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第二章 : 動乱の王国
平和への第一歩
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「回復。」
私が手をかざすと、目の前の負傷兵の傷がある程度治っていく。
「あっ、ありがとうございます。グレース殿・・・。」
「立てますか?」
「はい、何とか・・・。」
「良かった。では療養所の病院で本格的な治療を受けて下さい。良く頑張りましたね。」
「本当に、感謝します・・・。」
私に感謝を述べると、負傷兵は仲間に肩を借りられて療養所になっている病院に向かった。
黎明の開手の女が召喚した天使による被害は甚大だった。
こうして傷を負った仲間に応急処置をするために街を周っているが、その度に私の心は擦り切れる一方だ。
そして何より、手の施しようがなく事切れた仲間を見つけるのは、筆舌し難い思いだった。
彼女がしたことによって壊滅状態になってしまった吸血鬼が勝利を収めることができたのは、まさしく奇跡だ。
これも、あの方の救世主の御業だと言えるだろう。
ミラ様が、私達を本気で助けたいと思ったから、私達は救われた。
だから分からなかった。
何故あの方が、黎明の開手の女とその夫を逃がしたのか・・・。
ローランドさんの言っていた通り、戦っている時にあの2人に何かされたのではないか?
そのせいで操られて、冷静な判断ができなくなったんじゃ・・・。
でももし、そうじゃなかったら?
ミラ様が、自分の意志であの2人を逃がしたとしたら?
何の目的でそんなことを・・・。
私は、その答えをあの方から聞くことが怖かった。
でもあの方は「後できちんと話す。」と仰っていた。
その時私は、何を思うのか?
どうすればいいのだろうか・・・?
「グレース。」
「リリーナ様。」
「塔で戦後報告をするみたいだから、ケガ人の手当ては仲間に任せて来てちょうだい。」
「分かりました。では、後は頼みます。」
リリーナ様に連れられて、塔まで向かう私は、緊張で心臓の鼓動を高鳴らせた。
いよいよミラ様の胸中を知ることになる。
一体、あの方の口からどのような答えを聞くことになるのだろうか・・・?
「グレース。」
「はい。」
「心配しなくてもいいわよ。」
「なっ、何がでしょうか?」
「あなた、不安なんでしょ?ミラお姉様が何故あんなことをしたのか。」
「ッッッ!」
この方は、やっぱりすごい。
私が思っていることなんて、すぐに見抜いてしまう。
リリーナ様の問いかけに、私はゆっくり頷いた。
「大丈夫よ。ミラお姉様はちっとも間違ったことなんかしていない。むしろ、誰もが思っていることをそのまましただけなんだから。」
「どういうこと、ですか?」
「とにかく、私の口から言えることは一つだけ。ミラお姉様の答えにあなたは・・・私達はミラお姉様を嫌いになったりすることはないってこと。だから安心して。」
微笑みながらウィンクするリリーナ様に、私の心の中の不安は少しだけ治まった。
塔の頂上に着くと、テーブルと椅子が並べられており、他の乙女の永友の方々と、プルナトさんとパルマさんが既に着いていた。
「リリーナ、グレース。あなた達の席はこっちです。」
「ミラ様は?」
「まだお越しになっていない。案じなくともケガ人の手当てでお忙しいだけだろう。」
テーブルに着いた私達は、ミラ様の到着を待った。
長テーブルに座って向かい合う私達の間には、何とも言えない重苦しい空気が漂っていた。
やがて大扉が開いて、ミラ様が部屋に入ってきた。
「ゴメン待たせて!」
ミラ様は慌てながら中央のテーブルに座った。
「ではプルナトさん、始めて下さい。」
「承知しました、ヒューゴ殿。」
「ヒューゴ様に促され、プルナトさんは今回の戦果と被害について報告を始めた。
・・・・・・・。
・・・・・・・。
「以上で報告を終わります。」
プルナトさんの報告を受けて、私達は表情を曇らせた。
今回の戦いにおける負傷兵の数は、569人名398名。戦死者の数は85名。
その中には、私達と一緒に来た南方吸血鬼軍の兵士も含まれていた。
「ありがと、プルナトさん・・・。」
プルナトさんにお礼を言うミラ様は、誰よりも落ち込んでいるように見えた。
私達と一緒に来てくれた人達は全員無事に連れて帰ると約束したのに、それが果たすことができなかったのだから、その反応は当然だった。
「ミラ様はみんなのことを必死に守ろうとして、結果この戦いに勝ったのですからイヴラヒム様とセドヴィグさんも分かってくれますよッッッ!!!」
ミラ様を元気づけようと思わず口を挟んだ私に、ミラ様は微笑みながら頷くのみだった。
「それで、今後の方針についてですが・・・。」
「待って下さい。」
プルナトさんが方針を述べようとした時、ヒューゴ様がそれを遮った。
「ミラ様にお聞きしたいことがございます。どうして黎明の開手の者と、その夫を逃がしたのですか?」
私・・・いや、私達が知りたかったことをズバリと聞いて、私はドキっとした。
「ミラ様!!お教え下さいッッッ!!!一体あの者どもに何をされたのですか!?」
ローランドさんは、未だにミラ様があの2人に何らかの干渉を受けたと思っていたようだった。
「その理由についてなんだけどさ、さっきプルナトさんが言おうとしたことにも関係あんだけど・・・。」
「何でしょうか?」
ミラ様は口をキュッと閉じて、言いにくそうだった。
部屋を包み込んでいた重苦しい空気が、ついにピークを迎える。
そして・・・。
・・・・・・・。
・・・・・・・。
「あたし、みんなとはもう、いることはできない、かな・・・。」
「えっ・・・?」
ミラ様が決めたことを聞いた瞬間、私の思考は停止した。
◇◇◇
あたしの決断を聞いて、みんなはものすごく驚いてるように見えた。
でもそれは、分かりきった反応だった。
「どっ、どういうことですかミラ様!?ともにいることはできないって・・・。」
「あたしがどうしてあの2人を殺すことができなかったっていうとさ、思ったんだ。“この2人は吸血鬼と全然変わんないって。いや、あの2人だけじゃなくて、あたし達が今まで戦って、殺してきた人間達も、誰かのために必死に戦って、平気で自分の命を投げ出せることができる、あたし達と同じ、優しい人達だったんだって。一旦そう思ったら、あたしはもう、人間のことを殺すことなんかできないよ・・・。でもさ、それってみんなのことを蔑ろにしてるってことだよね?みんなはこの戦いに、絶対に勝つんだって意気込んでんのに、肝心のあたしが“人間殺したくありません”なんて言ったら、モチベ下がっちゃうでしょ?だからさ、あたしはみんなといる資格なんかないんじゃないかって思ってさ・・・。」
淡々と話すあたしに、みんなはビックリしながらも誰一人口を挟むことなくただ黙って聞いていた。
そして、あたしが一通りつらつらと話し終わった途端・・・。
「はぁ~・・・!!」
グレースちゃんが背もたれに首を投げ出して、天井を見ながら大きなため息を吐いた。
「ぐっ、グレースちゃん?」
「全く。心配して損しましたよぉ~。本当にリリーナ様の言った通りじゃないですかぁ。」
「へっ?」
リリーの方を見ると、グレースちゃんを見ながら感心したようにコクコクと首を縦に振っていた。
「どっ、どゆこと?」
「いいですかミラ様。“誰かの命を奪いたくない”って思うのは間違ったことなんじゃないです。むしろそれは、誰でも思っている至極真っ当な考え方なんです。長いこと戦争をしているといつしかそれが“コイツは敵なんだから殺さなくてはならない”って思えて麻痺してくるんです。ですがミラ様は、その考えを捨てることも、見失うことはなく、自分の良心に従って敵であるあの2人のことを助けた。それって、すごく大切で素敵なことだと思いませんか?」
「でっ、でもそれって、すっごく甘っちょろい考えなんじゃ・・・。戦争なんだから、敵は絶対に殺さなくちゃいけないんじゃ・・・。」
「ええ、確かに甘いです。ですが、この戦場でまだそのようなありふれた普通の考えを持っている者こそ、真の強者だと私は思いますけどね。そもそも・・・。」
「そもそも?」
「“戦争で敵を絶対に殺さなくちゃいけない”なんて、そんなルールどこにもありませんよ?」
「ッッッ!!・・・・・・・。グレースちゃんには、頭が上がんないなぁ・・・。」
「だっ、だがグレース!!敵を殺さずにどうやって戦いに勝つと言うのだ!?」
「そんなの、殺さない程度に叩きのめせばいいんじゃないの?」
リリーがいきなり入ってきて、ローランドさんは驚いた。
「なっ、何だと!?」
「それくらいやれば敵もビビって二度と手は出さないんじゃないの?敵を殺せば丸く収まるなんて、ローランドは本当に考えが凝り固まってるわね。」
「ぶっ、無礼なことを申すな!!我輩だってしっかり考えて発言しておるわッッッ!!!」
「そんなワケないね。だってアンタ、脳筋じゃない?」
「りっ、リリーナぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「2人とも!!ミラ様の前でみっともないマネは止めて下さいッッッ!!!」
ヒューゴ君に叱られて、2人はシュンとなりながらテーブルに座った。
「はぁ・・・。ミラ様のお考えになっていることはよく分かりました。それで、このようなことを聞くのは大変不躾なのですが、ミラ様はどうなさいたいのですか?」
「・・・・・・・。人間と共存したい。家畜扱いされず、殺し合うこともなく、お互いに分かり合って、平和的な関係を築ける道を探していきたい。」
・・・・・・・。
「それは大変、素敵な理想ですね。」
「ヒューゴ君・・・。」
「ですがそれを成し遂げるのは、とても険しい道になるでしょう。それでも構いませんか?」
「すんなりいかないってことは初めから分かりきってることだから、地道に努力してみるよ。ぶっちゃっけ吸血鬼には、いっぱい時間があることだしさ。」
・・・・・・・。
「分かりました。ミラ様がそう仰るのでしたら、私から口出しすることはもうございません。何かご協力できることがございましたら、何なりとお申し付け下さい。」
「ありがと。頼りにしてる!」
ヒューゴ君が納得して、他のみんなからも特に反対意見が上がってこなくて、あたしはホッと胸を撫で下ろした。
「それでミラ様、今後はどうなさるおつもりですか?」
「そうだね。ひとまずは吸血鬼に対して一定の理解がある人間を見つけていこうと思うんだけど、そんな都合のいい人って早々見つからないよね。」
「あっ、あの・・・。」
今まで会話に入ってこなかったパルマさんが申し訳なさそうに手をゆっくり上げた。
「どうしたの?」
「実はそのことに関して。近頃王国で、吸血鬼の保護を目的とした人間の団体が活動しているとの情報がありまして・・・。」
「ホント!?」
「まだ未確定ですが、もし事実なら、まずは彼等に接触してみてはいかがでしょうか?」
「そうですね。では彼等について、より正確な情報を収集するようお願いします。」
「了解しました、ヒューゴ様。」
「あとは、誰が彼等と接触するか、ですが・・・。」
「あたしが会いに行く。」
「みっ、ミラ様が直々に、ですか!?」
「だってせっかく“協力したい”ってんのに代表者が会いに行かないって失礼じゃない?」
「ですが、王都に潜入するのは中々にリスクが・・・。」
「あたしなら大丈夫!前に一回人間のフリして、途中までは成功してたから。前の失敗を活かして今度はもっと気を付けるようにするから!!」
「それに潜入してる間に、人間にミラ様の不在を悟られるワケには・・・。」
「それも心配いらないよ!だってこっちには秘密兵器があるんだから。」
「秘密、平気・・・?」
「ドッペルちゃん、みんなに顔、見せてやって。」
「本体、ドーラ、顔、時が来るまで隠す、言った。」
「だったら今がその時だよ。お願いだから、そのカワイイ顔、早くみんなに見せてやって~♪」
「命令、確認。」
ドッペルちゃんはあたしの言う通りに、マスクを外してフードをパサッとめくった。
「「「「えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッッッッッッッッ!?!?!?」」」」
次の瞬間、部屋中にみんなの叫び声が轟いた。
「みっ、みみっ・・・ミラお姉様が2人!?」
「これは一体どうなっておるのだッッッ!?」
「ドーラ様が、ミラ様・・・。」
みんなすごくビックリした様子で、マスクを取ったドッペルちゃんの顔を凝視した。
ドッペルちゃんは顔をジロジロ見られて、ちょっと恥ずかしそうだった。
「いやぁ、あたしも覚えてないからまだちょっと分かんないだけど、ドッペルちゃんって、どうやら前にあたしが作った自分のコピーだったみたいでさ・・・。とっ、とにかくこれであたしがいないことは誰にもバレないからいいよね!?ヒューゴ君。」
「あ、ハイ・・・。」
ヒューゴ君は口をあんぐり開けたまま返事をした。
「でっ、ではミラ様がご不在の間はドーラに影武者を任せて、その間に我々はベリグルズ平野での活動基盤を固める。よろしいでしょうか?皆様。」
ヒューゴ君が方針を発表すると、「異議なし。」と言わんばかりにみんな一斉に頷いた。
「よし!これで今後の方針については大方決まったけど、この後どうする?」
「みっ、ミラ様・・・。」
「何、アウレルさん?」
「せっかくだからやりませんか?戦勝会。」
「おいアウレル!まだやらなければならないことは山積みなのに、祝い事をしてる場合など・・・。」
「それいいね♪」
「ミラ様!?」
「だってせっかく勝ったのにこのままドヨ~ンとしてるなんて勿体ないじゃん!まずはさ、こうして勝てたことをパーッとお祝いしようよ~。」
「みっ、ミラ様がそう仰るのなら・・・。」
「じゃあ決まりね!下の大広間で準備するからさ、みんな手伝ってくんない?」
「わっ、分かりました!!」
あたしが促すと、みんなそそくさとテーブルから立ち上がってついてきた。
「お祝いなんだし、あたし料理張り切っちゃおっかな~?」
「ミラ様、料理できるのですか?」
「そうなんですよアウレル。ミラ様のお料理、中々に美味なんです。」
「なんだとヒューゴ!?それは楽しみであるな!!」
「私も是非お手伝いいたします!」
「ありがとグレースちゃん!」
「まさかベリグルズ平野で祝い事ができるなんて夢にも思わなかったな。」
「そうですね、総督。」
「ドーラがミラお姉様・・・。ドーラがミラお姉様・・・。」
「リリーナ、いい加減、見る、止めて。」
勇気を出して自分の気持ちを伝えることができて、胸のつっかえが取れたあたしはこの後やる戦勝会に期待を膨らませて、ついつい有頂天になった。
この先どう転ぶかどうか正直分かんないけど、今はとにかく平和への第一歩を踏み出せたと思って、パーティーで思いっきりはっちゃけるとしますかな♪
私が手をかざすと、目の前の負傷兵の傷がある程度治っていく。
「あっ、ありがとうございます。グレース殿・・・。」
「立てますか?」
「はい、何とか・・・。」
「良かった。では療養所の病院で本格的な治療を受けて下さい。良く頑張りましたね。」
「本当に、感謝します・・・。」
私に感謝を述べると、負傷兵は仲間に肩を借りられて療養所になっている病院に向かった。
黎明の開手の女が召喚した天使による被害は甚大だった。
こうして傷を負った仲間に応急処置をするために街を周っているが、その度に私の心は擦り切れる一方だ。
そして何より、手の施しようがなく事切れた仲間を見つけるのは、筆舌し難い思いだった。
彼女がしたことによって壊滅状態になってしまった吸血鬼が勝利を収めることができたのは、まさしく奇跡だ。
これも、あの方の救世主の御業だと言えるだろう。
ミラ様が、私達を本気で助けたいと思ったから、私達は救われた。
だから分からなかった。
何故あの方が、黎明の開手の女とその夫を逃がしたのか・・・。
ローランドさんの言っていた通り、戦っている時にあの2人に何かされたのではないか?
そのせいで操られて、冷静な判断ができなくなったんじゃ・・・。
でももし、そうじゃなかったら?
ミラ様が、自分の意志であの2人を逃がしたとしたら?
何の目的でそんなことを・・・。
私は、その答えをあの方から聞くことが怖かった。
でもあの方は「後できちんと話す。」と仰っていた。
その時私は、何を思うのか?
どうすればいいのだろうか・・・?
「グレース。」
「リリーナ様。」
「塔で戦後報告をするみたいだから、ケガ人の手当ては仲間に任せて来てちょうだい。」
「分かりました。では、後は頼みます。」
リリーナ様に連れられて、塔まで向かう私は、緊張で心臓の鼓動を高鳴らせた。
いよいよミラ様の胸中を知ることになる。
一体、あの方の口からどのような答えを聞くことになるのだろうか・・・?
「グレース。」
「はい。」
「心配しなくてもいいわよ。」
「なっ、何がでしょうか?」
「あなた、不安なんでしょ?ミラお姉様が何故あんなことをしたのか。」
「ッッッ!」
この方は、やっぱりすごい。
私が思っていることなんて、すぐに見抜いてしまう。
リリーナ様の問いかけに、私はゆっくり頷いた。
「大丈夫よ。ミラお姉様はちっとも間違ったことなんかしていない。むしろ、誰もが思っていることをそのまましただけなんだから。」
「どういうこと、ですか?」
「とにかく、私の口から言えることは一つだけ。ミラお姉様の答えにあなたは・・・私達はミラお姉様を嫌いになったりすることはないってこと。だから安心して。」
微笑みながらウィンクするリリーナ様に、私の心の中の不安は少しだけ治まった。
塔の頂上に着くと、テーブルと椅子が並べられており、他の乙女の永友の方々と、プルナトさんとパルマさんが既に着いていた。
「リリーナ、グレース。あなた達の席はこっちです。」
「ミラ様は?」
「まだお越しになっていない。案じなくともケガ人の手当てでお忙しいだけだろう。」
テーブルに着いた私達は、ミラ様の到着を待った。
長テーブルに座って向かい合う私達の間には、何とも言えない重苦しい空気が漂っていた。
やがて大扉が開いて、ミラ様が部屋に入ってきた。
「ゴメン待たせて!」
ミラ様は慌てながら中央のテーブルに座った。
「ではプルナトさん、始めて下さい。」
「承知しました、ヒューゴ殿。」
「ヒューゴ様に促され、プルナトさんは今回の戦果と被害について報告を始めた。
・・・・・・・。
・・・・・・・。
「以上で報告を終わります。」
プルナトさんの報告を受けて、私達は表情を曇らせた。
今回の戦いにおける負傷兵の数は、569人名398名。戦死者の数は85名。
その中には、私達と一緒に来た南方吸血鬼軍の兵士も含まれていた。
「ありがと、プルナトさん・・・。」
プルナトさんにお礼を言うミラ様は、誰よりも落ち込んでいるように見えた。
私達と一緒に来てくれた人達は全員無事に連れて帰ると約束したのに、それが果たすことができなかったのだから、その反応は当然だった。
「ミラ様はみんなのことを必死に守ろうとして、結果この戦いに勝ったのですからイヴラヒム様とセドヴィグさんも分かってくれますよッッッ!!!」
ミラ様を元気づけようと思わず口を挟んだ私に、ミラ様は微笑みながら頷くのみだった。
「それで、今後の方針についてですが・・・。」
「待って下さい。」
プルナトさんが方針を述べようとした時、ヒューゴ様がそれを遮った。
「ミラ様にお聞きしたいことがございます。どうして黎明の開手の者と、その夫を逃がしたのですか?」
私・・・いや、私達が知りたかったことをズバリと聞いて、私はドキっとした。
「ミラ様!!お教え下さいッッッ!!!一体あの者どもに何をされたのですか!?」
ローランドさんは、未だにミラ様があの2人に何らかの干渉を受けたと思っていたようだった。
「その理由についてなんだけどさ、さっきプルナトさんが言おうとしたことにも関係あんだけど・・・。」
「何でしょうか?」
ミラ様は口をキュッと閉じて、言いにくそうだった。
部屋を包み込んでいた重苦しい空気が、ついにピークを迎える。
そして・・・。
・・・・・・・。
・・・・・・・。
「あたし、みんなとはもう、いることはできない、かな・・・。」
「えっ・・・?」
ミラ様が決めたことを聞いた瞬間、私の思考は停止した。
◇◇◇
あたしの決断を聞いて、みんなはものすごく驚いてるように見えた。
でもそれは、分かりきった反応だった。
「どっ、どういうことですかミラ様!?ともにいることはできないって・・・。」
「あたしがどうしてあの2人を殺すことができなかったっていうとさ、思ったんだ。“この2人は吸血鬼と全然変わんないって。いや、あの2人だけじゃなくて、あたし達が今まで戦って、殺してきた人間達も、誰かのために必死に戦って、平気で自分の命を投げ出せることができる、あたし達と同じ、優しい人達だったんだって。一旦そう思ったら、あたしはもう、人間のことを殺すことなんかできないよ・・・。でもさ、それってみんなのことを蔑ろにしてるってことだよね?みんなはこの戦いに、絶対に勝つんだって意気込んでんのに、肝心のあたしが“人間殺したくありません”なんて言ったら、モチベ下がっちゃうでしょ?だからさ、あたしはみんなといる資格なんかないんじゃないかって思ってさ・・・。」
淡々と話すあたしに、みんなはビックリしながらも誰一人口を挟むことなくただ黙って聞いていた。
そして、あたしが一通りつらつらと話し終わった途端・・・。
「はぁ~・・・!!」
グレースちゃんが背もたれに首を投げ出して、天井を見ながら大きなため息を吐いた。
「ぐっ、グレースちゃん?」
「全く。心配して損しましたよぉ~。本当にリリーナ様の言った通りじゃないですかぁ。」
「へっ?」
リリーの方を見ると、グレースちゃんを見ながら感心したようにコクコクと首を縦に振っていた。
「どっ、どゆこと?」
「いいですかミラ様。“誰かの命を奪いたくない”って思うのは間違ったことなんじゃないです。むしろそれは、誰でも思っている至極真っ当な考え方なんです。長いこと戦争をしているといつしかそれが“コイツは敵なんだから殺さなくてはならない”って思えて麻痺してくるんです。ですがミラ様は、その考えを捨てることも、見失うことはなく、自分の良心に従って敵であるあの2人のことを助けた。それって、すごく大切で素敵なことだと思いませんか?」
「でっ、でもそれって、すっごく甘っちょろい考えなんじゃ・・・。戦争なんだから、敵は絶対に殺さなくちゃいけないんじゃ・・・。」
「ええ、確かに甘いです。ですが、この戦場でまだそのようなありふれた普通の考えを持っている者こそ、真の強者だと私は思いますけどね。そもそも・・・。」
「そもそも?」
「“戦争で敵を絶対に殺さなくちゃいけない”なんて、そんなルールどこにもありませんよ?」
「ッッッ!!・・・・・・・。グレースちゃんには、頭が上がんないなぁ・・・。」
「だっ、だがグレース!!敵を殺さずにどうやって戦いに勝つと言うのだ!?」
「そんなの、殺さない程度に叩きのめせばいいんじゃないの?」
リリーがいきなり入ってきて、ローランドさんは驚いた。
「なっ、何だと!?」
「それくらいやれば敵もビビって二度と手は出さないんじゃないの?敵を殺せば丸く収まるなんて、ローランドは本当に考えが凝り固まってるわね。」
「ぶっ、無礼なことを申すな!!我輩だってしっかり考えて発言しておるわッッッ!!!」
「そんなワケないね。だってアンタ、脳筋じゃない?」
「りっ、リリーナぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「2人とも!!ミラ様の前でみっともないマネは止めて下さいッッッ!!!」
ヒューゴ君に叱られて、2人はシュンとなりながらテーブルに座った。
「はぁ・・・。ミラ様のお考えになっていることはよく分かりました。それで、このようなことを聞くのは大変不躾なのですが、ミラ様はどうなさいたいのですか?」
「・・・・・・・。人間と共存したい。家畜扱いされず、殺し合うこともなく、お互いに分かり合って、平和的な関係を築ける道を探していきたい。」
・・・・・・・。
「それは大変、素敵な理想ですね。」
「ヒューゴ君・・・。」
「ですがそれを成し遂げるのは、とても険しい道になるでしょう。それでも構いませんか?」
「すんなりいかないってことは初めから分かりきってることだから、地道に努力してみるよ。ぶっちゃっけ吸血鬼には、いっぱい時間があることだしさ。」
・・・・・・・。
「分かりました。ミラ様がそう仰るのでしたら、私から口出しすることはもうございません。何かご協力できることがございましたら、何なりとお申し付け下さい。」
「ありがと。頼りにしてる!」
ヒューゴ君が納得して、他のみんなからも特に反対意見が上がってこなくて、あたしはホッと胸を撫で下ろした。
「それでミラ様、今後はどうなさるおつもりですか?」
「そうだね。ひとまずは吸血鬼に対して一定の理解がある人間を見つけていこうと思うんだけど、そんな都合のいい人って早々見つからないよね。」
「あっ、あの・・・。」
今まで会話に入ってこなかったパルマさんが申し訳なさそうに手をゆっくり上げた。
「どうしたの?」
「実はそのことに関して。近頃王国で、吸血鬼の保護を目的とした人間の団体が活動しているとの情報がありまして・・・。」
「ホント!?」
「まだ未確定ですが、もし事実なら、まずは彼等に接触してみてはいかがでしょうか?」
「そうですね。では彼等について、より正確な情報を収集するようお願いします。」
「了解しました、ヒューゴ様。」
「あとは、誰が彼等と接触するか、ですが・・・。」
「あたしが会いに行く。」
「みっ、ミラ様が直々に、ですか!?」
「だってせっかく“協力したい”ってんのに代表者が会いに行かないって失礼じゃない?」
「ですが、王都に潜入するのは中々にリスクが・・・。」
「あたしなら大丈夫!前に一回人間のフリして、途中までは成功してたから。前の失敗を活かして今度はもっと気を付けるようにするから!!」
「それに潜入してる間に、人間にミラ様の不在を悟られるワケには・・・。」
「それも心配いらないよ!だってこっちには秘密兵器があるんだから。」
「秘密、平気・・・?」
「ドッペルちゃん、みんなに顔、見せてやって。」
「本体、ドーラ、顔、時が来るまで隠す、言った。」
「だったら今がその時だよ。お願いだから、そのカワイイ顔、早くみんなに見せてやって~♪」
「命令、確認。」
ドッペルちゃんはあたしの言う通りに、マスクを外してフードをパサッとめくった。
「「「「えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッッッッッッッッ!?!?!?」」」」
次の瞬間、部屋中にみんなの叫び声が轟いた。
「みっ、みみっ・・・ミラお姉様が2人!?」
「これは一体どうなっておるのだッッッ!?」
「ドーラ様が、ミラ様・・・。」
みんなすごくビックリした様子で、マスクを取ったドッペルちゃんの顔を凝視した。
ドッペルちゃんは顔をジロジロ見られて、ちょっと恥ずかしそうだった。
「いやぁ、あたしも覚えてないからまだちょっと分かんないだけど、ドッペルちゃんって、どうやら前にあたしが作った自分のコピーだったみたいでさ・・・。とっ、とにかくこれであたしがいないことは誰にもバレないからいいよね!?ヒューゴ君。」
「あ、ハイ・・・。」
ヒューゴ君は口をあんぐり開けたまま返事をした。
「でっ、ではミラ様がご不在の間はドーラに影武者を任せて、その間に我々はベリグルズ平野での活動基盤を固める。よろしいでしょうか?皆様。」
ヒューゴ君が方針を発表すると、「異議なし。」と言わんばかりにみんな一斉に頷いた。
「よし!これで今後の方針については大方決まったけど、この後どうする?」
「みっ、ミラ様・・・。」
「何、アウレルさん?」
「せっかくだからやりませんか?戦勝会。」
「おいアウレル!まだやらなければならないことは山積みなのに、祝い事をしてる場合など・・・。」
「それいいね♪」
「ミラ様!?」
「だってせっかく勝ったのにこのままドヨ~ンとしてるなんて勿体ないじゃん!まずはさ、こうして勝てたことをパーッとお祝いしようよ~。」
「みっ、ミラ様がそう仰るのなら・・・。」
「じゃあ決まりね!下の大広間で準備するからさ、みんな手伝ってくんない?」
「わっ、分かりました!!」
あたしが促すと、みんなそそくさとテーブルから立ち上がってついてきた。
「お祝いなんだし、あたし料理張り切っちゃおっかな~?」
「ミラ様、料理できるのですか?」
「そうなんですよアウレル。ミラ様のお料理、中々に美味なんです。」
「なんだとヒューゴ!?それは楽しみであるな!!」
「私も是非お手伝いいたします!」
「ありがとグレースちゃん!」
「まさかベリグルズ平野で祝い事ができるなんて夢にも思わなかったな。」
「そうですね、総督。」
「ドーラがミラお姉様・・・。ドーラがミラお姉様・・・。」
「リリーナ、いい加減、見る、止めて。」
勇気を出して自分の気持ちを伝えることができて、胸のつっかえが取れたあたしはこの後やる戦勝会に期待を膨らませて、ついつい有頂天になった。
この先どう転ぶかどうか正直分かんないけど、今はとにかく平和への第一歩を踏み出せたと思って、パーティーで思いっきりはっちゃけるとしますかな♪
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そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
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