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プロローグ:2年3組 櫟 縁人(1)

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「本当に、それでいいの?」

僕にそう聞く顧問の表情からは優しさの色など一切感じられず、むしろ『迷惑がっている』という印象を感じられた。

無理もない。

部活の中で数少ない戦力として重宝してきて、これからもっと活躍してもらおうと思っていたメンバーが急に退部すると言い出したのだから、面白くないに決まっている。

でも僕は、彼女の態度を見て、どこか安心した。

結局この人も僕のことなんかより、自らが顧問を務めるこの部活の評価、ひいては彼女自身の評価しか気にしていなかったからだ。

エースの僕が抜けると、今まで学校内外から高い評価を得ていた部活の評判がどうなるかわからないし、そればかりか、「部員の心のケアをしっかりと行って来たのか。」と教師陣から批判の目を向けられるかもしれない。

おそらく彼女の頭の中には、これから先の自分のことしかないのだろう。

だから僕は安心する。

『人は結局、自分可愛さしか能がない、弱くて汚い存在』だという持論が間違っていなかったからだ。

他者に対してどんなに優しくしたって、誰も心なんか開いてくれないし、必要とあらばに捧げられる。

僕はそれを、つい先日、痛いほどに理解させられた・・・

「はい。もう決めたことなんで。」

引き留めにかかる顧問に突き放すように、僕は冷たい口調でそう言った。

「あんなに一所懸命楽しそうに打ち込んできたのに、もったいないとは思わないの?」

ほら来た。お決まりの台詞セリフ

本心ではそんなこと、微塵も思ってないくせに。

「色々考えてみたんですけど、僕にはこの部活の空気が合っていないと思った次第なので。」

僕は顧問にをついた。

この部活での日々は正直言ってすごく充実していた。

自由に富んでいて、したい事、挑戦すべきことにがむしゃらに熱中できていたし、他の部員とのコミュニケーションも彼等が割かし自分と似たような価値観を持っていたために弾んだ。

でも僕は、そんな彼等のある意味では人間らしい醜い部分をまざまざと見せつけられたため、途端に、そんな奴らが面白がって行ってきたことをやってきた自分がバカみたいに思えた。

でも、自分の気持ちに蓋をしたウソを口にしている時点で、結局僕も、アイツ等と同じか・・・

僕は心の中で、僕自身を嘲笑した。

「・・・。そう。」

「もうこれ以上説得するのはムダか。」と察したのか、顧問は不服そうに呟いた。

「はい。本当に、すみません・・・」

僕は顧問に詫びたが、それも決して本心からではなく、が最低限のマナーだろうという極めて機械的な考えに基づくものだった。

「君がそう決めたのだから、こちらとしてはもう何も言うことはないんだけど・・・」

僕は彼女が本当に諦めてくれたことが分かり、胸を撫で下ろした。

「では、分かってくれたみたいなんでこれで失礼します。退部届については、改めて担任に提出しますので。」


自分でもびっくりするくらい冷淡な口調で、僕は今後の処理を彼女に伝えた。

「あのさ、いちい君。」

ドアを開けて顧問室から退室しようとした僕を、顧問が呼び止めてきた。

「何ですか?」

「ちなみにさ、ここを止めた後に、どこか入ろうと思ってる部活とかある?」

僕は取り留めもなく大したことのないことを聞くために制止した顧問に、若干の苛立ちを覚えた。


「あなたがいちいち気にすることですか、そんなこと。」

僕は彼女の、まさに鳩が豆鉄砲でも喰らったような表情から目線を逸らすことなくドアを「ピシャ!!」と閉めると、窓から差し込む夕焼けのギラギラとした明かりを全身に浴びながら廊下を歩き出した。

自分の右の窓からは、グラウンドで練習する野球部の「カキンッッ!!」と鉄のバットに硬球が勢いよく打ち付けられる音が聞こえ、左の窓からは体育館を借りているバレー部の掛け声と、そのボールが、ニスが張られた床でよく弾む音が耳に入り、さながらまるで映画やドラマのワンシーンの只中に入ったように思えて、ついノスタルジーな気分に駆られた。

先ほどの顧問の問いに対する答えだが、僕はもう部活に入るつもりはなかった。

今回の一件で、僕は他者と関わることが如何に愚かで生産性のない行為であるか、痛感した。

他者に対して優しさや親しみを見せたり感じたところで、一方が土壇場になれば裏切られて、結局は自分がバカを見るか傷つくだけだ。

そうなるくらいだったら、他人との必要以上の繋がりなんか、最初はなから持つ必要なんてない。

人と人との縁なんて、必要最低限コンパクトなもので、十分だ。

そう固く心に決め、僕は学校の廊下を、まるで戦士が凱旋するかのようなオーラを漂わせて、ただ悠々と歩くのだった。




◇◇◇




そんな僕の頑固な決意に反して、僕はしばらくしたらまたとある部活に入ることとなる。

そこで僕は、この先の人生で忘れようにも忘れられない、濃すぎるにも程がある体験をしてしまうのだ。
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