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祐吾が病休の届けを出してから、二ヶ月が過ぎていた。
今年の三月は例年より寒くて、ここ堂ヶ芝動物園に今日も雪が舞っている。動物たちが震えていた。
静かな、しん、と音が鳴るような冬のとある日。
執務室のドアが開いて、一斉にみんなが目を向けた。
木下が肩を落として入ってきた。目線を浴びているのに気付き、木下は不器用に笑った。祐吾から頼まれて無理につくった笑顔だった。
「おおごとにしねえでくれよ。笑って気管支炎がこじれてるらしいって言ってくれねえか」祐吾にはそう頼まれていた。
だが、木下にそこまでできる器用さはない。真面目一辺で生きてきた男なのだ。今までは祐吾の頼みを聞いて気管支炎と言っていたが、今日の医者から聞かされた話をごまかすことは、もうできなかった。そもそも医者から呼び出しがかかってのそれは通じない。
固唾をのんでみんなが木下の一声を待っていた。他に身寄りのない祐吾のため、病院が朝からわざわざ園に電話を入れてきたのだ。ただごとではないと、みな分かっていた。
「……みんな。早坂さんは、あと……半年ももたないかもしれん」
わっ、と泣き声が響いた。コンクリートの壁が冷たくその泣き声を反響させた。
ホワイトボードが壁に掛かっている。「早坂」というネームプレートの横には祐吾が書いた「世界一周」という文字が今も残されている。
誰も何も言えなかった。思いつく言葉は何もかもが安く感じた。皆、心の中で案じ、何も言わないまま執務室を出た。持ち場へ、たいせつな動物たちのもとへと急ぐ。
「なぁにぼうっと突っ立ってんだ。動物たちが待ってんぞ」
祐吾がここにいたら、間違いなくそう言われると皆が思ったからだ。飼育員たちはちらちらと舞う粉雪のなか、担当する動物たちの糞を掃除した。藁を取り換え、的確な温度になっているか温度計を指さしてしっかり確認した。誰もが涙を我慢した。早坂さんのことだから、泣かれるのは嫌いなはずだとみんなが思った。俺のことなんていいからよ、動物の世話をしてやってくれや。そう言われるはずだから。
地球は今日も動く。
どんな生き物にも死という終点がありながら、その走りを地球は止めてくれない。日々、無情に太陽を周り、時を刻んでいく。止まることはない。その無慈悲にうつる分、地球は美しいのかもしれない。
今年の三月は例年より寒くて、ここ堂ヶ芝動物園に今日も雪が舞っている。動物たちが震えていた。
静かな、しん、と音が鳴るような冬のとある日。
執務室のドアが開いて、一斉にみんなが目を向けた。
木下が肩を落として入ってきた。目線を浴びているのに気付き、木下は不器用に笑った。祐吾から頼まれて無理につくった笑顔だった。
「おおごとにしねえでくれよ。笑って気管支炎がこじれてるらしいって言ってくれねえか」祐吾にはそう頼まれていた。
だが、木下にそこまでできる器用さはない。真面目一辺で生きてきた男なのだ。今までは祐吾の頼みを聞いて気管支炎と言っていたが、今日の医者から聞かされた話をごまかすことは、もうできなかった。そもそも医者から呼び出しがかかってのそれは通じない。
固唾をのんでみんなが木下の一声を待っていた。他に身寄りのない祐吾のため、病院が朝からわざわざ園に電話を入れてきたのだ。ただごとではないと、みな分かっていた。
「……みんな。早坂さんは、あと……半年ももたないかもしれん」
わっ、と泣き声が響いた。コンクリートの壁が冷たくその泣き声を反響させた。
ホワイトボードが壁に掛かっている。「早坂」というネームプレートの横には祐吾が書いた「世界一周」という文字が今も残されている。
誰も何も言えなかった。思いつく言葉は何もかもが安く感じた。皆、心の中で案じ、何も言わないまま執務室を出た。持ち場へ、たいせつな動物たちのもとへと急ぐ。
「なぁにぼうっと突っ立ってんだ。動物たちが待ってんぞ」
祐吾がここにいたら、間違いなくそう言われると皆が思ったからだ。飼育員たちはちらちらと舞う粉雪のなか、担当する動物たちの糞を掃除した。藁を取り換え、的確な温度になっているか温度計を指さしてしっかり確認した。誰もが涙を我慢した。早坂さんのことだから、泣かれるのは嫌いなはずだとみんなが思った。俺のことなんていいからよ、動物の世話をしてやってくれや。そう言われるはずだから。
地球は今日も動く。
どんな生き物にも死という終点がありながら、その走りを地球は止めてくれない。日々、無情に太陽を周り、時を刻んでいく。止まることはない。その無慈悲にうつる分、地球は美しいのかもしれない。
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