笛ふきの少年とお姫さま

山城木緑

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風の曲

風の曲

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 お姫さまは家来の目を盗んでは、毎日のように城を抜け出し、この小高い丘へと足を運ぶようになりました。

 村人たちも日に日にお姫さまに馴れ、ひと月が経つ頃にはお姫さまは村人たちと肩を組んで、少年の笛に合わせて踊るようになっていました。

 お姫さまは夕方には一旦お城に帰りましたが、決まって夜には少年の住む小屋へ遊びに行くようになっていました。家来たちの目を盗むのは大変でしたが、お姫さまはこのどきどきとはずむ胸の鼓動を不思議に思いながら、ひるりとお城を抜け出していくのでした。
 
 毎日毎日少年とお姫さまは暖炉に手をあてて、窓から見える月を眺めていました。パチパチと細い薪が音をたてています。

 少年はお姫さまに色んな音を聴かせてあげました。

 月の音、森の音、川の音、砂の音……。

 少年の奏でにお姫さまの張り詰めた心は癒されてゆくのでした。
 そんな日々が続きました。

 今日もお姫さまは夜、お城を抜け出し少年の小屋へ遊びに行きます。

「今日みたいなあたたかさだったら、木の上で聴かせてあげるね」

 少年は小屋の裏にある大きなガジュマルの木を指差して、お姫さまの手を取りました。

「私、スカートだから登れないわ。木に登ったこともないし……」

 お姫さまが恥ずかしそうにそう言いましたが、少年は気にしない気にしないという風に、ぐいぐいとお姫さまの手を引っ張り、木に登らせるのでした。

「もぉ、服がボロボロになっちゃったじゃない。お城に帰って見つかったら大変だわ」

 お姫さまが笑いながら少年に文句を言うと、少年はニコリと笑って遠くを指さしました。
 その指先の方向にはちょうど同じ高さにお姫さまの住むお城が見えていました。

「このガジュマルに登ったらさ、お姫さまと同じ景色が見られるんだ。こんなぼくでもガジュマルに登ったら王様さ!」


「♪♪♪……」


 少年は『風の曲』を吹き始めました。
 『風の曲』は、風は世界中を回っていて、どんな人にも同じように吹くんだよ。
 王様でも村人でも子供でもおじいちゃんでも、みんなに同じように吹くんだ。
 時折、強くて寒い風が吹くけれど、それは自分だけに吹いているんじゃない。みんなにも吹いているんだ。
 自分だけがあたたかい風を浴びているんじゃない。自分だけが冷たい風を受けているんじゃないんだよ。

 そんな曲でした。

 お姫さまは少年に寄り添いながら、じっと『風の曲』を聴いていました。少年もお姫さまに柔らかく微笑みました。
 おぼろ月が二人を包み、村人たちは丘の上からかすかに聴こえる音色に身を寄せながら眠りにつきました。
 とてもあたたかくてやさしい夜でした。

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