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第五章 : 救世主と英雄

夫婦の絆

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小屋の戸を開け中に入ると、火がくべられた暖炉の前にイスを置いて座りながら、ルーチェが帰って来た私を迎えてくれた。

「おかえりなさい、ファイセア。」

「ああ。ただいま。」

「それで・・・どうだった?」

暗い顔で首を横に振ると、そんな私につられてルーチェも落胆しながら俯いた。

「そう・・・。今日も、ダメだったのね・・・。」

「すまん・・・。」

アドニサカ魔政国の領土に入ってはや一週間が経過した。

私とルーチェは、ノイエフのことを探し回った。

僅かな足取りも見逃さないよう、それこそ徹底的に。

しかし、奴の行方は一向に掴めずにいた。

「気にしないで。私も、あなたのこと言えないから・・・。」

「召喚した天使は戻って来ず、か・・・。」

私が足で居所を探している間、ルーチェにはここで留まってもらい、代わりに彼女は魔能で天使を召喚してそれに空から探させている。

しかしながら、黎明の開手ひらきてを裏切った彼女が、かの集団を保有する国の領土で目立った活動をするのは非常に危険なため、召喚した天使には“夕暮れまでにノイエフを発見できなかった場合、自動的に消滅する”という制約を付けている。

こうでもしないと、彼女の身の安全を保証できる自信がない・・・。

「ねぇファイセア?」

「どうした?」

「この一週間で、アドニサカの辺境は徹底的に探したわ。だけどノイエフ君の行方は一向に不明のまま・・・。この辺りが限界なんじゃないかしら?」

「何が言いたい?」

ルーチェは少し黙り込んだ後、ものすごく気の進まなさそうな顔をして言った。

「捜索拠点を変えるべきってことよ。」

って・・・まさか・・・!?」

「首都近郊よ。」

「そっ、それは絶対にダメだッッッ!!!」

ルーチェの意見は、決して承諾できるものではなかった。

この国の中心部に捜索範囲を変更するとなると、それこそ黎明の開手ひらきてやアドニサカを取り仕切っている連中に目を付けられるリスクが一気に高まる。

片や人間の英雄の一団を裏切った反逆者。

片や救血の乙女・ミラと同盟を結び、滅びた国の数少ない生き残り。

この国では、逆に私達が悪しき存在と見なされる・・・。

「偽名を使い辛うじて聞き込みを行なえている私ならとにかく、黎明の開手を裏切った君がこの国の中枢に潜り込むのはさすがに無茶だ!!」

「だったら私も足で探すわ。それなら文句ないでしょう?」

「いっ、いやダメだ!!君は身重なんだから無理をさせるワケにはいかない!!どうしてもというなら、私一人で行く!それが嫌ならいっそ引き返すという手も・・・」

「もう耐えられないのッッッ!!!」

突然怒鳴ったルーチェに私は驚いた。

「ノイエフ君が反乱を起こした時も、朽鬼きゅうきによって王国が滅んだ時も、あなたやミラ様が必死に戦っているのに、私は、何もできなかった・・・。私・・・もう我慢できないの。自分が役立たずになるのが・・・。傍に居ない間に、大切な人を、失うのが・・・。ノイエフ君だって、血は繋がってないけど、私にとっては立派な家族よ。だから今度こそ、彼としっかり、向き合いたい・・・。」

「ルーチェ・・・。」

つらつらと語るルーチェは、いつの間にか目に薄っすらと涙を浮かべ、ついには声を上げず、静かに泣き始めた。

私はそんな痛々しい妻を見ていられなくなり、自分の不甲斐なさに腹が立った。

こんなにも辛い感情を胸に秘めていたルーチェに気付いてあげられなくて、分かったところで何もしてあげられない・・・。

夫として、無力にも程がある・・・。

堪えきれなくなった私は、イスに座るルーチェを後ろから抱きしめた。

「ファイ、セア・・・。」

「すまない。君の苦しみに気付いてあげることができなくて・・・。分かった。これからは・・・私も一緒だ。君の後悔と決意をともに背負っていく。何があっても君といるから・・・。」

・・・・・・・。

・・・・・・・。

「何言ってるの。ずっと一緒に居てくれましたよ、あなた。」

抱きしめる私の手を握って、ルーチェは優しくそう言ってくれた。

その瞬間、少しだけ自分が救われた気がした。

「ほら、そろそろ晩御飯にするから、早く部屋で着替えてきて。」

「あっ、ああ。そうするよ。」

ルーチェから離れ、私は自分の部屋に装備を置いてくることにした。

「ファイセア。」

「ん?」

「ありがとうね。私のワガママに付き合ってくれて・・・。」

・・・・・・・。

・・・・・・・。

「気にするな。夫婦だろ。私達は。」

私がそう言うと、ルーチェはニコッと微笑んだのだった。




◇◇◇




「ぐああ・・・!!」

矢で胸を貫かれ、魔能士は仰向けに倒れた。

その前には、満身創痍になったノイエフ・・・。

「素晴らしい。かなり手こずったが、これほどの強者を倒してみせるとは。コイツは我ら黎明の開手に推薦されるほどの腕を持つ魔能士だったぞ。」

「お褒めに預かり・・・光栄でございます・・・!!“泰陽雄たいようゆう”様・・・!!」

「ほら、まだ息があるぞ。早く殺せ。」

「分かり・・・ました・・・!!」

足を引きずりながら、ノイエフは魔能士に迫った。

「たっ、助けて・・・私には、家族が・・・。」

「知るか。死ね。」

ノイエフは冷酷な眼差しで吐き捨てるように言うと、魔能士を踏みつけて押さえながら、彼の眉間に矢を撃ち込んでトドメを刺した。

その様子を見てソールはと拍手をした。

「最後の一射にも一切の迷いがない。いいぞノイエフ。」

「当然です。コイツなんて、ミラを倒すための通過点・・・ただの捨て石ですから。」

「やはりお前のミラへの復讐心は並々ならんな。私の目に狂いはなかった・・・ということか。これなら、あの方も喜んでくれる。」

「それは、どういう・・・。」

訝しむノイエフにソールはニヤリと笑いながら答えた。

「喜べ。お前を、新たな黎明の開手の一角として推薦する。それにお前は優秀だからな。我が組織の本拠地にて、我らが導主、“全能雄・アクメル=フォーレン=フレイザー”様にお目通りしてもらう。せいぜい気に入ってもらえるよう努めるのだな。」

思ってもみなかった展開に、ノイエフは満面の笑みを浮かべた。

自分が仕留めた魔能士を踏みつけにしながら・・・。
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