしてくれる。

「まだ付き合い始めなんだし、会いたいなら会いたいって素直にならないと、八朔の方がいじけちゃうかも。あいつ独占欲ハンパないから、不安になるなんてものじゃないですよ、きっと」
「花ちゃんのほうが、八朔のこと、よく理解してる気がする……」

 ついそんな感想を漏らすと、花ちゃんはふふっと意味ありげな笑みを零した。

「もちろんですよ。片想いの相手は、何よりも観察が重要なんですから。私が仁木さんの恋敵だってこと、忘れてないですよね?」
「……そうだったね」

 出会った頃、犬猿の仲のように見えた八朔と花ちゃんだったが、実は八朔に恋心を抱いていることを彼女は俺に打ち明けてくれた。俺なんかよりもずっと前からの付き合いだろうし、八朔を見つめる目はとてもひたむきだった。

 俺と八朔が付き合い出すなんて、彼女にとっても青天の霹靂だっただろう。だけど俺をライバル視しつつも、今のところ俺たちの関係を認めてくれているらしい。
 失恋した花ちゃんだが、その後、誰かと噂になっているとか、密会がスクープされたなんて話は聞いていない。あんな魅力的な男に恋をしてしまったら、なかなか他の異性に目がいかないのも当然だ。

 付き合っているくせに、八朔の仕事のスケジュールも把握していないし、自分の気持ちすら曖昧な返答しかできない俺を、花ちゃんがどう思っているのか気になってしまう。恋人なのにその程度の関係性なのかと責められているような気がして、何だかいたたまれなくなってきた。
 俺が無意識にしゅんとしてしまっていたのか、花ちゃんは慌てて取り繕うように言った。

「やだ、私ったら、余計な口出しですよね。ごめんなさい」
「いやいや、そんなことないよ。色々気にかけてくれてありがとう」

 彼女に気を遣わせてはマズい、と俺も急いで礼を言う。俺たちはしばし無言で見つめ合ってから、お互いに「はあ」と肩を竦め合った。

「八朔のやつ、私たちがこんな話してるなんて、微塵も思わないでしょうね」
「本当だね。ちょっと憎らしいよ」
「それどころか、「俺を差し置いて、一緒に仕事するな」とか私が文句言われそう。それくらい、あいつは仁木さんのことが大好きでたまらないやつですから。ちゃんと美味しい餌をあげて、面倒みてあげて下さいね」
「はは、まるで犬扱いだ」

 遥か遠い空の下にいる男の顔を想像したら可笑しくなってきた。確かに、あいつならそんな文句を言いそうだ。

 同業者であり、八朔を巡ってライバル同士でもある俺と花ちゃんが、こうして恋バナをしているっていうのも不思議な関係だ。これも占いで言うところの、何かしら縁があるっていうやつなんだろうか。

 だとしたら、前世からの縁で、運命の相手であるはずの俺と八朔が、何となく宙ぶらりんな関係のままなのはどうしてなんだろう。

 どうか神様、教えてほしい。
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