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第二章 : 動乱の王国
歪んだ理想
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朝食を食べて、部屋で着替えたあたしは身だしなみチェックをきちんとして玄関に向かった。
そういえば、今朝からカリアード君に会ってないな・・・。
今日何やるかも聞かされてないし。
何かあったのかな?
「あっ、おはようございます。ミラ様。」
「かっ、カリアード君・・・!?おっ、おはよっ。」
カリアード君を前にしたあたしは、寝ぐせとかがついていないか、再度自分の髪をいじった。
「遅れて申し訳ございません。それでは、参りましょうか。」
「うっ、うん!そだねっ。」
本部を出たあたし達は、まだ若干朝靄に包まれた朝の王都を目的地に向かって歩いた。
朝早くだったので、開いているお店は少し疎らだった。
「昨日はよくお休みになられましたか?」
「そっ、そりゃ~もうぐっすり!!カリアード君は?」
「私は今日の準備やらに追われてあまり眠れなかったですかね。」
「そっ、そうなんだぁ~・・・。」
昨夜のことで心がドキドキするあたしは、カリアード君と会話をすることが覚束ない感じになっていた。
「なっ、なんだかちょっと素敵だね。朝の霧が出た街って・・・。」
「そうですね。私、こういう景色結構好きですよ。街が目覚める前を肌で感じることが出来て・・・。」
「あっ、あたしもね、中々好きだよ!吸血鬼なのに朝が好きなんて変だよねぇ~?」
「・・・・・・・。」
あれ?返事してくんない・・・。
もしかして、「つまんないこと言ってんなコイツ。」って思われてる!?
どっ、どうしよ~?
なんとか会話を盛り上げなければ・・・!!
「ミラ様。」
「はいぃ!?!?」
「ここが今日、ミラ様がご見学される行事がある場所になります。」
気付くと目の前に、大理石で出来たホールみたいな建物が現れた。
「何ここ?劇場かなんか?」
「今日はここで、入会希望者に向けてのセミナーが開かれます。ミラ様にはここでセミナーのご鑑賞と、会場の設営の手伝いをお願いします。」
「あたしが特別ゲストとして講演とかしないの?」
「それも考えたのですが、ミラ様を観衆の前にお出しになるのは、まだリスクがあると思ったので、今日はあくまでも参加のみという形に。」
確かにそっちの方が安全そうだしな・・・。
それにあたし、発表とかそういう人前に出て何かやるっての苦手だし・・・。
「あとミラ様、大変申し訳ないのですが・・・。」
「何?」
「私、今から緊急の用事で代表の許に行かなくてはならないので、本日のこの行事はご同伴することができなくて・・・。」
「そうなの?」
「はい・・・。ご一緒できなくて、本当にすみません。」
カリアード君が付いて来れないと聞いて、あたしは少しガッカリした。
だけど彼も吸血鬼救済会の代表代行。
色々と忙しいのは仕方がない・・・。
「いいよ!気にしないで。じゃあ、こっからは多分一人で大丈夫だから、カリアード君はもう行って。フィアナちゃん、待たせてるんでしょ?」
「すみません・・・。では、失礼します!」
あたしに一礼すると、カリアード君は踵を返して、「タッ、タッ、タッ・・・。」と駆け足でホールを後にした。
よし!そんじゃ今日一日頑張りますか!!
でもフィアナちゃんと急な用事って何だろ?
できることなら、手伝いたかったな・・・。
「ミラ様!!」
「ん?」
振り返ると、息を切らしたカリアード君が、何か言いたげそうにこっちを見ていた。
「何~?どしたの~?」
「・・・・・・・。頑張って下さい!!俺の分まで!!」
「おう!任せてちょ~だい!!」
カリアード君は笑顔でもう一回お辞儀するとくるっと振り返って再び走り出した。
「俺の分まで頑張って。」って、もしかしてホントは今日カリアード君ここの仕事する予定だったのかな?
だったら昨日以上にガンバンないとなぁ~!
自分の行けなかった分の仕事のことも気に掛けるなんて、カリアード君ってホントに誠実だなぁ~♡
◇◇◇
俺が研究所に着くと、先に到着していたフィアナが入口の前で俺を待っていた。
「カリアード。どう?ミラ様の血は採取できたかしら?」
「ああ。」
俺が試験管をフィアナに渡すと、彼女はそれを、まるで宝石のようにまじまじと見つめた。
「これで、私達の理想が、ついに・・・。」
「・・・・・・・。フィアナ。一つ、約束してくれ。」
「なぁに?」
「人間を吸血鬼にする薬ができたら、もう二度と、人間を実験台にしないって。」
「・・・・・・・。分かった。約束する。そもそも薬が完成したら、人を殺す必要もなくなるしね。」
「ありがとう。」
昨夜のミラ様のやりとりを通して、俺は、今まで自分がしてきた行いを正しいものだとは思えなくなってしまった。
だけど、長い間志をともにしてきた、『盟友』とも呼べるフィアナのことを、裏切ることもできない。
よって、今の俺にできることは、想いが結実したら、もう二度と、誰かの命を踏み石なんかにしないと誓うことだ。
これだけで、俺が今まで犯した罪が許されるなんて毛頭思っていない。
いつか必ず報いを受ける日が来る。
俺はそれを、甘んじて受けるつもりだ。
その時は、厚かましいかもしれないが、あの方に、俺の中で生まれた新しい理想を託すことにする。
あの方なら、いつかきっと創ってくれる。
人間と、吸血鬼が共存できる世界を。
◇◇◇
「いい?それじゃあ始めるわよ。」
ミラ様の血液から調合した薬の試作品がようやく完成して、いよいよ人体に投与する時がやってきた。
ミラ様の血は、やはり他の吸血鬼とは比べ物にならないほどのエネルギーに満ちていたが、その分解析にも時間がかかってしまい、試作品一本作るのに半日以上もかかってしまった。
「本当にいいのか?もし失敗したら・・・。」
「構いません。吸血鬼の解放のため、この命を捧げる覚悟など、とうにできています。」
昨晩捕らえた実験台は、全て死亡してしまったため、会員の中から志願者を募ることにし、一人の女性会員が名乗りを上げた。
こんなことしたくなかったが、彼女の覚悟を受け入れて、俺も腹をくくって実験に臨むことにした。
「では、投与します。」
白衣を着た男性会員がベッドで横になる女性の腕に試作品が入った注射を、彼女の腕に刺した。
「どうだ?」
「今のところ、特に変化は、ないですね・・・。」
注射をうたれたのに自分の身体に変化がなかったので、女性は目をパチクリさせた。
だが、次の瞬間・・・。
「うっ!?ぐぐっ・・・!がああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッッ!!!!!」
女性の身体の、穴という穴から血がドクドク流れ出し、ベルトで縛り付けられた手足をバタバタさせた。
そして、大きく見開いた目がぐるんと白目を剥いて、ビクビク痙攣しながら事切れた。
血が全て流れ出たせいで、女性会員の身体はひどく痩せこけていた。
「また、失敗、なのか・・・。」
これで成功すれば、ようやく人を殺さずに済むと思っただけに、俺の心は実験で犠牲になった彼女と、終わることのない苦行が続くことに今までにないくらい暗雲に包まれた。
「落ち込んでいても仕方ないわ。彼女の死を無駄にしないために、次こそ成功させましょう。ねぇ、彼女の拘束を解いてあげて。」
俺と同じくらい沈んだ表情を見せるフィアナに指示されて、研究員の会員が厳かに犠牲になった彼女の手足のベルトを外した。
その直後・・・。
「んっ!?」
「おい、どうし・・・ッッッ!!!」
見ると死んだと思っていた女性会員が、研究員の腕をガシっと掴んでいた。
「代表!代表代行!見て下さい!!彼女まだ、生きています!!実験はついに成功・・・。」
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
女性会員は、研究員の首筋に突然噛み付き、その場で血を啜り始めた。
「ああっ!!あっ・・・!ああっ・・・。」
研究員は俺とフィアナに助けを求めて、手を伸ばしたが、ついに力尽きその手はパタッと床に落ちた。
研究員の身体は血を吸い尽くされたことで、彼を殺した女性と同じく、まるで枯れ枝のように細く、干からびていた。
「ウウッ・・・!グガァ・・・!」
研究員を仕留めた女性は、今度は俺とフィアナに狙いを定め、唸り声を上げてこっちを見つめる。
そして勢いよく噛み付こうとしてきた。
「うっ!?くそっ・・・!!」
俺は向かってくる彼女を突き飛ばし、フィアナの手を引くと急いで隣の部屋に逃げた。
「はぁ!はぁ!フィアナ!!無事か!?」
「ええ。何とか・・・。ッッッ!!!カリアード、あれ・・・。」
フィアナが指す方を見ると、血を吸い尽くされた研究員が関節をバキバキ鳴らして、ゆっくり起き上がった。
「ウウッ・・・。ウッ・・・。」
「なっ、何だよ・・・。これ・・・。」
そして完全に立ち上がると、窓越しに獣のような眼差しでこっちを見てきた。
「ググゥ・・・。グッ。ギガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」
研究員は叫び声を上げて、彼を殺した女性会員の成れの果てと一緒になって、俺達を殺そうと観察用の窓に殺到した。
これは一体、何がどうなっているんだ・・・?
ミラ様の血液を使った薬で、実験台は人間ではない別の存在に変異した。
だが干物のように痩せこけた身体、上下に生えた長い牙、理性のかけらもない狂暴性は、どうみても俺達が知っている吸血鬼のそれではなかった。
「フィアナ!実験は失敗だ!!コイツ等を急いで始末・・・。」
俺は隣にいるフィアナを見た瞬間、言葉を失った。
彼女は、泣いていた。
それは悲しみのものではなく、目の前の光景に歓喜する、幸福に満ちた涙だった。
「すっ、素晴らしいわ・・・。」
「えっ・・・?」
「見たでしょカリアード。彼等は人間を殺そうと必死になっている。吸血鬼の、ミラ様の血に宿る人間への憎悪が、彼等を、人間でも、吸血鬼でもない全く別の存在に変えたのよ!!実験はついに成功したわッッッ!!!」
荒唐無稽なフィアナの言い分を、俺は全く理解できなかった。
これが、成功・・・?
この、おぞましい化け物が、俺達が長いこと願った理想が結実した姿だと、いうのか・・・?
「なっ、何言ってんだフィアナ!!こんなのが、俺と君が叶えようとした理想なワケあるものかッッッ!!!急いでコイツ等を殺さないと、取返しのつかないことになるぞッッッ!!!」
「殺す?どうして?」
至極真っ当なことを言ってるはずなのに、フィアナはキョトンとした。
「どっ、どうしてって・・・。じゃあフィアナは、コイツ等をどうするつもりだ!?」
フィアナはニコッと微笑んで、俺に向かって信じられないことを口にした。
・・・・・・・。
・・・・・・・。
「王都に放ちましょう。」
「ッッッ!!!」
王都に、街にコイツ等を放す?
「ばっ、バカなこと言うなッッッ!!!そんなことしたら、街の人間がどうなるか分かってるだろ!?」
コイツ等は噛み付くことによって、同族を増やす。
王都なんかに放したら、そう遅くない内に、住んでいる人間の大半がコイツ等と同じになってしまう!!
「ええ、分かっているわ。」
「だったらどうして・・・。」
「だからこそよ。」
「えっ・・・?」
「吸血鬼を虐げてきた王都の人間が、吸血鬼の怨みから生まれた存在と同じになる。それって最高の復讐で、同時に最高の救済だと思わない!?人間が彼等と同じになれば、より美しい存在として生まれ変われるんだよ!!」
俺は満面の笑みで自らの主張を話すフィアナを、堪らなく不気味に感じた。
そんなの、救済なんかじゃない・・・!!
ましてやこんなこと、あの方が望んでいるはずがないッッッ!!!
「ねぇ!どうして迷う必要があるの?あとちょっとで私達の夢が叶うんだよ!!」
フィアナは俺の両肩を掴んで説得したが、俺は彼女の手を強引に振りほどいた。
「ふざけるな!こんなので俺達の夢が叶うものか!!コイツ等のことは、ミラ様に報告する!!ついでに、俺達がこれまでしてきたことも全部・・・!」
フィアナは俺を止めようとしたが、俺はそんなの気にも留めず、部屋を出ようとした。
早く、早くコイツ等のことをミラ様に知らせないと!
俺達のこれまでの行いを、あの方はおそらく糾弾するだろう。
でも、それでも、それでも・・・!!
「祖級第零位・思想移植」
「うっ・・・!?」
後ろでフィアナの声が聞こえた途端、俺は全身の力が抜けて、その場に倒れ込んでしまった。
「なっ・・・何を、した・・・?」
「編み出すのに長くかかっちゃったけど、効いたみたいで良かった。これね、かけられた方はかけた方と同じ理想を抱くようになる、私のオリジナル魔能なの。目を覚ましたら、カリアードも私と同じ考えになるわ。」
「どっ、どうして・・・?」
「どうしてって?カリアードは優しいからね。王都の人間を犠牲にしたくなんかないんでしょ?だったら私が、カリアードの勇気を後押ししてあげるわ。それとちょっと残念だけど、カリアードには、これから起こることの主役の座を譲るわ。本当は私がやりたかったけど、その方があなたのためになるもの。」
「いっ、いやだ・・・。俺はそんなこと、したく、ない・・・。」
「大丈夫よ。全てが終わったら、カリアードは吸血鬼救済を果たした英雄としてみんなから認められるわ。」
「みっ・・・ミラ・・・さま・・・。」
俺が尊敬し、そして愛し始めた『本物の吸血鬼の英雄』の名を口にして、俺は自分の意識を手放した。
・・・・・・・。
・・・・・・・。
・・・・・・・。
・・・・・・・。
「カリアード。カリアード起きて。」
フィアナに身体を揺すられて、俺はゆっくり立ち上がった。
「カリアード、気分はどう?」
「ああ。自分が何をすべきかはっきりして、頭がスッキリしてるよ。」
「すべきことってなぁに?」
俺は窓に群がる2人の、かつて人間だった者達の傍に行き、窓越しにその顔を撫でた。
「彼等を王都に出して、住んでいる人間を同じにしてあげる。」
俺の望みを聞くと、フィアナは微笑みながらゆっくり頷いた。
王都の人間全てを彼等と同じにすれば、吸血鬼の救済に大きく近づける。
そうすれば、きっとミラ様だって喜んでくれる。
俺は絶対に、俺とフィアナ、そして、ミラ様の願いを叶えてみせる。
◇◇◇
「カリアード君?」
「ん?どうかしましたか、救血の乙女様?」
「ううん別に。何でもないです。」
あっれ、おかしいなぁ。
確かに今、カリアード君があたしの名前を呼んだ気がするんだけど・・・。
好きな人の声が幻聴で聞こえるなんて、あたしもいよいよ相当だな・・・。
今はセミナーに集中しないと!
でもなんか不安だなぁ・・・。
こういうのって、向こうに何かピンチなことがあったって、よくアニメとかで見るからなぁ。
まっ、そんなありきたりな展開あるワケないもんね!!
ああ、早くカリアード君に会いたいもんだ・・・。
そういえば、今朝からカリアード君に会ってないな・・・。
今日何やるかも聞かされてないし。
何かあったのかな?
「あっ、おはようございます。ミラ様。」
「かっ、カリアード君・・・!?おっ、おはよっ。」
カリアード君を前にしたあたしは、寝ぐせとかがついていないか、再度自分の髪をいじった。
「遅れて申し訳ございません。それでは、参りましょうか。」
「うっ、うん!そだねっ。」
本部を出たあたし達は、まだ若干朝靄に包まれた朝の王都を目的地に向かって歩いた。
朝早くだったので、開いているお店は少し疎らだった。
「昨日はよくお休みになられましたか?」
「そっ、そりゃ~もうぐっすり!!カリアード君は?」
「私は今日の準備やらに追われてあまり眠れなかったですかね。」
「そっ、そうなんだぁ~・・・。」
昨夜のことで心がドキドキするあたしは、カリアード君と会話をすることが覚束ない感じになっていた。
「なっ、なんだかちょっと素敵だね。朝の霧が出た街って・・・。」
「そうですね。私、こういう景色結構好きですよ。街が目覚める前を肌で感じることが出来て・・・。」
「あっ、あたしもね、中々好きだよ!吸血鬼なのに朝が好きなんて変だよねぇ~?」
「・・・・・・・。」
あれ?返事してくんない・・・。
もしかして、「つまんないこと言ってんなコイツ。」って思われてる!?
どっ、どうしよ~?
なんとか会話を盛り上げなければ・・・!!
「ミラ様。」
「はいぃ!?!?」
「ここが今日、ミラ様がご見学される行事がある場所になります。」
気付くと目の前に、大理石で出来たホールみたいな建物が現れた。
「何ここ?劇場かなんか?」
「今日はここで、入会希望者に向けてのセミナーが開かれます。ミラ様にはここでセミナーのご鑑賞と、会場の設営の手伝いをお願いします。」
「あたしが特別ゲストとして講演とかしないの?」
「それも考えたのですが、ミラ様を観衆の前にお出しになるのは、まだリスクがあると思ったので、今日はあくまでも参加のみという形に。」
確かにそっちの方が安全そうだしな・・・。
それにあたし、発表とかそういう人前に出て何かやるっての苦手だし・・・。
「あとミラ様、大変申し訳ないのですが・・・。」
「何?」
「私、今から緊急の用事で代表の許に行かなくてはならないので、本日のこの行事はご同伴することができなくて・・・。」
「そうなの?」
「はい・・・。ご一緒できなくて、本当にすみません。」
カリアード君が付いて来れないと聞いて、あたしは少しガッカリした。
だけど彼も吸血鬼救済会の代表代行。
色々と忙しいのは仕方がない・・・。
「いいよ!気にしないで。じゃあ、こっからは多分一人で大丈夫だから、カリアード君はもう行って。フィアナちゃん、待たせてるんでしょ?」
「すみません・・・。では、失礼します!」
あたしに一礼すると、カリアード君は踵を返して、「タッ、タッ、タッ・・・。」と駆け足でホールを後にした。
よし!そんじゃ今日一日頑張りますか!!
でもフィアナちゃんと急な用事って何だろ?
できることなら、手伝いたかったな・・・。
「ミラ様!!」
「ん?」
振り返ると、息を切らしたカリアード君が、何か言いたげそうにこっちを見ていた。
「何~?どしたの~?」
「・・・・・・・。頑張って下さい!!俺の分まで!!」
「おう!任せてちょ~だい!!」
カリアード君は笑顔でもう一回お辞儀するとくるっと振り返って再び走り出した。
「俺の分まで頑張って。」って、もしかしてホントは今日カリアード君ここの仕事する予定だったのかな?
だったら昨日以上にガンバンないとなぁ~!
自分の行けなかった分の仕事のことも気に掛けるなんて、カリアード君ってホントに誠実だなぁ~♡
◇◇◇
俺が研究所に着くと、先に到着していたフィアナが入口の前で俺を待っていた。
「カリアード。どう?ミラ様の血は採取できたかしら?」
「ああ。」
俺が試験管をフィアナに渡すと、彼女はそれを、まるで宝石のようにまじまじと見つめた。
「これで、私達の理想が、ついに・・・。」
「・・・・・・・。フィアナ。一つ、約束してくれ。」
「なぁに?」
「人間を吸血鬼にする薬ができたら、もう二度と、人間を実験台にしないって。」
「・・・・・・・。分かった。約束する。そもそも薬が完成したら、人を殺す必要もなくなるしね。」
「ありがとう。」
昨夜のミラ様のやりとりを通して、俺は、今まで自分がしてきた行いを正しいものだとは思えなくなってしまった。
だけど、長い間志をともにしてきた、『盟友』とも呼べるフィアナのことを、裏切ることもできない。
よって、今の俺にできることは、想いが結実したら、もう二度と、誰かの命を踏み石なんかにしないと誓うことだ。
これだけで、俺が今まで犯した罪が許されるなんて毛頭思っていない。
いつか必ず報いを受ける日が来る。
俺はそれを、甘んじて受けるつもりだ。
その時は、厚かましいかもしれないが、あの方に、俺の中で生まれた新しい理想を託すことにする。
あの方なら、いつかきっと創ってくれる。
人間と、吸血鬼が共存できる世界を。
◇◇◇
「いい?それじゃあ始めるわよ。」
ミラ様の血液から調合した薬の試作品がようやく完成して、いよいよ人体に投与する時がやってきた。
ミラ様の血は、やはり他の吸血鬼とは比べ物にならないほどのエネルギーに満ちていたが、その分解析にも時間がかかってしまい、試作品一本作るのに半日以上もかかってしまった。
「本当にいいのか?もし失敗したら・・・。」
「構いません。吸血鬼の解放のため、この命を捧げる覚悟など、とうにできています。」
昨晩捕らえた実験台は、全て死亡してしまったため、会員の中から志願者を募ることにし、一人の女性会員が名乗りを上げた。
こんなことしたくなかったが、彼女の覚悟を受け入れて、俺も腹をくくって実験に臨むことにした。
「では、投与します。」
白衣を着た男性会員がベッドで横になる女性の腕に試作品が入った注射を、彼女の腕に刺した。
「どうだ?」
「今のところ、特に変化は、ないですね・・・。」
注射をうたれたのに自分の身体に変化がなかったので、女性は目をパチクリさせた。
だが、次の瞬間・・・。
「うっ!?ぐぐっ・・・!がああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッッ!!!!!」
女性の身体の、穴という穴から血がドクドク流れ出し、ベルトで縛り付けられた手足をバタバタさせた。
そして、大きく見開いた目がぐるんと白目を剥いて、ビクビク痙攣しながら事切れた。
血が全て流れ出たせいで、女性会員の身体はひどく痩せこけていた。
「また、失敗、なのか・・・。」
これで成功すれば、ようやく人を殺さずに済むと思っただけに、俺の心は実験で犠牲になった彼女と、終わることのない苦行が続くことに今までにないくらい暗雲に包まれた。
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「ウウッ・・・!グガァ・・・!」
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そして勢いよく噛み付こうとしてきた。
「うっ!?くそっ・・・!!」
俺は向かってくる彼女を突き飛ばし、フィアナの手を引くと急いで隣の部屋に逃げた。
「はぁ!はぁ!フィアナ!!無事か!?」
「ええ。何とか・・・。ッッッ!!!カリアード、あれ・・・。」
フィアナが指す方を見ると、血を吸い尽くされた研究員が関節をバキバキ鳴らして、ゆっくり起き上がった。
「ウウッ・・・。ウッ・・・。」
「なっ、何だよ・・・。これ・・・。」
そして完全に立ち上がると、窓越しに獣のような眼差しでこっちを見てきた。
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これは一体、何がどうなっているんだ・・・?
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だが干物のように痩せこけた身体、上下に生えた長い牙、理性のかけらもない狂暴性は、どうみても俺達が知っている吸血鬼のそれではなかった。
「フィアナ!実験は失敗だ!!コイツ等を急いで始末・・・。」
俺は隣にいるフィアナを見た瞬間、言葉を失った。
彼女は、泣いていた。
それは悲しみのものではなく、目の前の光景に歓喜する、幸福に満ちた涙だった。
「すっ、素晴らしいわ・・・。」
「えっ・・・?」
「見たでしょカリアード。彼等は人間を殺そうと必死になっている。吸血鬼の、ミラ様の血に宿る人間への憎悪が、彼等を、人間でも、吸血鬼でもない全く別の存在に変えたのよ!!実験はついに成功したわッッッ!!!」
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これが、成功・・・?
この、おぞましい化け物が、俺達が長いこと願った理想が結実した姿だと、いうのか・・・?
「なっ、何言ってんだフィアナ!!こんなのが、俺と君が叶えようとした理想なワケあるものかッッッ!!!急いでコイツ等を殺さないと、取返しのつかないことになるぞッッッ!!!」
「殺す?どうして?」
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「どっ、どうしてって・・・。じゃあフィアナは、コイツ等をどうするつもりだ!?」
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・・・・・・・。
・・・・・・・。
「王都に放ちましょう。」
「ッッッ!!!」
王都に、街にコイツ等を放す?
「ばっ、バカなこと言うなッッッ!!!そんなことしたら、街の人間がどうなるか分かってるだろ!?」
コイツ等は噛み付くことによって、同族を増やす。
王都なんかに放したら、そう遅くない内に、住んでいる人間の大半がコイツ等と同じになってしまう!!
「ええ、分かっているわ。」
「だったらどうして・・・。」
「だからこそよ。」
「えっ・・・?」
「吸血鬼を虐げてきた王都の人間が、吸血鬼の怨みから生まれた存在と同じになる。それって最高の復讐で、同時に最高の救済だと思わない!?人間が彼等と同じになれば、より美しい存在として生まれ変われるんだよ!!」
俺は満面の笑みで自らの主張を話すフィアナを、堪らなく不気味に感じた。
そんなの、救済なんかじゃない・・・!!
ましてやこんなこと、あの方が望んでいるはずがないッッッ!!!
「ねぇ!どうして迷う必要があるの?あとちょっとで私達の夢が叶うんだよ!!」
フィアナは俺の両肩を掴んで説得したが、俺は彼女の手を強引に振りほどいた。
「ふざけるな!こんなので俺達の夢が叶うものか!!コイツ等のことは、ミラ様に報告する!!ついでに、俺達がこれまでしてきたことも全部・・・!」
フィアナは俺を止めようとしたが、俺はそんなの気にも留めず、部屋を出ようとした。
早く、早くコイツ等のことをミラ様に知らせないと!
俺達のこれまでの行いを、あの方はおそらく糾弾するだろう。
でも、それでも、それでも・・・!!
「祖級第零位・思想移植」
「うっ・・・!?」
後ろでフィアナの声が聞こえた途端、俺は全身の力が抜けて、その場に倒れ込んでしまった。
「なっ・・・何を、した・・・?」
「編み出すのに長くかかっちゃったけど、効いたみたいで良かった。これね、かけられた方はかけた方と同じ理想を抱くようになる、私のオリジナル魔能なの。目を覚ましたら、カリアードも私と同じ考えになるわ。」
「どっ、どうして・・・?」
「どうしてって?カリアードは優しいからね。王都の人間を犠牲にしたくなんかないんでしょ?だったら私が、カリアードの勇気を後押ししてあげるわ。それとちょっと残念だけど、カリアードには、これから起こることの主役の座を譲るわ。本当は私がやりたかったけど、その方があなたのためになるもの。」
「いっ、いやだ・・・。俺はそんなこと、したく、ない・・・。」
「大丈夫よ。全てが終わったら、カリアードは吸血鬼救済を果たした英雄としてみんなから認められるわ。」
「みっ・・・ミラ・・・さま・・・。」
俺が尊敬し、そして愛し始めた『本物の吸血鬼の英雄』の名を口にして、俺は自分の意識を手放した。
・・・・・・・。
・・・・・・・。
・・・・・・・。
・・・・・・・。
「カリアード。カリアード起きて。」
フィアナに身体を揺すられて、俺はゆっくり立ち上がった。
「カリアード、気分はどう?」
「ああ。自分が何をすべきかはっきりして、頭がスッキリしてるよ。」
「すべきことってなぁに?」
俺は窓に群がる2人の、かつて人間だった者達の傍に行き、窓越しにその顔を撫でた。
「彼等を王都に出して、住んでいる人間を同じにしてあげる。」
俺の望みを聞くと、フィアナは微笑みながらゆっくり頷いた。
王都の人間全てを彼等と同じにすれば、吸血鬼の救済に大きく近づける。
そうすれば、きっとミラ様だって喜んでくれる。
俺は絶対に、俺とフィアナ、そして、ミラ様の願いを叶えてみせる。
◇◇◇
「カリアード君?」
「ん?どうかしましたか、救血の乙女様?」
「ううん別に。何でもないです。」
あっれ、おかしいなぁ。
確かに今、カリアード君があたしの名前を呼んだ気がするんだけど・・・。
好きな人の声が幻聴で聞こえるなんて、あたしもいよいよ相当だな・・・。
今はセミナーに集中しないと!
でもなんか不安だなぁ・・・。
こういうのって、向こうに何かピンチなことがあったって、よくアニメとかで見るからなぁ。
まっ、そんなありきたりな展開あるワケないもんね!!
ああ、早くカリアード君に会いたいもんだ・・・。
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元勇者パーティーで雑用係をしていたが、追放されてしまった。
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