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第二章 : 動乱の王国

王都の吸血鬼

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後頭部に感じていた揺れが突然治まって、あたしはゆっくり薄目を開けた。

もう着いたのかな?

ん~~~!!

長かったぁ~~~!!

長距離移動のせいで、すっかりガチガチになった身体をほぐすために、あたしはバスの天井に向かって大きく腕を伸ばした。

その後、馬車の席を立ち上がって外に出ると、運転手にここまでの運賃を払った。

やっぱ・・・高ぇなぁ・・・。

財布の中、ほとんど空になっちったよ・・・。

朝ごはんマジでどうしよ・・・?

想像してたよりも遥かに重い出費に落ち込んだあたしは、馬車がたくさん停まっている朝のターミナルのど真ん中で立ち尽くした。

なんかこうしていると、推しのライブに参加するために大阪まで夜行バスで行った時のことを思い出すなぁ。

あの時も確か、着いた時に財布の中身すっからかんで、「朝ごはんどうしよ・・・。」って思い悩んでたっけ。

でもあの時は確か、バスターミナルの近くにコンビニあって、そこでおにぎりと春雨スープ買ってイートインで食べることができたけど、さすがに異世界こっちじゃそんな都合のいいもんはないかぁ~。

ん?

あそこになんかある。

おっ!『軽食売り場』だって!!

ラッキー!!

いやぁ~!あたしやっぱツイてるわぁ。

もうこの際腹に溜まるモンだったら何でもいいから、とりあえずなんか買ってこよ~っと♪

思ってもみなかった幸運に、イケイケ気分になったあたしは、まるで餌を見つけたダチョウのように急いでお店に走っていった。




◇◇◇




「ふぃ~!助かったわ~。」

先程の軽食売り場で買ってきた手の平サイズくらいの、中にドライバナナみたいなのが練り込まれた麦パンを頬張りながら、あたしは馬車ターミナルを出口に向かって歩いていた。

まさかあれぽっちのお金でそこそこお腹に溜まりそうなのが2つ買えるなんてビックリだったよ。

これでひとまずは今日の朝ごはんの心配は大丈夫そう。

でもこれ買ったせいでこっから先の諸々の出費が無くなっちゃったぜ・・・。

が住み込みで、ご飯も付いてたらいいな・・・。

心配でガックリしてると、視界に大層立派な門がチラッと見えて、あたしは上を見上げた。

あっ、なんか入口に着いたっぽい。

手に握った2つ目のパンの最後のひとかけらをパクっと口に放り込むと、あたしは目の前に立つ門をくぐった。

門の向こう側の光景を見て、あたしの気分は大きく跳ね上がった。

行き交う人々、通りに並ぶ店々の数々、空に浮かぶ多くの飛行船、そして街の中心に悠々と建っている城。

ここが今回の目的地、ヴェル・ハルド王国の首都、『王都ティリグ・ミナーレ』だ。

おお!!!

この賑わってるカンジ、まさに『ファンタジー世界の人間の国の中心』だね!!

こんなに周るトコが寄りどりみどりだったら、とても全部見れそうにないかも~?

って、何浮かれてんだあたし!!

ここに来たのはあくまでもなんだから浮ついてちゃダメだろぉ!?

人待たせてんだから、急いでに行かないと!

頭をブンブン横に振って、改めてあたしは気を引き締め直した。

えっ~と確かこれから行くところはぁ・・・。

『王都の入口から徒歩15分のところにある、宝石店の路地を入って右に見える4階建ての赤レンガの建物』だったっけ?

取り敢えず真っ直ぐ歩いてみよっ。

・・・・・・・。

・・・・・・・。

ん~かれこれ10分ちょい歩いたけど、目印の宝石店ってどこにあるんだろ?

地図の通りならこの近くにあるはずなんだけどなぁ・・・。

「さぁさぁ寄ってってぇ~!!」

ん?

「今王国でイチオシのスウィーツ、ミナーレクレープの新商品の限定販売やってるよ~!!」

クレープ!?

しかも新商品!!

あたしクレープ大好きだからこれを見逃すなんて在り得ないッッッ!!!

限定販売だけどゼッタイ手に入れちゃる!!

・・・・・・・。

・・・・・・・。

あっ、あたし今、スカンピンだった・・・。

ちくしょうぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!

好きなものが目の前にあるのに買えないこのやるせなさ!!

これ以上にツラいことは他にないッッッ!!!

ああ、食べたいなぁ・・・。

異世界クレープの新商品・・・。

だがしかし、今のあたしはすっからかん。

とてもできるはずが、ない・・・。

ぐぬぬ・・・。

はぁ・・・。

しゃ~ない。

またお金がある時に出直すかぁ・・・。

断腸の思いで諦め、お店の反対方向に向かいだしたあたしだったが、突然背中にドン!と軽い衝撃を感じた。

見ると小さな女の子がワナワナと今にも泣き出しそうな顔をしながら立ち尽くしていた。

「ルーナ!?」

声がしたのでくるっと振り返ると、慌てた様子の若い女の人がこっちに向かって走ってきた。

どうやら女の子の母親らしかった。

「あの、ウチの子が何か・・・?」

「あっ、いや。さっき背中がドンとして振り返ったらこの子が。どうやら走ってあたしにぶつかったみたいで・・・。」

「それはどうもすいませんでした~。」

「いえそんな!別にあたしはなんともないですからどうか頭上げて下さい。」

謝る母親に、あたしは何とか取り繕ってその場を収めようとした。

「ほら、あなたもお姉さんに謝りなさい!」

しかし気が収まらないらしく、娘に謝罪するよう促した。

ところが女の子は下を向いたままヒクヒクと泣いていた。

「どうしたの?」

「クレープ・・・。ルーナのクレープ・・・。」

女の子の足元を見ると、グチャグチャに潰れたクレープがあった。

どうやらぶつかった衝撃で手から落ちてしまったらしい。

「また今度買ってあげるから、とにかく今はお姉さんにごめんなさいしよ?」

「やだ!!ずっと食べたかったもん!!ママがせっかく買ってくれたもん!!」

ようやく手に入れた楽しみを台無しにされて、女の子は火がついたように泣き始めた。

母親はそんな娘を何とか泣き止ませようとしゃがみ込んであたふたした。

なんか、ほっとけないな。

よし!ここは・・・。

「泣かないで。お姉ちゃんが何とかしてあげるから。」

「ふぇ・・・。」

あたしは女の子が手に持っている包み紙に指を向けて、くるっと1回転させた。

すると、グチャグチャのクレープがパッと消え、代わりにきれいなクレープが女の子の包み紙にみるみるうちに出来ていった。

「わぁ!!ルーナのクレープ、元に戻った!!」

「あっ、あなた、魔能が使えたのですか!?」

「ええ、まあ。ですけど。」

「あっ、ありがとうございます!!どうお礼をしたらよいか・・・。」

「お礼だなんてとんでもないです!元はと言えばあたしがボーっと突っ立ってたのがいけなかったんですから。」

どうにかこの場を収めることができたあたしは、そそくさと退散することにした。

「じゃああたしはこれで。良かったね。クレープ元に戻って。」

「ありがとう!!魔能使いのお姉ちゃん!!」

あたしに頭を撫でられて、満面の笑みでお礼を言う女の子にあたしは胸がトゥクンとした。

そして、親子に一礼すると元来た道をまた歩き始めた。

いいことした後ってやっぱ気持ち~な~♪

それにしても、やっぱりバレなかったな。



そりゃそっか。

念入りに自分に魔能かけたんだから、あの人たちの目にはあたしは完ペキにただの魔能が使える人間。

とても吸血鬼には見えないよね!

我ながら恐ろしいよ、あたしの変装術。

と、自画自賛しながら辺りを練り歩いているとようやく目印の宝石店を見つけることができた。

問題の場所までもうちょっと。

気を引き締めていきますか!!




◇◇◇




「ここ、かな・・・?」

宝石店の横の路地を曲がって5分くらい歩いたところに、確かにそれらしき建物があった。

4階建ての各階にバルコニーがついた、ところどころヒビ割れが入っている赤レンガ造りのちょっとオシャレなアパートってカンジだ。

なんか、いかにも怪しさ全開なんだけど、ホントに入って大丈夫なのかな?ココ。

でもいつまでもじっとしてるワケにもいかないし・・・。

う~ん・・・。

・・・・・・・。

ええい!なるようになれだ!!

腹をくくったあたしは、入口のドアを勢いよく開けて中に入った。

中に入ると、目の前がカウンターになっていて、受付らしき女性が身なりを整えて立っていた。

「いらっしゃいませ。」

「どっ、どうも・・・。」

「ようこそ吸血鬼救済会へ。」

・・・・・・・。

良かったぁ~!

どうやらここで

ヘンなお店とかじゃなくてマジでホッとしたぁ・・・!

「ご入会をご希望でしょうか?それともセミナーへのご参加でしょうか?」

「あっ、いや。そうではなくてですね・・・。」

「では、どういったご用件で?」

「えっ~と、代表さん、いらっしゃいますか?」

「はぁ・・・。」

想定外の質問をされて、受付の女性は目を真ん丸させた。

「申し訳ございませんが、どちら様でしょうか?」

そして、訝しんだような眼差しで、あたしの上から下に視線を振った。

「あっ、決して怪しい者じゃないので安心して下さい!!ちょっとここで代表さんと待ち合わせしてるだなんでッ!」

「そう言われましても、素性の知れない方をお通しする訳には参りませんので。」

お堅いなぁ、この人。

いっそここはあたしが誰かちゃんと説明するべきかな?

でもなぁ、下手に話してビックリされたり、余計に怪しまれたりすんのもヤだしな・・・。

どうしてものか・・・?

あたしが頭を悩ませていると、奥の方から別の、年配の女性が出てきた。

「どうしたの?」

「あっ、この方が代表とお会いしたいと仰ってて・・・。」

「ッッッ!!あっ、あなた様は・・・!!」

あたしの顔を見るや、年配の女性は急に血相を変えて、急いで襟元を直した。

「えっ、遠路はるばる、ようこそお越しくださいました!!ささっ、こちらへどうぞ!」

年配の女性に促され、あたしはカウンターの奥に通された。

「ええ!?ちょ、ちょっと・・・。」

突然態度が変わった年配の女性に、受付の女性は状況がまるで飲み込めない様子だった。

「どっ、どうしたんですか突然・・・!?」

「こっ、この方は代表にとって大事な、大事な客人です!!くれぐれも礼を失することのないようにッッッ!!!」

「はっ、はい!」

鬼気迫る先輩の表情に圧倒されたのか、受付の女性はビシッ!と肩を強張らせて直立した。

きっとこの人、何が何やら全く分かってないんだろうな~。

ごめんなさい。後でちゃんと説明しますからッ!

玄関を後にしながら、あたしは目の前で直立して微動だにしない女性に大変申し訳なく思って目線を逸らすことができなかった。

年配の女性の案内のもと、あたしはカウンター脇から続く廊下を奥まで進み、突き当りになっているトコの右側にある応接室らしき部屋に通された。

「大変申し訳ございません~!代表はただ今急な所要で外出しておりまして・・・。後20分くらいしたらお戻りになると思いますのでしばらくお待ち下さい!」

「分かりました!」

あたしが応接室の中央に置かれたソファにちょこんと座ると、年配の女性は縮こまりながら部屋を後にしようとした。

「では私はこれで!何か御用があれば何なりとお申し付け下さい!!」

「ありがとうございます。色々とご迷惑をおかけするかもしれませんが、よろしくお願いします!」

年配の女性に頭を下げたあたしは、変装用の魔能である異種擬態レイス・マスカレードをまだ解除していないことに気付いた。

いい加減解かないと、この人も頭こんがらかるかもしれないからな。

「迷惑なんてとんでもないです!!一目でもいいからお会いしたいと思っていた、吸血鬼救済会わたしたちの崇拝するお方とこうして言葉を交わすことができて、すごく光栄なのですから。」

「おっ!嬉しいこと言ってくれますねぇ♪」

そんな救世主冥利に尽きるやりとりをしてる間に、あたしの擬態は完全に解除された。

昼前の眩しい日差しが反射して、あたしのプラチナブロンドの髪がキラキラと後光のように輝いていた。

・・・・・・・。

・・・・・・・。

「改めて、私達の許に来てくれて、本当にありがとうございます。救血の乙女様。」

「えへへ♪不束者ですが、今日からお世話になりまぁ~す♪」
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